第22話『決戦前夜の相談事です』
「カルデニス……その名前には少し聞き覚えがありますね」
アリスはカルデニスとの一件の後、すぐに街へ戻り、ミリアとクラウスを通じて領主に事情を説明した。
流石に混乱が大きかったが、それでも街の危機となれば彼らにとっても一大事。すぐに会議が開かれて、騎士たちの支度と王都への連絡が行われた。
アリスとミリア、そしてクラウスは自分たちも個人的に作戦を練ることになったが、その話の中で不意にクラウスがそう言ったのだ。
彼は自分の荷物から大きな帳簿のようなものを持ち出し、しばらくページをめくった。
「ああ、これですね。カルデニスというのは、一時期この国の筆頭魔術師だった男です。これは宮廷直属の魔法使いの中でも、一番の実績を持つ者だけが名乗れる肩書きです」
「宮廷直属って……あいつ王都で働いてたっていうの?」
「人相の項目にも共通点が見られますので、おそらく同一人物かと」
意外な真実だ。まさかこの国に喧嘩を売ろうという人間が、もともとはこの国の体制側で働いていたとは。
「この人物は多くの功績をあげていますが、最終的に追放処分となっていますね。普段から気性が荒く、高慢な態度を注意されていたようです。ただ直接の原因は当時携わっていた任務において、騎士団に大きな人的損害を与えたこととなっていますが」
「任務って?」
「大規模な魔物の群れの討伐任務です。この任務において彼に同行した騎士団は全滅し、帰って来たのは彼一人だった。そのことから敵前逃亡を疑われ、責任を追及されたようですが……うーんこれは」
クラウスは歯切れの悪い様子を見せる。
「どうしたの?」
「いえ、追記があったんです。後にその魔族の群れが確かに討伐されていたことが確認できたと。しかも魔法による殺傷の痕跡が多く見られているので、カルデニスはむしろ孤立奮闘の戦いを行っていた可能性が高い」
つまり、敵前逃亡というのはあらぬ誤解だったということか。実際には自分一人になっても戦い続け必死で任務を達成したというのに、それは理解されることがなかった。
「じゃあもしかして、今回のことも自分を追放した宮廷の人たちを恨んで……?」
「だとしたらそれは、とんでもない逆恨みです。そもそもそんなふうに疑われたのは、日頃の態度が悪かったからでしょう。戦力差を見誤ったのは騎士団長の責任だとしても、彼は撤退を進言すべき立場だったわけですし、まったく過失がないとは思えません」
クラウスは誤解があったことを認めつつも、そのように断言する。根がまじめで責任感の強い彼としては、自分と同じ国仕えの人間に対して厳しい目線を持っているのだろう。
考え込むような仕草をしていたミリアが、ふと顔をあげて問いかける。
「クラウス、それはいつ頃にあった出来事なんですの? 宮廷にいたなら私も知っているはずだけど、どうも思い出ないの。顔も見覚えがないし、何か妙な気が……」
「それは当然です。この帳簿は竜帝歴920年のもの、およそ100年前の記録なのですから」
「えっ!? それならなおさら、カルデニスとは別人じゃない?」
驚くアリスに、クラウスは首を振る。
「不老長寿というやつですよ。禁術ではありますが、魔法による延命自体は高位の魔法使いなら不可能ではありません。彼に秀でた才があったことの証左ですが、その力をこんなことに使うなどと、度し難いものです」
「禁術……確か動死体を作ることもそれに該当していたはずよね」
「その通りです、ミリアローズ殿下。禁術は全て何かしらかの理由で生命の尊厳を脅かすとされた魔法。また同時に、極めて難しい術式を必要とします。あの教団が何故精霊召喚などという困難な儀式魔法に精通していたかは疑問でしたが、彼が首謀者だとしたら納得もいく話です」
それは、アリスも疑問に思っていたことだった。シオンなどは容易く強力な魔法を使うが、それは過去にさかのぼって儀式を行ってくれるから。それもおそらく彼が優秀であるからで、同じだけの人数と時間を用意したとしても、魔法使いの質次第ではより時間もかかるし失敗のリスクもあるはずなのだ。
あのコルドラが転移魔法や自死を代償とした召喚を行えたのは、自分の才能以上にカルデニスが教育したからだろう。であれば他にも、彼と同等かそれ以上の弟子を引き連れている可能性がある。
「教団の母体であった魔術組織というのも、おそらく彼と彼の弟子によるグループだったのでしょう」
「うん……」
「アリスさん、どうかご心配なされないように。王都からの救援は間に合わぬでしょうが、ここには我々近衛騎士団の者がおります。今度こそ一人残らず、邪教の者どもを成敗してくれましょう」
考えに更ける姿を憂いているものと勘違いしたのか、クラウスが胸を張ってそう語る。
国を脅かすほどの大事ということもあり、またカルデニスも好きに準備しろと言っていたので、この戦いへは兵を集めて赴くことになった。敵は犠牲者を利用した動死体の兵隊を作っているおそれがある。アリスとしても戦う仲間が増えたのは心強い。
