第18話『久しぶりにイグナーツさんと会いました』

 動死体を送り込んできたのが教団の奴らだとしたら、その勢力はまだ衰えていない。

 教団は未だ活動しているのだ。

 その事実はアリスたちに、より迅速な行動を促した。


 まずミリアとクラウスに事情を説明し、街の警備と調査を行うよう求めた。そして同時に、アリスの本来の探し人の件にも手を貸して貰う。あの日の来訪者がわざわざ襲撃という手段を使ってきたことを考えれば、盗賊の息子はまた別にいるはずだ。

 今までは酒場の掲示板を利用していたわけだが、これはあくまで消極的な探し方だ。盗賊の男は、息子の名前はニコラだと言っていた。そしてこの街に来ることも分かっている。それなら聞き込みをするなり何なりいくらでもやりようはある。

 今回はこの街に影響力のあるミリアに協力を頼み、街の住民を洗って貰った。家族構成やらを含め細かく調べていくと、探し人はすぐ見つけることが出来た。どうやらニコラという人物は、身分を隠して小さな仕立屋で下働きをしているらしい。

 アリスは彼に話を聞くため、街の広場へと呼びだした。


「俺に話があるのって、アンタ?」

「ええ。初めましてニコラ君」


 話しかけてきた相手に、アリスはにっこりと笑いかける。

 ニコラは意外にも年若く、アリスより少し背の低い少年だった。ただ幼い顔つきの割に凛々しい目をしていて、子どもの間から大人たちに揉まれて暮らして来たことが伺える。

 彼は遠慮のない見定めるような視線を向けながらも、アリスに会釈をする。


「どーも初めまして。どちらさん?」

「私はアリス、あなたのお父さんの知り合いなの。まあ知り合いと言っても、本当に一度話をしただけの関係だけどね」

「……へえ、そうなんだ」


 ひどくそっけない声色だった。アリスは少し困惑しつつも、話を進める。


「もしかしたら察してるかもしれないけど、あなたのお父さんは亡くなったの。私は彼から、君へ渡す物を預かってて……」

「いらない」

「えっ?」

「ペンダントだろ? 別にいらないから、アンタが持っててよ。俺には関係ないね」


 あっさりとそう言う。父親が死んだという言葉にも、殆ど驚いた様子はなかった。

 まさかと思い問いかける。


「あのさニコラ君、私が灰犬亭の掲示板に張った内容、もう読んでたりする?」


 彼は悪びれもせず頷いた。

 要するに彼は、アリスが用意した張り紙の存在を知りながら、今まで名乗り出ていなかったというわけだ。父親の死についても、とっくに確認済みというわけである。

 アリスに戸惑いの念が走る。


「なんで? 仮にも親が死んだっていうのに、何も気にならなかったの?」

「こうやって探し出したってことは、アンタ俺のこと調べたんだろ? ならもう分かんじゃない?」


 ニコラは手を広げてそう言う。

 彼の身なりは、上品とは言えないものの上等なものだった。頑丈で扱いやすそうな服を着て、身体も清潔にしている。彼が働いているという店の主人から得たのだろう。

 仕立屋という職業上粗悪な服を着ていては客を呼び込めないからである。だが盗賊でいた頃には、こんな真っ当な格好で生活することはなかっただろう。彼らも所詮は悪行を働き、人々に指差される日陰者だ。


「俺は盗賊から足を洗ったんだ。もうあいつらとは関係ない」


 その言葉は意外ではあったが、しっくりも来た。さらわれた子どもという微妙な立場、盗賊団の頭目がもういない以上、縁を切ったというのも納得できる。


「それじゃ、他の仲間の人は? まだメンバーがいたはずでしょ」

「……だから、関係ないって言ってるだろ。他の奴がどうしたかまでは知らないよ」


 あからさまに迷惑そうな口ぶりで言う。

 ちらりと通りの人波を一瞥し、アリスが何か言う前に背を向けた。


「今日はお得意さんが来ることになってるんだ。そういう用件なら、日を改めてくれよ」


 ニコラはそのまま帰って行こうとする。

 しかしアリスは、彼の手を掴んで引きとめた。


「あのな、いい加減に……」

「盗賊稼業を止めるの止めないのって話なら、私は干渉しない」


 アリスがそう言うと、彼も少し口をつぐむ。


「それにさっきはああ言ったけど、本当はまだペンダントを渡す気はないの」

「……? どういうことだよ」

「今はまだ言えない。けど、今このペンダントを中心に厄介事が起こっているの。だから私は、これがどういうものなのかを知りたい。どんな由来があって、何故彼はあなたに託そうとしたのか。聞いていることが少しでもあったら、教えて欲しい」


