第20話『なんとか息子さんと話ができます』

 言われるがままにニコラの後を追うと、彼はそのまま街から出てしまった。最初はからかわれているのかとも思ったが、彼の歩き方にはよどみがない。どうやら明確な目的地があるようだ。

 街道を外れ、そこから山岳地帯に入っていく。アリスはふと気になって声をかける。


「ねえ、仕事は良いの? 今日はお得意さんが来るって言ってたじゃない」

「馬鹿だなアンタ。そんな方便に決まってるだろ?」


 ニコラは呆れたように言う。


「あれっ? そうなんだ」

「今日は特別に休みを貰っているよ。……あの後、俺はアンタをつけさせて貰った。だからあの人の家から出た時に捕まえられたんだ」

「捕まえたと言われてもね」

「ああ、正直してやられた気分だよ。どこで知ったか知らないが、俺のことは調べ上げてるみたいだな」


 真剣味が感じられる言葉だったが、アリスにはちんぷんかんぷんな話である。

 いい加減、核心を突くことを言う。


「ていうか、ニコラ君はカダルさんと知り合いだったの?」

「……は?」

「カダルさんは私の知り合いから紹介されただけだし、会ったのも今日が初めてなんだけど」


 ニコラはびっくりして振り返る。冗談だろう? というふうな顔をしていたが、アリスの表情に嘘がないので、段々と青くなっていく。


「そんな偶然ありかよ……」

「いやー、世の中は不思議な縁に満ちているね。で、どうする? 君が自滅してくれたおかげで、私はカダルさんが貴重な情報源になることを知ってしまったわけだけど」


 少なくともニコラにとって、カダルは接触して貰っては困る相手だということは明白だ。だからこそ彼は、アリスがカダル宅から出て来たことに警戒心を露わにしたのだ。

 ニコラは苦虫を噛み潰すかのような表情になり、苦し紛れにこう言った。


「あの人は何も知らない。この話そのものとは関係ないんだ」

「それは私が自分で質問して、勝手に判断するよ。ニコラ君が全部説明してくれるなら、話は別だけどね」

「……っ、ああもう分かったよ! この場所にも着いちゃったしな!」


 場所? とアリスは周囲を見る。でこぼこした道を歩いてきたが、この辺りだけ地形が平らになっていた。

 そして、目の前には洞窟がある。どうやらただの空洞ではなく、人の手によって整備され、住居のように改良されていることが分かった。


「これってもしかして……」

「ああ、うちの盗賊団がアジトとして利用していた場所だよ。今は誰もいないけどな」


 確かに、生活していたあとが感じられる洞窟の様子とは裏腹に、人の気配はまったくなかった。


「なんで? 君も本当はここで生活してたんでしょ」

「知らない。お頭がいなくなってすぐぐらいに、突然みんないなくなったんだ。俺は置いてかれたから、しょうがなくあの街で生活してたのさ」

「いなくなった?」


 まさか、危惧していた内部分裂が起こったのだろうか。頭目の死が伝えられなかったせいで、何らかの事件を引き起こすことになったのか。

 アリスは一瞬そう思うも、すぐに考えを打ち消す。派閥争いや刃傷沙汰ならまだしも、団員が忽然と消えるなんて異常過ぎだ。


「ねえ、もうちょっと詳しく教えてくれない? いなくなる前どんな様子だったかとか、なんで君は巻き込まれてないのかとか」

「……そう言われても、本当に知らないんだ。正直、いなくなる少し前から俺はあいつらと距離を取ってたから」


 何故? と思う前に、ふとアリスは頭目だった男との会話を思い出す。彼があの地下墓地に入ったのは、確か息子との関係が良好でないことに理由があったはずだ。


「……俺はお頭の息子ってことになってるけど、本当の子どもじゃないんだ」

「知ってる。さらわれて、育てられたんでしょ?」

「ああ。おかしらは別にそれを隠さず、盗賊として俺を育てた。俺自身もそれが当然だと思ってたし、ずっとこの生活を疑うことなく暮らしていたんだ」

「……」

「けどある日、おかしらが酔った勢いでふっと洩らしたんだ。『お前の本当の親は、まだこの街にいるらしいぞ』ってさ」


 その言葉を聞いて、アリスは自分の頭の中で綺麗にピースが繋がるような感覚を得た。

 この街で、子どもをなくした人物。それに当てはまる相手がいる。


「けど、ちょっと待って。そんな相手がいるのが分かっていて、ずっとここを拠点にしてたの?」

「いや、俺たち盗賊団は各地を転々としてきたんだ。ここも、もしかしたら僅かな期間だけしか滞在しないつもりだったのかもしれない。けど俺はお頭の言葉に何となく興味を持って、街でその親を探すようになった。名前は分かってたんだ、カダルって言うその名前は」