「うん、頼りにしてるよ」
「あの、アリスさん、私も何か力になれないでしょうか」
と、今度はミリアが言った。彼女はアリスの手を握り、真剣な表情で話す。
「今回の件、あなたは当時者とはいえど、巻き込まれただけの人です。旅をしてきたのならこの国のために力を尽くす理由だってないはずなのに、そんなあなたを戦いに送り出すのはあまりにも忍びないです」
彼女も彼女なりにアリスのことを心配しているらしい。しかしアリスは、ミリアの言葉に思わず笑い出した。
「そんなこと言わないでよ。私、この街は好きだよ? この街を守るために戦うのってそんなにおかしいことかな?」
「そ、そんなつもりじゃ」
「うん、分かってる。でも良いの。これが本当に自分にとって無関係なら、私だってわざわざ関わろうとはしない。けど、今はもう片足突っ込んじゃってる気分なの。いまさら足を引っ込めるぐらいなら、とことん付き合うつもりだよ」
「う……分かりました。それなら、せめて私も……!」
「ミリアローズ殿下!」
クラウスがむっとした表情でミリアを咎める。
「言っておきますけれど、まだ鎧を盗んで騎士に紛れ込んだら説教では済みませんよ? そもそも今回は軍勢同士の戦い、一人だけ腕っ節が優れていても何の意味もありません」
「そ、それはそうですけど……」
「まったく、反省したと思ったらすぐこれです。アリスさんからも何か言ってあげて下さいよ」
「うん? 私はミリアが参加することには大賛成だけど?」
「……はい?」
アリスの言葉に、クラウスはびっくりした様子で聞き返す。対してミリアの方はぱっと表情を輝かせた。
「それなら今すぐ支度をします!」
「ちょ、ちょっと待って下さい! えっ? アリスさんは殿下の行動には反対だったのでは!?」
「個人として戦場に出るのは反対だよ。でも王族である以上、必要な時には指揮官として兵士の前に立つことも大切だと思う。ノブレスオブリージュ……ってこっちの人は知らないかな?」
「い、いえ言ってることは分かります。しかし殿下はまだ争いごとに関しては素人、このような戦いにすぐ駆り出すわけには……」
「私、がんばりますわ!」
「殿下は黙っていて下さい!」
慌て出す二人に、アリスはつい苦笑する。そしてふと悪戯っぽく目を細めるのだ。
「まあ、流石に今のミリアを戦地出すのはまずいよね。でもちょっと私に考えがあってさ、二人とも乗ってみる気はない?」
それから少し話し合いを続けて、ある程度纏まったところで解散となった。
夜明けにはカルデニスの言った場所へ出発することになるが、今のうちに仮眠をとっておこうということになり、アリスはシオンとの相談も兼ねてツリーハウスへと帰ろうとした。
しかし街路を歩く途中、ふと自分に呼びかける者が一人。
「あれ、ニコラ君じゃん」
「どーも」
手を挙げて挨拶すると、彼は生意気そうに会釈を返した。
ニコラとは領主の城で一旦別れたのだが、おそらく彼の方も根掘り葉掘り説明を求められたはずだ。そのせいか、表情にはやや疲労の色が見える。
「事情聴取、大変だったみたいだね」」
「大変も何もないよ。俺の身元とか結構つっつかれてさ、盗賊やってたことは何とか誤魔化しきったけど、正直肝が冷えた」
「ははは、まあ誤魔化せたなら何より。折角手にしたここでの暮らし、ちゃんと守らなきゃ」
「……そうだな」
僅かに間をおいてニコラが返事をする。
その沈黙は、明日カルデニスの計画を阻止できなかったら何の意味もない、という気持ちがあったからだろう。
事があまりにも大きな問題であるため、街の住民たちにはまだ何も知らされていない。辺りはもう暗くなっているが、閉まっていない店からは能天気な笑い声が響いていた。
ふと思い出したことがあり、アリスはニコラに話しかける。
「あのさ、カルデニスは盗賊団に魔道具を卸してたって言ってたけど……」
「ああ、アイツはもともと盗品を買ってくれる商人って触れ込みで来たんだ」
ニコラが忌々しげにそう話す。
「結構値段が良いんで贔屓にしてたら、盗みが便利になる道具を用意したから、買ってくれないかって言うようになってさ。実際アイツの魔道具はすごいのばっかりで、どんどん手を借りるようになった」
カルデニスの言動を鑑みると、彼はペンダントを頂くために盗賊団に取り入ったのだと言える。しかし、それを察せていたらと思うのはやはり酷だろう。
「最初はありがたいなって思ってたんだけど、そのうちアイツ取引で融通するからって仕事の依頼までしてくるようになったんだ。ここで盗みをしてくれとか、あいつを脅してくれとか。そういうのが増えて行って、いつのまにか団員のみんながお頭と同じようにアイツの言うことも聞くのが当然になっていった。……今思うと異常なことなんだけど、その時は不思議と違和感を感じなかった。多分アイツを警戒してたのは、お頭一人だけだったんだろうな」