 アリスは真剣にそう言った。

 ニコラは少し気圧されてしまい、息をのむ。少なくともアリスが、父から頼まれた迷惑な説教役などではないことに気付いたようだ。


「そんなの、アンタに関係あるのか?」

「ほんの少し前までは、なかったかもしれない。けれど今は君よりも深い関係があるよ」

「……そうかよ。俺が知ってるのは、あのペンダントがうちの盗賊団に昔から伝わるものだってことだけだ。盗品とかじゃなくて、初代のおかしらが持っていたものが代々受け継がれてきたって話だけ。……じゃあな」


 それだけ答えると、ニコラはアリスの手を振り払う。そしてそのまま走り去っていった。

 アリスは追おうかとも思ったが、結局思い留まる。あの様子では、無理に話を聞こうとしても無駄に終わるだろう。手掛かりを見つけたかと思ったが、早くも行き詰ったようだ。


「困ったなあ。シオン君はどう思う? ……シオン君?」


 自分の足元にいるシオンに問いかける。さっきから会話に参加してこないなとは思っていたが、彼は明後日のほうを向いていた。


「ちょっと聞いてるの? もう、ちゃんと聞き込み手伝ってよ」

「ああ、申し訳ありません。この手のことは人形の私よりもアリス様のほうが適任かと思いまして」

「それでもフォローぐらいしてくれたって罰は当たらないよ? で、さっきの話のことなんだけど」

「まあ嘘は言ってない様子でしたね」


 聞き込み自体はちゃんと聞いていたようで、シオンはすぐにそう答えた。


「参ったよ。色々聞きたいことあったけど、彼自身がもう関わる気ないって感じなんだもん」

「件の頭目としては後を継いで欲しかったのでしょうが、親の心子知らずですかね」


 ペンダントが頭目の証であるのなら、これを渡して欲しいというのはそういうことなのだろう。


「まあ足を洗ったほうが健全ではあるけどね。ただ手掛かりがなあ。あの様子だとペンダントが魔道具だってことも知らなそうだし、別の方法を考えるべきかも」


 アリスは彼からペンダントの由来が聞けたら、相手が何故これを奪おうとしているのかも分かるものと考えた。しかし知らないのならどうしようもない。

 ペンダントそのものから調査を始めようにも、シオンにすら詳しいことが分からなかった代物だ。今回は中々難しい問題だった。


「一度気分を変えませんか? 手掛かりがない以上火急にすべきこともありませんし、たまには旧友と話すのもよろしいかと」

「旧友? 誰の話?」


 アリスが問い返すと、シオンは人ごみの向こうを指差した。

 何事かとそちらを向き、あっと声を上げる。指の先には見覚えのある老人が立っており、アリスに気付くと手を振りながらひょこひょこと歩いてくる。

 それは、いつか馬車を共にしたイグナーツだった。




「いやあ偶然ですな。あれ以来なかなか会えぬものですから、どうなさっているのかと思っていたところです」

「イグナーツさんも元気そうで良かった」

「はっはっは、元気だけが取り柄の爺ですからな」


 彼は白髪だらけの頭を撫で、快活に笑った。

 アリスも歩きながら彼に苦笑を返す。このひょうきんな老人と会話していると、何となく落ち着いた気分になれた。彼女としてもイグナーツのその後は気になっていたので、今日会えたのはうれしい誤算だ。