 やっぱり、とアリスは心中で呟く。


「その人を見つけて、どんな生活をしているのかこっそりと覗いたんだ。その人はよく近所の子どもを集めて、魔法で楽しませたりしていた。みんなから好かれていて、幸せそうに見えた。……けど子どもたちがいなくなると、不意に寂しそうな顔をするんだ。さっきまでたくさんの子どもに囲まれていた玄関先で、一人ぽつんと長い間座り込んでいる。そう言う様子を見ていると、自分でも驚くぐらい胸が締め付けられるんだ。自分はもっと冷酷な人間だと思ってたのに、あの人を見ていると、まるで心が別人になったみたいだった」


 ニコラが感じているそれは、親への恋しさであると同時に罪悪感でもあるようだった。自分がカダルのそばにいないこと、今まで盗賊として生き、自分を奪った頭目のもとで楽しく暮らしていることに、奇妙な悔恨を感じているのだ。


「お頭には今まで育てて貰った恩がある。大切にされてきたとも思ってる。けどあの人の姿を覗くようになって以来、皆とともにいることが違和感みたいに感じられるんだ。盗賊稼業にも身が入らなくなって、仲間から段々不審がられるようになった。……お頭がいなくなったのはそんな時だったんだ。俺はそのうち戻って来るかと思ってたけど、あとを追うように皆も消えちゃった。だから俺は見捨てられたんだと思って、ここから街に下りて来たんだ」

「そっか……。こういっちゃなんだけど、君とっては良いことだったのかもしれない。君は盗賊になるには優しすぎるよ」


 彼は知ってしまったのだ。大切なものを奪われれば、人は悲しむのだということを。それはあまりにもありふれた事実だが、盗みを生業とするなら決して気付いてはならないことだ。獲物に同情するなんて、愚かさ以外の何物でもない。

 ニコラはアリスの言葉に頷き、僅かに潤んだ目をごまかすようにこする。


「そうかもな。正直、見捨てられたことでほっとする気持ちもあったんだ。お頭が死んだって掲示板で知った時も、実は結構ショックだった。でも、そういう世界にいたんだよな」

「……ニコラ君、一つ訂正しておくよ。頭目のおじさんは仲間のみんなとはまったく無関係なところで死んだの。団員たちのことは分からないけど、少なくともおじさんはあなたを見捨ててなんかないし、むしろ気にかけていた」

「本当に?」


 アリスは自分が頭目の男と会った時のことを簡単に説明した。ただし、盗みに入った理由にニコラのことが関係しているということだけは言わないまま。はっきりそうと言われたわけではないし、彼にいらぬ混乱を与えてしまうと思ったからだ。

 ニコラはそれでも多少動揺したようだったが、同時に仲間たちのことが不可解で考え込む。


「じゃああいつら一体どこに……?」

「分からない。けどここに連れて来て貰ったのはちょうどいい。何か手掛かりがあるかもしれないし、少し調べさせて……」


 その時、不意に後ろから砂利を踏む足音が聞こえる。

 こんな場所、普通の人は来ようと思わない。もしかしたら誰か帰って来たのか、そう思って二人は同時に振り返った。

 背後には、一人の男が立っている。帽子を被り、全身を白いロープで包んだ不審な出で立ちの男だ。


「お前……カルデニスか?」


 ニコラが驚いた表情で名前を呼ぶ。


「誰? 盗賊団の人?」

「いや、あいつはメンバーじゃないけど協力者っていうか……」


 説明しようとするニコラを無視して、男はいきなり声をあげて笑い始めた。


「俺が分からないか小娘? 直接話してないとはいえ少しショックだな」

「……私を知ってるの?」

「無論知っているとも。それどころか、私たちは因縁がある者同士だ」


 男はにやりと笑う。どこか仰々しく、相手を小馬鹿にしている感じがあった。


「あなたみたいな不愉快な人、覚えがないわ。人違いじゃないの」

「ふむ、困ったな。……ああ、この格好なら思いだすかな」


 そう言って男は、おもむろにローブを脱ぎ捨てた。その下から現れたのは、真っ白な牧師服だ。


「――!」


 瞬間、アリスの全身に緊張が走る。

 確かにその姿には見覚えがあった。ミリアを助けるために赴いた教団の村で、コルドラたちとともに生贄となった彼女を囲んでいた人物だ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る