第11話『なんだか生贄扱いされてますよ?』
「シオン君、とにかく先に進もう。警戒は怠らずに」
「ええ」
彼は頷き、二人は歩きだす。
さほど長くもかからず、彼女らは小さな村に辿りついた。
規模も大したことはなさそうで、集落といったほうが近いかもしれない。ただ家などの建造物は比較的ちゃんとしたもので、技術力の高さがうかがえる。
その家々も今は明かりなどもついておらず、中に人気はなかった。
「誰も住んでないの……?」
「いえ、そうではありません。ほらあそこ……」
村の奥に、ひと際大きな建物があった。そこだけは窓から光が漏れており、人影も見て取れる。どうやら村の人はみんなそこに集合しているようだ。
近づいてみると、入り口にコルドラとミリアが乗っていった馬車がある。
アリスとシオンは、開いたままになっている扉から中に入った。
その建物の中は広く、やはり村人たちが集まっているようだ。彼らは部屋の中にたくさんある椅子に座ったまま、拝むように目をつむっている。
「彼らは同じようなバッチをつけていますね」
シオンがぽつりと言った。コルドラたちもつけていたあのバッチだ。
部屋の中はどこか、礼拝堂のような趣があった。
部屋の向こう側にはコルドラたちが立っている。中心には台があり、数人でそれを囲む形だ。何やら声も聞こえるが、あまりしっかりとは聞き取れない。
「何をしてるんだろう……」
「アリス様、もう少し近づきましょう。あまり音を立てないように」
小声でそう言いながら、シオンが先導する。
彼の後をついて、部屋を壁沿いに近づいていった。ちょうどよく大きな箱らしきものがあったので、その陰に隠れる。
「……の底に召します我らが主に……大いなる裁きを彼の……みこころを地にも……」
抑揚がひどく平坦だが、辛うじて声が聞き取れるようになった。
声を発しているのは、コルドラたちと同じように台を囲む内の一人だ。彼らより一歩分だけ台の近くに立ち、奇妙なことに一人だけ真っ白な牧師服らしきものを着ている。
人の隙間から台の上を盗み見ると、どうやら人がそこに寝転んでいるらしい。
ミリアだろうか、とアリスは目を凝らした。その時無意識に隠れていた箱へ片手を置き、その手触りで蓋が少しずれていることに気付く。
何気なく――本当に何気なく、アリスはその箱の中身を一瞥した。
何が入っているのだろうかなどと思ったわけではなく、単に目が泳いだだけだ。
そうやって箱の中の暗闇に視線を落とす。
そこで、同じように自分を見つめる瞳と目があった。
うつろな目。
「――っ」
それに気付いた瞬間、アリスは慌てて箱の蓋をどかした。自分たちが隠れていることなんてすっかり忘れて、大きな音を立てながら。
中には、濁った眼をした人間の死体が入っていた。そう、死体だ。すでに生気はない。
それも一体ではなかった。彼女が隠れるために使った箱には、その大きさ相応しくたくさんの死体が放り込まれていたのだ。
彼らには細かな傷などはないが、何故か一様にその胸が切り開かれていた。そして中にあるはずの臓器、心臓だけを丁寧に抜き取られているのだ。
「なっ……何だお前たちは!?」
台を囲む内の一人が声を上げる。コルドラや他の村人たちもこちらを向いていた。
〝隠蔽〟の効果は対象を見つかり難くすること。一度気付かれてしまっては何の意味もない。
だがアリスの頭にあったのはそんなことではない。彼女の目は台の上で眠っているのがやはりミリアであること、そして白い牧師服の男が手にナイフを持ち、今まさにミリアに向け振り下ろさんという状態で固まっていることを捉えていた。
そこからの彼女の動きは、ほぼ反射的なものだ。
その場から駆け出し、台の上に飛び乗ったかと思うと、牧師服の男の持ったナイフを思いっきり蹴っ飛ばした。
「痛っ――!」
「あんたら……いったい何やってんのよ!」
なりふり構わず怒鳴りつける。
しかしその言葉は、コルドラたちを返って硬直から解いてしまった。
「誰かそいつを捕まえろ!」
コルドラを含めた周囲の村人たちが、一斉にアリスへと掴みかかってくる。
服を、足を、腕をともみくちゃにされながらも、アリスは必死に懐を探り、隠していたカードを抜き取ることに成功する。
緊急事態だということもあり、とりあえず適当な時間と人数を思い浮かべて念じた。
「こいつら全員吹き飛ばして!」
『我が意に従え』
瞬間、室内に激しい風が吹き荒れた。
嵐が濃縮されたかのような空気のうねりは、群がる人間を軽々と呑み込み壁へ天井へと叩きつける。
少しして収まった後には、誰も彼もが床に伏して呻いていた。
アリスと、そしてミリアだけが唯一その風の影響を受けていない。そういう魔法陣が刻まれていたのだ。
「アリス様!」
遅れてシオンが近づいてくる。
ほっとしてアリスは身をかがめた。
「ごめん、シオン君。助かったよ」
「今は結構です。それよりも早く彼女を」
アリスは頷いてミリアを抱き起こす。彼女はあの騒ぎの中でもまだ起きる気配はない。もう殺されてしまったのかと一瞬ひやりとしたが、どうやら昏睡の魔法をかけられているだけのようだ。
胸のあたりの鎧をはぎ取られた他には、特に異常も見当たらない。少し安堵して、しかし気を休めてもいられず急いで駆け出した。
眠ったままのミリアを背中に担ぎ、建物の中から飛び出す。そのまま村の入り口には向かわず、あえて森の中を突っ切った。
相手側のほうが土地勘はある状態で険しい道を行くというのも拙いが、馬鹿正直に道なりに進んでしまうのはより悪手だ。どんな罠があるか予想もつかない。
とにかく遠く、今はただそれだけを考えて走った。