「会いに行きたかったんだけど、イグナーツさんどこに住んでるのか教えてくれなかったんだもの。この街広いから探すのも大変だしさ」

「ああ、これはうっかりしてましたな。私は今北東の地区にある別荘で暮らしておるんです」


 北東と言えば、通称商人通りとも呼ばれる高級住宅街があるところだ。気位の高さから来る独特の空気があり、アリスには少々近寄りがたい。


「なるほど納得。そっちにはあんまり行かないしね」

「しかし、あの地区に住んでいるならこのあたりに来るのは珍しいですね。何か用事でも」


 アリスの腕の中にいたシオンがそう問いかけた。確かにこのあたりは店もそれほど多いわけではなく、安さ重視なので利用するメリットは少ないように思える。


「今日はちょっと知り合いに会う予定がありまして、それでここまで来たんです。彼は商人通りよりこっちのほうが性に合うらしいので」


 へえ、とアリスは相槌を打つ。イグナーツの知り合いとはどんな人なのか、少し興味があった。


「ねえ、ついて行っても良い?」

「構いませんとも。この間彼にあなたのことを話したばかりなので、ちょうどいいでしょう」

「私のことを? 変なこと言ってないよね」

「彼は魔法使いでして、あなたが使った凄まじい魔法の話をしたら、非常に興味を持っていました。……ほら、もうすぐ見えてくるはずです」


 そう言いながら、大通りの角を曲がる。

 アリスも続いて行くと、家々が並ぶ街並みがあった。そしてその片隅に、子どもばかりが集まっている一角がある。

 なんだろうともう少し近づいてみると、子どもたちは一人の男を囲んでいるのだということが分かった。灰色がかった髪の毛に整ったお髭の紳士だ。

 彼は葉巻を咥えていて、その先から煙がゆらゆらと昇っている。――と、不意に煙の色が灰色から赤に変わった。

 おおっ、と子どもたちが息をのみ、視線が集中する。続いて煙が空中で留まるようになり、みるみるうちに立体的な形を結んでいく。生き物のような手足が生え、大きな翼と口が垣間見える。それはどうやら、ドラゴンの姿を模しているようだ。

 煙で出来た赤い竜は、翼を羽ばたかせて宙を舞い、口から煙のブレスを吐く。子どもたちは歓声をあげてそれを喜んだ。


「こいつはお前らが家に帰るまでの間だけ、形を保っていられる。そら、少し遊んでおいで」


 煙の竜がすうっと空を滑る。子どもたちは捕まえようと手を伸ばし、きゃあきゃあと笑いながらそれを追いかけていった。

 子どもたちが去った後、タイミングを見計らってイグナーツは彼に近づいた。


「相変わらず子どもと仲がいいのう、カダル」

「……おや、イグナーツさん。いらっしゃい」


 カダルと呼ばれた男が顔を上げる。寡黙そうな雰囲気だが、目元が僅かに下がり、喜んでいるのが見て取れた。


「この間来たばかりだろう。忘れ物かい?」

「忘れたと言えばそうじゃな。ちょっと用件を忘れていたよ」

「ほう。まあとりあえず入ってくれ。そちらのお嬢さんもご一緒に」


 カダルは初対面のアリスに対しても特に警戒心を持たずそう言い、自分の家の中へと招き入れる。

 室内は質素な、ごく一般的な民家という感じだった。ただ部屋全体がほんのりと暖かく、外から入ってきたアリスたちには心地いい。


「暖炉をつけているんですか?」

「いや。ただ家の中に少しだけ火霊を集め、魔法で熱を作らせている。私は寒いと夜眠れない性質でね」


 そう言いながら、アリスにコップを手渡す。中にはココアが入っていて、これもほんのりと温かかった。

 カダルはイグナーツと自分にも同じものを用意すると、ふと目線を少し下げてシオンを見る。


「精巧な人形のようだが、それはもしかして……」

「お褒めに預かり、光栄です」


 シオンがアリスの腕に抱かれたまま、軽く頭を下げる。

 カダルはちょっと驚いたようで、目をぱちくりとさせた。


「やはり魔道人形か。随分良くできているな」

「シオンと申します。僭越ながら、この世に並ぶものはないと自負しております」

「シオン君は優秀だもんねー。私も色々助けて貰ってます」


 アリスにとっても、彼のことを褒められるのはうれしい。

 少し撫でてやると、シオンは嬉しそうにされるがままになる。


「彼女がこの間話した人でな。今日お前のところへ行くと言ったら、興味を抱いてついてきてくれたんじゃよ」

「アリスって言います。初めまして」


 ペコリと頭を下げる。


「なるほど、通りで。これほどの魔道人形を用意できるのなら、さぞ熟練した魔法使いなのだろう。私もそれなりの腕とは自負しているが、久しぶりに感心させられたよ」

「ううん、私自身はまだ見習い。シオン君は私が作ったわけじゃないよ」

「ではお師匠さんが?」

「うーん、ある意味そうかな?」


 会ったこともない相手だが、先代アリスは自分にとって師匠と呼べなくもない。

 もっとも教えを受けているというよりこの世界で生きる上でのお手本、という感覚だが。


「まあ私のことはともかくとして、イグナーツさんは用事があるんじゃなかったっけ?」

「おっとそうじゃ! すっかり忘れておった」


 イグナーツはおもむろに自分が下げていたカバンを開き、がさごそと何か探し始めた。

 カダルはきょとんとしてそれを見ている。


「なんだ、お土産の渡し忘れか?」

「当たらずも遠からずじゃよ。……ああ、あったあった」


 彼はカバンの中から小さな箱のようなものを探し当てた。


「この間はこれを渡しに来たはずだったのに、すっかり忘れてしまっていたわい」


 それを聞いて、アリスはピンと来るものがあった。

 確かイグナーツを馬車に乗せた時も、知人に届けるものがあると言っていたことを思いだしたのだ。

 彼が箱のふたを開けると、中にはこぶし大の石が入っていた。

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