「おじさんが? あの人は何か勘付いていたの?」
「分からないけど、お頭の判断でアイツの仕事を突っぱねることは結構あったよ。乗っ取られるんじゃないかっていう危機感はあったと思う」
なるほど、とアリスは頷く。そう考えると、頭目の男が何をしようとしていたのかも想像できそうだ。
盗賊団内部では、いつの間にかカルデニスの影響力が強くなっていた。そんな中でおそらく彼は、自分が盗賊団のボスでいられるうちに後継者を立てようと考えていたのだ。そして新たなボスの名のもとで、カルデニスと縁を切ることを宣言する。そうやって団を新たに纏め直そうとした。
しかし後継者候補であるニコラは、その時ちょうどカダルの様子を覗くようになり、盗賊団の中で距離を取っていた。頭目の男はニコラにその気になって貰うため、あるいはもっと直接的に新たなボスとして権威を持ってもらうために、地下墓地へ赴いてお宝を盗もうとしたのだ。
「……あの、さ。団の皆は、アイツに殺されちまったってことなんだよな?」
ぼそっと、ニコラが聞いてくる。流石に少しためらったが、アリスは頷いた。
「多分ね。あの時いっしょにいた二人と同じような状態になってると思う」
「そうか……あんな、死んだ後もアイツに縛られてるみたいになってるのか」
ふと目線を下げると、ニコラの腕が震えていた。こぶしを固く握り、不必要に力がこもっている。
「皆、悪党だった。物を盗んだし、人を傷つけた。俺の時みたいに人さらいもした。お頭も他の仲間も、自分たちはいつか地獄に落ちるんだって言ってたよ。……けど俺には優しかったんだ。親切で、陽気で、頼り甲斐があって、笑顔の絶えない、俺は皆のそんな姿しか知らないんだ」
「分かるよ、ニコラ君。だから私が……」
「分かる? 分かると言うなら、なあアリス、明日の朝は俺も連れてってくれよ」
さっと振り返ったニコラの表情は、ひどく真剣なものだった。
アリスは彼の言葉にちょっと面食らったが、すぐに答える。
「ダメ」
「なんでだよ」
「何でもなにも、君がまだ子どもだからだよ。戦えない人間は連れて行けない」
「戦えるさ。俺は盗賊だったんだ、人を襲ったこともある」
「精々少人数の旅人を、大勢の仲間と一緒に囲んででしょ。それは戦いとは呼ばない。大体、相手は動死体を使って来るんだよ? 昔の仲間を倒せる?」
「た、倒せるさ。そんなの……」
僅かに声を震わせながらそう答える。威勢はいいが、無理しているのが丸分かりだった。
重ねて「ダメ」だと言うと、ニコラもその気がないと分かったらしい。うなだれて悔しそうに顔をゆがませる。
「なんでだよ……。俺だって、アイツが許せないんだ。皆の仇を取ってやりたいんだよ」
「私は復讐を否定しないけど、無謀な行いに協力する気もないよ。君はカルデニスに狙われた盗賊団のメンバーでありながら、偶然彼の魔の手を逃れた。その幸運をもっと自覚すべきだと思う」
「そんなの、全然嬉しくない。何の役にも立たない俺だけが生き残ったって……」
泣き言を言うニコラを見て、アリスはおもむろに懐から何かを取り出した。そして彼の手を掴み、そっと握らせる。
「これをあげる。君はもっと未来を見るべきだよ」
「これは……」
「『アイダの守護石』っていうものよ」
その石はニコラの手のひらにしっくりと収まり、ほんのりと温かい霊素を帯びている。
「私がカダルさんから貰った物だけど、君に譲ったげる。……あの人の話と君の出生を照らし合わせると、どうやらこれは君のために作られたものみたいだし」
「えっ……?」
「それは障壁を張る魔道具なの。多分まだ赤ん坊だった頃の君に、もしものことがないようにって用意されたんだと思う。けどそれは結局使われずに……カダルさんも腕の立つ魔法使いだったから、多分赤ん坊だけの時にこっそり盗まれたんだろうね。ともかくその魔道具は一度も力を発揮できないまま今まで残っていた」
「俺のための、魔道具……?」
ニコラは恐々と、しかし大事そうにその石をいだく。
「君はもうこの街での暮らしがあるんでしょ? ならそれを大事にしなさい。ただ君が生きて、普通に生活しているだけでも報われる人間がいる。それは得難いものなんだから」
「……けど、そのために皆のことを忘れるなんてできない」
「忘れるなんてとんでもない」
アリスは俯いたままのニコラの頭に手を置き、くしゃくしゃと乱暴に撫でた。そしていつの間にか止まっていた足で、再び歩みだす。
「ちゃんと覚えておきなさい。君が今日まで大切に育てられ、確かに彼らの仲間だったことを。それを胸の奥に大事にしまって、前を向けばいいの。……後ろから邪魔する奴は、全部私が倒して来てあげるから」
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