第19話『魔道具貰いました。ラッキー』

 彼が箱のふたを開けると、中にはこぶし大の石が入っていた。



 それを見てすぐ、カダルが顔をしかめる。


「……『アイダの守護石』」

「そうじゃ。そろそろお前に返そうと思ってな」


 カダルが問うと、イグナーツは頷いた。

 聞き覚えのない名称だったので、アリスは首をかしげる。


「ねえ、それって何なの」

「何、ちょっとした魔道具ですよ。彼が作ったものなんじゃが、私が預かっておりましてな」

「霊素を貯蓄する鉱石に、障壁魔法を封じ込めたものだ。……大した代物じゃない。長い間障壁を維持できないし、所持者が念じなければ発動しないから不意打ちにも効果はない。若い頃に作った欠陥品だよ」


 自嘲気味に話すカダルに、イグナーツは眉を下げる。


「せっかく作ったものじゃろう。そんなふうに言うもんじゃない」

「現に役立たずだったからな。……こんなものを返しに来られても困る。要らなくなったのならそっちで処分してくれ」

「私はこれを預かってたつもりじゃ。要るも要らないもお前さん次第ではないかね」

「……」


 カダルの目が鋭くなる。

 アリスは戸惑った。何やら訳も分からぬ間に、どんどん不穏な雰囲気になっていく。ついさっきまでは和やかに話をしていたはずなのだが。


「ちょっと、喧嘩ならやめてよ。私巻き込まれるのは勘弁だからね」

「……そうだな、客人の前でやることじゃない」


 アリスの言葉に、カダルは幾ばくか落ち着いたようだった。

 イグナーツの持つ箱からひょいと石を手に取り、アリスの手のひらに置く。


「お嬢さん、そいつを君にやろう」

「……へ?」

「は!?」


 アリスも、そしてイグナーツもびっくりして固まる。


「欠陥品だが、身を守る程度の機能はある。この先魔法使いを目指すならあって困ることはないだろう」

「ちょ、ちょっと待たんか。私はそんなつもりでこれを持って来たんじゃ……」

「イグナーツさん。あんたの望み通り私はこれを受け取り、その上で彼女に渡したんだ。あんたに文句を言われる筋合いはない」


 ぴしゃりと言葉を返され、イグナーツは口ごもる。そして助けを求めるようにアリスへ視線を送った。

 アリスは手のひらにおかれた守護石をじっと見つめる。事情は分からないが、これはカダルにとって何か因縁があるものなのだろうか。


「ねえカダルさん。本当に良いの?」

「勿論だとも、そんなもの……」

「私、どんな物でも貰えるなら遠慮なく貰うよ。後で返せって言われても絶対に返さない。だから聞いてるの、本当に良いのかどうか」


 そう言うと、カダルは一瞬言葉につまった様子を見せる。あるいはアリスのその言葉に、どこか真剣なものを感じ取ったのかもしれない。僅かに逡巡し、短い沈黙の後に言葉を返す。


「その魔道具は、私にとって負の遺産だ。かつて愛する子を守るためにそれを作ったが、結局無駄に終わった。正直にいえば今でも忌々しいし、過去を引きずっている自覚もある。……だかもしその思いを断ち切ることができるとすれば、それはこれを自分の身近に置いておくことでではなく、他の人の手で活かされることによって始まるのだと思う。君か、もし荷が重いと感じるなら他の誰かでも良い。私にとっての悔恨を他の誰かが価値あるものに変えてくれるなら、それはささやかな救いに感じられると思うのだ」


 ゆっくりと、己の中の気持ちを確かめながらカダルは話す。そのすぐ隣でイグナーツが、意外そうに目を見開いていた。自分が要らぬ世話を焼かずとも、カダルは自分なりに考えて答えを出していたのだ。

 アリスは彼の気持ちに応えるように、しっかりと頷く。


「そういうことなら、確かにこのアイダの守護石を頂きます」


 その時ようやく、カダルは小さな笑みを浮かべた。




 アリスはその後も少し話をしてから、イグナーツとともにはカダルの家を後にした。

 それほど時間を経てはいないが、アリスは彼という人間が良くわかった気がした。あの石も、今はまだどう使うべきか思いつかないが、ちゃんと考えようと思う。


「今日はとんだご迷惑をかけてしまいましたなあ」


 イグナーツは申し訳なさそうにそう言った。


「イグナーツさん、私のこと利用しようとしたね? カダルさんを説得するための緩衝材代わりにしようと思ってたんでしょ。」

「ばれていましたか。いや、重ねてお詫びします。彼にとっても迷惑をかけてしまったようですし、今日は本当に空回りしていましたよ」


 そう言って一層身体を縮めこませる。彼もそれなりに反省しているらしい。


「まあ付き添わせてくれって頼んだのは私だし、許したげる。カダルさんも多分心配してくれてたんだってことは分かってると思うよ」

「それだとありがたいですな。……さて、私はこれで失礼します。良ければそのうち私の家へもいらっしゃって下さいな」

「うん。またね」


 そう言って、イグナーツとも別れる。

 アリスもそのまま帰ろうかと考えたが、まだ日は高い。気分転換の続きにこのあたりを少しぶらぶらしてようか、それともミリアとクラウスを訪ねて今の状況について話を聞きに行こうかと考えを巡らせる。


「アリス様、今日はまだ帰宅なさらないのなら私だけ先にお暇させて頂いてよろしいですか?」


 不意にシオンが言う。


「どうしたの?」

「今日の夕飯は少し下準備に時間がかかるので、帰ってから始めると流石に待たせ過ぎることになるかと」

「あ、そう? 分かった、楽しみにしてるね」

「はい。万が一不測の事態が起こっても、例の札を使って頂ければすぐにでも馳せ参じますので」


 そう言って一礼すると、シオンは我が家の方角へ走っていく。

 一人になり、本格的にどうしようかとアリスは辺りを見回した。


「おい」


 不意に自分を呼びとめる声が聞こえた。イグナーツが戻ってきたのかと思ったが、それにしては声が高い。

 振り返ると、そこに立っていたのはついさっき会ったばかりのニコラだった。


「あれっ、どうしたの? 何か思い出したことでもある?」

「どうしたって……それはこっちのセリフだ。お前今どこから出て来たんだよ」

「どこって、カダルさんって人の家だけど」

「……っ!」


 ニコラの目が一層険しくなる。しかしアリスには何故険悪そうな表情をしているのか分からない。


「何? なんか変なこと言ったかな?」

「へっ、よくもまあ抜け抜けと」

「? ……あのさ、事情を話してくれる気になったのかなと思ってたんだけど、違うの」


 そう問いかけると、ニコラをしばらくむっつりとした表情で沈黙した後、くるりと背を向ける。


「ついてこい」

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