第12話『なにげに直接戦うのは初めてです』

 アリスははっと真剣な表情になり、木陰から辺りを見回す。疎らではあるが、松明の光が見えた。


「参ったな、あいつらもう起き上がってこれるんだ」

「あそこにいなかった教徒もいるのでしょうが、何より彼らも切羽詰まっているはずです。私たちを逃がせば、自分たちはもうおしまいですから」

「逃がせば、か……。いや、ここは私たちも応戦しよう」


 アリスがそう言うと、シオンは驚いた様子を見せた。


「一体何故? あとは騎士団にでも任せるべきでしょう」

「帰ってから事情を話すんじゃ遅いよ。ここにいるやつらの何割かには逃げられちゃう。おまけに逃げたやつは他の教徒たちの村へ警戒を呼び掛けて、教団は暫く身を隠すことになる。トカゲの尻尾切りみたいにね。そうさせないためにもちゃんとこの村を制圧して、教徒たちから出来る限り情報を吐かせなきゃ」


 強い意志を持ってそう答える。

 あの目。あの礼拝堂で死体の目を見てアリスが感じたのは、恐怖ではない。

 怒りだった。人を騙し、容易く命を弄んだ者への憤怒。

 あの箱の中を見なければ、忘れてしまうこともできただろう。だが見てしまったからには、最早目をそらすことはできない。


「……いやはや、厄介な主人を持ってしまったものです」

「私は私のしたいことをするために、君のことも遠慮なく利用するよ。今からでも契約切っとく? 早い方がおススメかな」

「いえ、最後までお付き合いしますよ。あなたは危なっかしくて目を離していられませんから」

「そっか」


 アリスは小さくほほ笑む。

 主従のような、しかし相棒のような、この関係が彼女にはとても心地良かった。


「さてシオン君、さしあたって何か、私に武器を作ってくれない? 流石に手ぶらでは心もとないからさ」

「必要ですか? 私のカードがあるはずですが」

「いや、これは切羽詰まった状況では使い辛いんだよね。さっきみたいに君に必要な人数とかを尋ねる余裕がないときもあるしさ。適当にやってもいいけど、もしもの時に齟齬ができても困るの」

「アリス様、結構遠慮なく言いますね。……いいでしょう、いずれにしろ護身の道具は必要ですから。4時間と5人でお願いします」

「分かった」


 カードを握り直し、シオンの言う通りに念じる。


『我が意に従え』


 すると目の前に淡い光が広がり、その中から一本の杖が現れた。

 よくマンガや小説の中で魔法使いが持つような、大きな樫の枝みたいな杖ではない。もっと小さくスマートな、指揮棒をイメージさせる杖だった。

 杖はアリスが両手を差し出すと、光が消えるとともにその上に落ちる。握ると、初めてなのにどこかしっくり来るような気がした。


「これが私の武器? けど魔法なんて……」

「この杖には風霊を纏わせています。魔法の心得があるものなら意のままに様々な力を行使できますが、それがない者でも風をイメージして振れば魔法が放たれるはずです」

「おお、便利」


 がさり、と物音がより大きく聞こえる。教徒たちが段々と近づいてきているのだ。


「それじゃ、私ちょっと行ってくるね。シオンはここにいて、ミリアさんのことをよろしく」

「畏まりました。彼女を起こして事情説明した後は、そちらの援護に向かいますので」

「うん、分かった」


 頷いて、アリスは洞の中から外へ出る。

 うす暗い森の中に、松明の明かりだけが点々としていた。彼女は姿勢を低くして、教徒たちの動向を見ながら近づく。〝隠蔽〟はまだ発動中なので、下手を打たなければそうそう見つかることはない。

 回り込むような形で移動していると、少しずつ彼らの声が聞こえる。


「探せ探せ! 我々の大義を邪魔するものは生きて返すな!」

「供物にすらならぬ肉の塊にせよ! この世に奴らが生きた証を何一つ残させるな!」


 アリスは声の調子から、ミリアをさらった者の一人がその中にいることを見抜いた。コルドラの取り巻きだ。

 杖を握りなおし、音を立てず彼らに接近する。

 ちょうど彼らは同じ一帯を探しているらしく、比較的固まって行動していた。まさに絶好のチャンスだ。


「決して逃がすな! 愚かなる者に鉄槌を下し……」

「それはこっちの台詞だよ!」


 叫び、そして彼らが振り返るよりも早く杖を振り下ろした。

 風の爆発が起きる。

 そうとしか言いようがない。杖の先から放たれた突風は、草を千切り木々を軋ませながら森を駆け抜ける。

 直線上にいた教徒たちは風圧に叩き飛ばされ、空中を舞うことになった。何人かは木々の枝葉に引っかかるがそれで止まることもなく、ぐるぐると激しい回転を味わったのちに地面に叩き落とされる。

