第17話『突然の襲撃者です』

「そうですか、ついに見つかったんですね」


 ツリーハウスの中で、シオンとともに訪ねてくる相手を待つ。

 彼にとっては自分が稼働する前のことだが、アリスが何度か話題に上げたために大まかな成り行きは理解していた。


「確か、盗掘者の子どもという話でしたが」

「あのおじさんの言うことが確かならね。ああでも、おじさんは養子だって言ってたかな」

「……なるほど、養子ですか」


 シオンが少し声のトーンを落とす。


「アリス様、それがどういう意味かは分かっておいでですか?」

「まあ、そりゃあね」


 比喩というか、オブラートに包んだ表現なのだろうという予想はできた。

 何せ相手は盗賊なのだ。養子という言葉から、穏やかで心温まるエピソードは期待できない。


「さらってきた子とか、そういう意味だと思ってる」


 考えたいたことを口に出すと、彼は頷く。


「おそらくその通りでしょう。盗む者にとっては、子どももまた財産の一つだと言えます」


 アリスにとっては少々複雑な心境だった。自分はあの盗賊のことを半ば恩人のように思っているが、彼も悪党には違いない。

 こういうところはやはり、自分のいた世界とは違うんだなと感じる。この世界はこの世界なりの秩序と倫理で動いているのだ。


「思うところはあるけど、今さら外野がどうこう言える話じゃないよね。当人に特別わだかまりとかがないなら、私は関わらないつもり」

「それがよろしいかと。アリス様は少々おせっかいの過ぎるところがありますので」

「結構グサッとくるこというねシオン君は。いやまあそうなんだろうけどさ」


 誤魔化すように視線を窓の外にやる。食事はすでに終えていたが、日はもう暮れかけだ。今日来るならもうすぐだろうと予想出来た。。

 ふと、相手が来た時になってペンダントを首から外すのは拙いなと思い当たる。

 手を後ろにやってペンダントを取ると、シオンもこれを見つめてきた。


「その魔道具のことですが……」

「これ? ああ、びっくりだよね。精霊の魔法を解除できる魔道具なんて。おじさんこんなすごい物持ってたんだ」

「いえ。おそらくあれはその魔道具の本来の用途ではありません」

「え?」

「この間、その魔道具を〝鑑定〟させて頂きました。術式の構造が非常に複雑で、複数のトリガーを持つことが分かっています。ただ強力なだけの汎用的解除魔法なら、この精密さは必要ないはずです」


 〝鑑定〟というのは、魔道具や魔法そのものの仕組みを精査するための魔法のことだ。

 確かシオンが「魔道具だと気付かなかったのは一生の不覚」だとか言って、そのうち調べたいと頼んできたのは覚えている。


「本来はどんなふうに使うものなの?」

「それは分かりませんでした。ただ儀式規模で行われるある種の魔法に反応し、何らかの形で干渉するものであるようです」


 シオンはそうやって説明してくれるが、アリスにはいまいちピンと来ない。要するに殆ど不明ということだろうか。


「それじゃあ、どうしてこの前はあの精霊の魔法を解除できたの?」

「端的に言えば誤作動でしょう。精霊が行使する魔法は我々にとっては儀式級の規模ですからね。このペンダント自体が少々古いものだということもあり、発動のトリガーを誤認したために起きたのでしょう」

「誤作動? ……そりゃまた、えらい幸運に助けられたんだねえ、私たち」


 考えてみればなるほどとは思う。このペンダントに込められているのがただの解除魔法なら、その前のコルドラの拘束魔法の時に発動していなければおかしい。

 盗賊の男とて、あの地下墓地で罠によって命を落とすことはなかっただろう。


「けどどうしようかな。そのペンダント故障気味ってことでしょ? 文句言われたらやだな」

「まあ本来の用途で使用する分には問題ないかと思います。懸念すべきはむしろ誤作動で失われた貯蓄霊素のほうですが……まあこれも使用時に問題が起こるほどではないでしょう」


