第15話『王女さまが我が家にやってきました』

「例の教団ですが、やはりこの国で複数の拠点を作っていたようです」


 目の前に座った男が調書らしきものをめくる。

 アリスは何となく気になって、ミリアにこっそりと問いかける。


「この人もやっぱり偉い人なの?」

「え? 別にそんなことはないと思いますよ」


 ミリアはくすりと笑った。


「ただの騎士です。……まあその、私が鎧を盗んだ相手ですけど」




 アリスが邪教徒の儀式に巻き込まれた事件から、およそ半月が立とうとしていた。

 あの後、彼女らはこの地域の領主に事情を説明し、捕まえた教徒たちを引き渡した。この件は即座に王の耳まで届き、会議が開かれたという。

 アリス自身も何度か聴取されたので、それには嘘偽りなく答えてある。いらぬ詮索をされるかと思ったが、幸いなことに自身の素性まで疑われることはなかった。異世界人だと説明すれば変人呼ばわりされていただろうから、その点はありがたい。

 ともかく事件を解決するために騎士団が編成され、実際に教徒たちと交戦し、そういうこの国にとって忙しい時期がしばらく続くことになった。そこから少し間を置いて、ミリアが事の顛末について話したいと言ってきたのだ。

 それならば折角なのでとアリスが自らのツリーハウスへと招待して、今に至る。




「失礼、申し遅れました。私はクラウス、王都近衛騎士団で部隊長を努めております」

「へえ……やっぱり偉い人じゃん」

「けど、私よりは偉くないです」

「いや、そりゃまあそうだけど」


 彼女がえらくお茶目なことを言うので、クラウスという男も少しむっとする。


「分かっておいでですか? 此度のことがこれだけの騒ぎになったのは、あなたの愚かな行動のせいもあるのですよ」

「それは……もちろん分かっています」


 クラウスから『愚かな行動』と言われることは堪えるのか、ミリアは少し怯んだ表情になる。


「いいえ、分かっておりません。今一度ご自身の身分を問い直してはいかがですか、ミリアローズ王女殿下」


 そう、王女である。

 立ち振る舞いから何となく予感のようなものはあったが、彼女はこの国のお姫様だったのだ。

 彼女が酒場にいたことや、この事件に巻き込まれたこと。それらはざっくりと言えば『お姫様のおてんば』だったということらしい。

 確かにイグナーツから、この街に第三王女が来ているという話は聞いた気がする。しかしまさか、こうして知り合うことになるとは露ほども思ってなかったが。


「その、心配をかけたことは深く反省しています」

「命の危機は、心配の一言では済まないことですよ」

「それも、分かっているつもりです。……もう、反省の言葉にまで水を差されたら、私はどうすればいいんですの?」


 どことなく険悪な雰囲気が漂い始めたので、アリスは少し横やりの入れることにした。


「ところで、さっきの話の続きはどうなったの? 教団の拠点ってのは何とか出来た?」

「ああ、はい。勿論です。アリスさんが捕えた教徒たちが非常に役立ってくれました。あれだけの人数ですと口裏も合わせようがありませんから、精度の高い情報が得られたわけです。今回の一件ではあなたに感謝してもし足りませんね」

「いえいえ、市民の義務ってもんですので」


 彼らの信仰も、騎士たちによる尋問の前に砕かれたということか。

 まあ当然である。コルドラは己の信じる神のため身を捧げたが、誰しもがそうとはいかないものだ。


「外部からパトロンのような形で協力していた者もいるようで、今はそういう輩を捕まえるため情報を集めています。ただ……」

「ただ?」

「教団の母体となった少人数による魔術組織が存在するようなのですが、その主要人物に関してはあまり捜査が進んでいませんね。どうも教徒たちも殆ど正体を知らないようで。……いえ、勿論必ず捕えるつもりです。ただそれには時間がかかるかもしれないという話で」


 にっこりと、安心させるような笑みを浮かべるクラウス。

 相手の不安を取り除こうとする姿勢は立派なものだが、あまり期待はできなさそうだ。


「是非頑張って下さいね」

「はい、どうぞ我々にお任せ下さい」

「あと、そういえばあの教団は神を召喚するとか言ってましたけど」


 途端、クラウスの表情がばつの悪いものになる。

 アリスとしては別に痛いところを突いたという気持ちはなかったので、おやっと思った。


「……私たちが戦ったあの目玉みたいなのが、彼らにとっての神なんでしょうか」


 ミリアが考え込むような仕草をして呟く。


「確かにあれは強力な存在でした。私なんて殆ど手も足も出なくて、アリスさんがいなければ危なかったぐらい。……この国にも太陽の神に祈りを捧げる習慣はありますが、それを召喚するだなんて考えたこともありませんでした」

「いや、でもあれは神様なんかじゃないよ。もっと別の存在」


 不安を感じているらしきミリアの言葉を、アリスはきっぱりと否定する。

 それに対し彼女もクラウスも意外そうな顔をした。


「アリスさんはあれが何なのかご存じなんですか?」

「うん、一度同じようなものに遭遇したことがある。あれは神様じゃなくて精霊だよ」


 そう、かつてシオンが召喚したことのある存在。

 彼は確か『人魔と神の中間とされる上位存在』と説明していた。つまり人よりも高次の生き物だが、神ではない。

 信仰の対象として奉るのは明らかな欺瞞だ。しかし宗教家がそれを神と呼ぶのは、ある意味でとても理にかなっていた。

精霊は人より秀でた存在でありながら、召喚に応じて力を貸すようなまねもする。つまり全能者ではないが、祈っても助けてくれない神よりもよっぽど信奉し甲斐があるというわけだ。