シオンのほうは流石に疲れ知らずを自認するだけあって、淀みなく一定の速度で走り続ける。
ある程度地形を把握しているのか、アリスの少し前を駆けて先導してくれていた。
「アリス様、大丈夫ですか」
暫く走ったところで、ふとこちらの具合を聞いてくる。とはいえ走るスピードは緩めない。
「うん、でもね、この人、結構重いっ」
肩で息をしつつ答える。割と限界が近いので会話も一苦労だ。
鎧だけでも外せればよかったのだが、生憎こういうものは簡単に取れないようになっている。容易く武装解除されたら問題なので仕方ないことだが、この状況だと妙に腹立たしい。
「普通の鎧ならそもそもアリス様に持ち上げられるはずありませんし、何かしら特殊な材料なり魔法なりを使っているのでしょうね」
「そんなこと、言ってる、場合じゃ、ないでしょっ」
「分かっています。一旦あそこに隠れましょう」
シオンが指差す方向には、森の中でもひと際大きな樹がある。どうやら根元に
アリスはこれ幸いと洞の中に潜り込む。少し湿った感じだが、文句は言っていられない。
「〝隠蔽〟の魔法はまだ発動中です。一度隠れてしまえば、再び見つけるのは困難でしょう」
「ようやく、一息、つけるね」
乱れた呼吸を整えようと、数回深く息を吸ったり吐いたりする。
足が早くも悲鳴を上げ、全身は汗でびっしょり。全くもって散々な展開だ。
「アリス様、先ほどはありもしない肝が冷えました。あのような危険な行動は慎んで下さい」
「え、ああ……。ごめんね、自分でもつい訳が分からなくなっちゃって」
シオンの言っているのは勿論、あの場で騒ぎたてたことについてだろう。
アリス自身も、我ながら拙かったと思っていた。隠れていたことを忘れて派手に行動し過ぎだ。
とはいえ、慎重に動こうとしてあのままミリアを死なせてしまうよりはマシだ、とも思う。目の前で殺されては流石に目覚めが悪い。
「あいつら、結局何者なの? 牧師がいたみたいけど、ここの村ではヤバい宗教が広まってるってこと?」
「それは問題の立て方が間違っているかと思います。もともと信者だったものたちが、ここに共同体を作ったのでしょう」
シオンがアリスの問いに答える。
「彼らは全員バッチをつけていましたね。規模の小さい宗教家たちが自らの繋がりを強固にするため、よくあのような共通の品を用意すると聞きます。彼ら全員が教徒であり、ここを村と偽って罠を張っていたのでしょう」
「罠、ね……」
村が脅かされているなどという話も、人をおびき寄せるための作り話だったのだろう。
彼らはそれをずっと続けて来たのだ。
「ある種の邪神信仰者は、神への供物として人間の命を捧げると聞きます」
「じゃああの心臓がない死体って……」
「心臓は肉体に血を巡らせる臓器。そしてこの世界では、霊素をも心臓を通して体内に循環するとされています。極めて象徴的で、なおかつ効率よく質の高い霊素を得られる部位です」
多くの人間が、彼らの手によって神の供物となったのだろう。
今のミリアのように眠らされて、その間に生きたまま心臓を引きずり出される。
ぞっとしない話だ。
「しかし、それにしてはコルドラは手際が悪かったですね。退治屋を釣るにしても釣り餌の報酬額を見誤っていたようですし。ミリア殿が依頼を受けると言わなければ、ただ笑われて終わるだけだったでしょうに」
確かにコルドラがあの酒場で依頼したことは、退治屋たちにとっては笑いの種にしかなってないように見えた。
あれでは誰も生贄にできず戻ることになったかもしれない。しかし――。
「いや、それも問題が逆なのかもしれないよ」
考え込みながら、アリスは呟く。
「私も最初は、コルドラが企みに失敗して、代替としてミリアを連れていくことになったんだと思っていた。けど最初から生贄にするつもりだったなら、下手に熟練の退治屋なんか来られたら困るはずなんだよね。勘付かれた時のリスクが高すぎる」
酒場では荒くれ者風の男がミリアのことをこう言っていた。『たまにいるよなこういうやつ』と。
退治屋という仕事を勘違いして、英雄を気取る新米は一定数存在するのだろう。そしてそういう人間はおそらくすぐ死ぬ。自分の力量を見誤るからだ。食い詰め者やアウトローばかりの退治屋の中でも、より一層周囲から気にかけられることのない人間だ。さらっていくにはピッタリである。
「つまり、初めからミリア殿のような半端者を狙っていたと?」
「うん、まあちょうどいい相手がいたらって程度なんだろうけどさ。要するに兼ね合いなんじゃないかなって。良質の霊素を得るには、一般人では困る。けれど強すぎるプロもダメ。需要と供給がちょうど釣り合うのが、その手の半端者だったんじゃって話」
そういう意味では、ミリアはむしろ予想外の存在だったともいえる。彼女が酒場で自分の力をアピールして見せた時は、彼らも相当焦ったはずだ。
「あの死体の数を見るに、結構長い間続けてるね。いちいちこの村に連れ込んでるんだとしたら、随分危機感が薄いような気もするけど……」
「おそらくここは、下位教徒の村でしかないのでしょう。他にも同じような共同体がいくつかあって、上位の者は普通に生活をしながら必要に応じて各共同体を転々とする。こういう教団では権力者が教徒になっていることも多いですから」
「社会の闇だなあ。あんまり知りたくなかったや」
その時、がさがさと遠くから物音が聞こえてきた。
アリスははっと真剣な表情になり、木陰から辺りを見回す。疎らではあるが、松明の光が見えた。
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