 そっか、とアリスは相槌を返す。魔法のことに関してはシオンに従っていれば問題はない。自分は全くの門外漢であり、彼はその道のプロフェッショナルだ。


「魔法か……」


 なんとなしに呟く。

 そういえばコルドラは、自分のことを魔道具使いと呼んで魔法使いとは分けていた。彼にニセモノとそしられたことは気にしてないが、いつもシオンの手を借りている事実に思うところがないではない。


「アリス様は、先代と違って魔法を使う才があるかもしれませんね」


 考えていることを読んだかようなタイミングで、シオンがそんなことを言う。


「嘘。私別に何もしてないよ」

「あの魔道具……風霊の杖があったでしょう? あれは本来、空気を球状にして射出する風魔法が込められているはずなんです。標的となるのは精々一人で、複数人を巻き込むようにはできていません」

「えっ?」


 それはおかしい。あの時発動した魔法は、数人を一度に吹き飛ばすぐらいの力があった。

 教徒たちを相手取って戦う中で、あの杖は比類ない活躍をしてくれた。数多い彼らを容易く制圧することができたのは、殆どあの杖のおかげと言っていい。


「出力というか、霊素そのものはかなり多めに込めていました。標的が絞られる分、連射が効くようにというつもりで。しかし一撃の範囲は一定です。魔法使いが術式に干渉して、風弾を輻射に切り替えない限りは」

「そうは言っても、私ただ振り回してただけだよ? 魔法に関しても素人だし、特別なことはしてない」

「こうは考えられませんか? 教徒の数が予想よりも多く、また一かたまりで行動しているのを見て、アリス様が無意識に範囲攻撃系の魔法を望んだ。そしてその結果、杖の魔法も一時的に変化した」


 そんなことを言われても荒唐無稽なことにしか聞こえない。

 しかしシオンの声色はひどく真面目なものだ。


「私そんな凄いこと出来ないよ?」

「アリス様、これはけして極端な例ではありませんよ。魔道具の出力調節は基礎の基礎、センス一つで十分に実現し得るものです」

「……担いでないの? 本当に?」

「私のこの目が嘘をついてるようにでも?」


 シオンの顔面は時計そのものにしか見えないので、残念ながらアリスには真偽の判断はつかなかった。

 しかし、もしそうなら素直に嬉しいことだなと思う。自分に魔法の才能があるだなんて、すごいことじゃないか。未知なことばかりのこの世界の中でも、とっておきの不思議。それを自分が自在に使えるなら、それはどんなに魅力的なことだろう。