「驚きました、アリスさんは精霊に関しても知識があるのですね」


 クラウスが頷きながらそう言う。


「誰でも知ってるわけじゃないんですか?」

「まさか。歴史を学べば自ずと行き当たる存在ではありますが……おそらく民の殆どは名前も聞いたことがないでしょう。嘆かわしいことですが、教徒でなくとも精霊を神の一柱だと勘違いしてしまいかねない。実際私はそういう輩を見ましたからね」


 クラウスはうんざりした様子で言う。

 なるほど、さっき口ごもった理由はそれか。彼らの上にも、聴取した内容を真に受けて騒ぎ出した連中がいるのだろう。コルドラが使った召喚魔法も、色眼鏡で見れば神が邪教に力を貸したかのように思えるわけだ。


「まあ、勉強の暇なんてない人も多いですしね」

「しかしアリスさんはその年で魔法使いとしても優秀でいらっしゃる。今後のご活躍が楽しみです」


 別に自分は魔法使いではないし精霊のこともシオンからさらっと聞いただけなのだが、今それを言ってもしょうがないのでさっさと話を進めて貰う。


「それで、あの精霊については何か聞き出せたんですか?」

「ええ。……教徒たちはその精霊のことをアグデラ・メカルと呼んでいました。これはこの国の文献上にも出てきたことのある名前です」

「アグデラ・メカル……」


 名前からどことなく不気味さを感じるのは、この国ともアリスのいた日本とも違う名付けのセオリーが使われているからだろう。自分たちとはまったく別種の存在だということが、嫌でも分かってしまう名前だ。


「アグデラは、建国初期の歴史に登場する名前です。この国を支配しようとする他国との戦争があり、そこで敵陣にて召喚されたのだとか。最終的には撃退しましたが、この国を一度は滅亡寸前にまで追い込んだ恐るべき存在です」

「それでは、私たち建国戦争時代の怪物と戦ったということですか? なんだかすごい話のような……」

「ある意味ではそうです。ただミリアローズ殿下とアリスさんが倒したのは目玉の姿をしていたのでしょう? であればそれは、単に身体の一部を切り離したものの過ぎません。当時は全身での召喚でしたので、その力も桁違いでしょう」

「ま、そりゃそうだよね。あれは確かに強かったけど、流石に国一つを滅ぼそうってほどのものとは思えなかったし」


 いくらコルドラが命を代償に発動したのだとしても、その度に戦争兵器並みの儀式を発動させられたらたまらない。否、あの目玉だけの召喚だって本来は天秤が傾くほどの大魔法だ。より優秀な使い手によって施されたか、他にも何らかの制約があったのだろう。


「先の大戦によってアグデラは、その身体に大きな傷を負ったと言われています。そしてその傷を長い時の中で癒しているのだとも。例え全身での召喚を行っても万全ではありませんよ。……まあもっとも、教団の者たちが霊素を持つ心臓を捧げていたのは、その傷を治すためだったということですが」


 つまり教徒たちの忌々しい行いの成果として、幾ばくか傷は癒えていると予想される。


「供述に寄れば、あの教団の宗旨は『秩序からの解放によって人はより高次の存在となる』というものでした。彼らはその考えにのっとり、精霊の力で我が国の体制を崩そうと目論んでいたようなのですが……はっきり言ってその教義には矛盾が多い。教徒には前科者や、まったく別の危険思想の持ち主まで混じっていましたし、宗教というよりも社会からあぶれた者たちを集めた秘密結社という印象が強いですね」

「いずれにしても、度し難いことです。革命というにはあまりに幼稚でしょう」

「当人らも、自分以外の人間のことなど気にしていなかったかと。大規模な愉快犯、というのが私の印象ですね」

「彼らの野望が潰えたのは幸いでした。アリスさんには当事者としてだけではなく、この国を担う者の一人としても感謝のしようがありません」

「いや別に……。殆ど偶然みたいなものだったし」


 改めて頭を下げられると少し困ってしまう。

 自分はそんな立派な人間ではない。そもそもアリス自身、ミリアに命を助けられたようなところもあるのだし。


「そういえば、あの精霊をどうやって倒したんですか? あの光の剣のような魔法は見ましたが、アリスさんも私と同じように身体の動きを封じられていましたよね? 私、自分の力で動かせないものがあるなんてびっくりしたぐらいなのに」

「あれは魔法の一種だったみたいだから、単純な力じゃどうやっても難しかったと思う。私が逃れたのは、まあこれのおかげかな」


 そういってアリスは、胸元に隠れていたものを取り出す。


「それは……ペンダント?」

「そう、私も後になって気付いたんだけど、これが助けてくれたみたいなんだ」


 それは借りっぱなしになっていた、盗賊のペンダントである。

 アリスがこの世界で初めて会った男から、子どもに届けてくれと渡されたもの。失くしては困るからと常に持ち歩いていたのだが、まさかこれが魔法具だったとは気付かなかった。


「へえ……精霊の魔法を打ち破ったのですから、相当な力を秘めているのでしょうね」

「そうだね。思えばあのおじさんも人が悪い。これがどういうものかぐらい教えてくれてればよかったのに」

「そんなすごい魔法具を一体誰から……」


 これは藪蛇だった。取り締まる側に立つ彼女らにあの盗賊の話をすべきではないだろう。

 アリスは話題を変えようとして、ふと良い匂いが漂ってくることに気付いた。

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