 意識を保つ余裕などないのだろう。彼らはあっさりと、一人残らず気を失ってしまったようだ。

 アリスはその威力に唖然とした。


「……わお、大迫力」


 放った当人なのについ呟いてしまう。シオンの作品は相変わらず規格外だ。

 だがその破壊力ゆえに、発動を周囲から隠すことはできない。「こっちだ!」と呼びかける声がいくつも響き、他の教徒たちがこちらへ向かってくる。

 しかしアリスは上等だ、と思った。たった一度の不意打ちでも、彼らの内の動揺が走ったことを感じ取れる。このまま畳みかければ瓦解させるのは容易い。

 暗い森の中を動きまわる。できるだけ相手がひと固まりになるよう誘導し、その都度に杖を振りかざした。

 相手は突風を防ぐ手立てがないようで、攻撃を放てば必ず数人の教徒たちが空を舞う。

 二度、三度、四度。敵は確実に数を減らしていった。圧倒的な力を実感し、アリスもこれは一掃できそうだなと感じる。

 しかし、その予想はすぐに覆った。

 何度目かの魔法の発動で、急に威力が衰えたのだ。

 アリスは最初気のせいかなと思い、もう一度杖を振りかざす。今度はより一層出力の低い風が吹いた。


「まさか……ガス欠?」


 弱かろうが魔法の風なので、放てば風圧のダメージを与えることはできる。しかし出来るのはそこまでだ。

 さきほどの風で宙を舞った教徒の一人が、呻きながら起き上がる。出力の低さのため昏睡を免れたその男は、怒りに燃えた表情で腰の武器を取った。

 すらりと長い剣が男の手で引き抜かれる。左手に持つ松明の光を浴び、妖しげに煌めいた。


「へへ……もう容赦はしねえぜ。ぶっ殺してやる」


 最早なりふり構う気もないのか、教徒らしからぬ下品な口調だ。


「……よく言う、始めっから容赦なんてなかったくせに」

「うるせぇ! とっとと死んじまいな!」


 男が剣を振り被る。アリスはとっさに後ろへ跳び下がった。

 幸いなことに彼は剣を扱いなれているわけではないらしい。常人であるアリスの動きでも容易く回避できた。

 男は空振れば返す刃で再び剣を振り、躊躇いなく何度も繰り返す。

 その度にバックステップで避けるが、やはり段々と追い詰められていった。そしてついに、アリスは下がろうとして背中に強い痛みを感じる。


「――っ」


 樹木にぶつかったのだ。

 ほんの一瞬動きが遅れる。しかし相手は待ってくれるはずがない。

 剣が振り下ろされる。

 男の顔は、勝利を確信してにやけていた。

 だがアリスは自分の頭蓋が潰れる瞬間、すばやく身を屈めた。

 剣が切り裂いたのは木の幹、ちょうど枝分かれした境目に入ったので、そのまま綺麗に幹へ食い込む。

 慌てて引き抜こうと踏ん張る男の眼前に、アリスは杖を向けた。


「――吹き飛べ」


 顔面ゼロ距離で発動する風魔法。

 風霊の最後っ屁ともいえる渾身の一撃が、男に向け放たれる。

 男の顔はサッカーボールみたいに弾かれ、身体ごと一回転して地面に倒れた。今度こそ起き上がることはできないだろう。

 緊張で鳴る鼓動を抑え、周囲を見回す。倒れている者たちはもう動かない。さっきの男で最後だったようだ。


「……あー、焦った」


 アリスはついその場にへたり込む。

 流石に今回は冷や汗ものだった。一歩間違えれば死んでいたかもしれない。

 ふと手に持った杖を一度見つめ、再び振ってみる。今度こそ、杖は葉っぱを散らす程度の風しか出さなかった。

 どうやらこれは何度も魔法を使えるようなものではないらしい。まあ考えてみれば当然である。魔法にだって原理があるのだし、あれほどの出力ではそう何度も撃てるはずがない。

 とはいえそれは今だから言えることだ。シオンもうっかり説明をし忘れたのだろうが、それで死にかけたのだからちゃんと文句を言っておかねば。アリスはそう心に決めた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る