「……ん? じゃあ杖の魔法がすぐ使えなくなったのってそういうこと? 範囲を広げるため余分に霊素を使いすぎて、残量計算が狂った的な」

「はい、そうなります」

「そ、そっかあ……」


 アリスとしては少しばつの悪いものがあったが、シオンは気にした風もなく言う。


「いずれにしろ、危険な目に合わせてしまったには違いありません。近いうちに名誉挽回のチャンスを頂けたらと」

「そういうことなら、いつか魔法を使うコツとか教えてよ。シオン君なら先生としてちょうどいいしね」

「そんなことで良いのでしたら、いくらでも」


 シオンの反応に、アリスはラッキーだと笑った。彼にとってはそんなことでも、アリスには魅力的な世界だ。

 それからしばらく、二人は魔法について色々な話をした。魔法の歴史のこと、偉大な賢者のこと、禁忌とされた魔法のこと。

 待ち人が来るまでの時間潰しのはずだったが、いつの間にやら日は完全にくれてしまっていた。あたりはもう夜だ。

 時間の流れとは裏腹に、扉を叩く者は一向に現れない。それでもしばらくは待っていたが、いつの間にやらアリスが眠る時間まで過ぎていく。


「うーん……」

「アリス様、もう今日は来ないのでは?」

「私もそんな感じしてきた。……ていうか、流石に私のほうが限界。眠いよ」


 ふらふらしながらアリスは椅子から立ち上がる。そのままさっさと服を脱いで寝巻に着替えることにした。

 ボタンを外しながら、シオンに声をかける。別にアリスは気にしないのだが、シオンは着替えの際は必ず後ろを向いていた。


「とりあえず明日は家にいることにするから、なんならその時魔法を教えてもらおっかな」

「分かりました。今の内にカリキュラムを設定しておきましょう」

「……スパルタは勘弁して欲しいかなー」


 アリスは苦笑いする。

 ――その時彼女は、完全に油断していた。

 眠気でぼんやりした頭、半裸に近い状態で、手は脱ぎかけた服にもたついている。おまけにシオンは彼女のほうを見ていない。

 〝それ〟の目には、あまりにも絶好のタイミングだった。


 突如、けたたましい音が響く。

 窓が蹴破られた。そう理解するよりも速く、外から男が飛び出してくる。

 二人組。黒塗りの革装束に素顔を隠すフード。

 完全に不意打ちで、アリスは行動がほんの僅かに遅れる。

 彼らの視線は硬直している彼女に注がれ、そのまま手に持ったナイフを振り――下ろせなかった。


「……!」

「!?」


 部屋の四方八方から糸が伸びている。淡く光る糸が。それらはいつのまにか侵入者たちの身体を絡め取り、身動き一つ取れぬように拘束してしまった。

 アリスは直感で、この家に仕掛けられた防犯用の罠魔法だと理解する。


「アリス様!」


 次いでシオンが叫んだ。しかしアリスはその声より速く飛び出し、部屋のある一点に手を伸ばす。

 そこには、壁に立てかけられた風霊の杖があった。

 掴み取り、すぐさま腕を翻して侵入者たちに先端を向ける。

 突風。

 杖に仕掛けられた風魔法が発動し、拘束された侵入者たちはその直撃を受けた。

 風撃は糸状の罠魔法ごと侵入者を吹き飛ばし、窓の外へと放り出す。

 男たちは空中を舞い、数秒ののちに鈍い音とともに落下した。

 静寂が訪れる。

 あまりにも唐突なことだった。アリスは動悸を抑えるように、大きく息を吸う。

 この世界がのどかで温厚な場所ではないことぐらい、今までの出来事で理解していた。だがこんな風に襲撃を受けるなんて予想の範疇を越えている。

 誰が、一体何故こんなことを。


「確認して参ります」


 シオンがそう言って窓から飛び出す。

 彼は器用に枝を伝って木の根のところまで降りた。

 そっと覗き込むと、シオンが近づいて侵入者たちに動きがないことを確認している。やがて彼は、アリスにも降りて来るように合図した。


「……死んでいるの?」


 服を着てから梯子を降り、おそるおそる問いかける。

 シオンはその言葉に頷いた。


「ええ。……しかし今さっきではなく、ずっと前からですが」


 倒れている侵入者たちを覗き込むと、フードからはみ出ている肌が酷く青白いことに気付いた。

 唇も紫で、およそ血の気というものが感じられない。


「これは、死体?」

動死体リビングデットです。魔法によって操られていたというわけですよ」

「でもなんのために」

「アリス様を狙っているようでしたが、その前に一瞬、目線が動いたのが確認できました。おそらく狙いはそれです」


 シオンの指がアリスの右手をさす。手に持っていたのはペンダントだ。

 さきほどの話が正しければ、これはかなり高位の魔道具だということになる。使い方さえ分かれば欲しがる者もいるだろう。ではクリフにペンダントのことを聞いたのは探していた息子などではなく、略奪目的の悪党だったということだろうか。


「とにかく一旦家の中に戻りましょう。今日は防犯を強化しておきますので、アリス様は休息を――」

「……? ごめんシオン君、ちょっとこの人の胸元を見せてくれる?」


 アリスはシオンの言葉を遮ってそう頼んだ。

 不意に訪れた違和感。見覚えのある、奇妙な感覚があった。

 シオンは言うとおりに服を剥ぎ、死体の胸を露出させる。

 それを見た瞬間、アリスは「ああ……」と呟いた。

 その死体には穴が空いていた。心臓を抜き取って、綺麗に中をさらったあとの穴が。

 それはあの邪教徒たちが、生贄に施した手術後だ。

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