第9話『場違いな女戦士? みたいです』

「見損ないましたわ。金金金と、地獄の亡者すらあなた方ほどには強欲ではないでしょうとも!」



 がたん、と椅子が倒れる音とともに大きな声。

 なかば口論になりかけていたコルドラと客たちが、一瞬で静まる。

 声の主は、片隅の席に座っていた女のようだった。

 アリスはその女を見た途端、「うおっ」と小さく呻いた。というのも、彼女があからさまに場違いな姿をしていたからだ。

 ランプの光を反射する、豪奢な深紅の鎧。宝石と銀細工に彩られた華美な剣。素人から見ても実用性とは対極にある、明らかに装飾過多な武具で身を固めている。それを着こなす彼女自身も、まるで苦労をしたことがないというような整った顔立ちをしていた。

 酒の席なのに武装を固めている変わり者がいるのは、さっき見て取れた。しかし彼女はその中でも一際異彩を放つ存在だ。こんなところにいるということは、まさか彼女も退治屋なのだろうか。

 その姿の異常さは他の退治屋から見ても同じことのようで、どこかしこからか小さく笑う声がする。

 彼女はそんな声を気にした風もなく、言葉を続けた。


「あなた方は本当にそれでよろしいのですか? 今まさに魔物によって脅かされている村を見捨て、あまつさえそれを笑い話の種のように扱って。討伐を生業にする者として、何も感じることはないと?」

「……あーあ、たまにいるよなこういうやつ」


 さきほどコルドラに話しかけていた荒くれ者風の男が呟く。同じテーブルの客たちがそれに同調し、笑いながら頷いた。


「別段食うに困ってたわけでもないのに退治屋を始めたタイプだな。変な憧ればっかり先行して、魔物退治を英雄の行いか何かだと勘違いしてるやつ。迷惑なんだよなあ、勝手に無謀なことして勝手に死んで、依頼も達成できないから評判だけ落として消えてくんだよ」

「そうそう、理想ばっかりでかくて実力なんざ備わってないの。笑えるぜホント」


 相手が目の前にいるというのに、仲間内でそんなことを言い始める。

 鎧の女も流石に怒ったと見え、肩を怒らせながらそのテーブルの前に歩いてきた。


「文句があるならはっきり言いなさい。陰口を叩くのは男らしくないですわよ」

「お前のようにか? そういうのは女のヒステリーって言うんだよ」

「なっ……」

「村を守りたきゃお前一人で行けばいい、俺たちは金払いのいい別の依頼を探すさ」


 冷淡な、しかし真っ当といえばあまりに真っ当な言葉だった。

 女はしばらくむっとした表情で男を睨みつけていたが、やがて溜息とともに顔を背けた。


「……無論、そのつもりです。私はあなた方と違って薄情者にはなりたくありませんから」


 そう言ってくるりと向き直り、コルドラに話しかける。


「そういうわけです、退治屋が必要なら私を連れていきなさい。若輩ですか精一杯力を尽くしましょう」

「しかしあなた一人では……」

「それでも、誰もいないよりはましです。違いますか?」


 言われて、コルドラは取り巻きの男たちと目配せをする。

 やがてお互いに頷き合い、合意を得たようだった。


「分かりました、我々も覚悟を決めましょう。……ところで、あなたのお名前は?」

「私は……そう、ミリアとお呼び下さい。ともかく一旦ここを出ましょう。詳しい話は別の場所で伺いますわ」


 ここにいれば無用な注目を集めるからと、ミリアと名乗る女はコルドラたちとともに外に出ようとする。

 最後のつもりなのか、荒くれ者の男がその背に野次を投げた。


「本当に行くつもりとは恐れ入ったぜ! あの世で俺の母ちゃんによろしくな!」


 再びびげらげらと笑い声が響く。

 ミリアは足を止め、男のほうを振り向いた。


「さきほどから思っていたのですが……」

「あん?」

「あなた、少々お行儀がよろしくないですね」


 ミリアのまなざしがテーブルの上に落ちる。確かに肉の皿や飲みかけのスープなどが乱雑におかれ、食べカスや汁がそこかしこにこぼれていた。

 しかし男はこの言葉を一笑する。


「だからどうした、お貴族様気取りか」

「別にそういうことではありませんが……ほら、こんなところにまで物が落ちています」


 そう言ってしゃがみ、床に落ちていたフォークを掴んだ。

 男に返すのかと思いきや、彼女はおもむろにそれを両手で持ち直す。三つ又に分かれた部分の両端を、両手の親指と人差し指で器用につまむ形だ。

 彼女はそしてそのまま力を入れ、フォークを縦に引き裂いた。


「!?」


 男はぎょっとして目を見開く。酒場のほかの客も、アリスにしたってそれは同じだった。

 フォークは又になった部分で綺麗に三分割され、指の支えがない真ん中部分だけが床に落ちる。この酒場のフォークは鉄製。無論粗雑な作りだが、それでも指の力だけで千切れるようなものではない。というか、一体どんな力のかけ方をすれば鉄を引き千切れるのか、想像すらつかない。

 唖然とする様子に少しは溜飲が下がったのか、ミリアは笑みを浮かべ慇懃に頭を下げる。


「それでは、ごめんあそばせ」


 店主のクリフに代金と、そして律儀にフォーク代の硬貨を渡して、コルドラたちとともに酒場を出て行った。

 客たちは彼女がいなくなったあとも、どこか憚るようにひそひそと話し始める。

 アリスとともに事の成り行きを見ていたシオンが、得心がいったとばかりに頷いた。


「通りであの依頼を一人で行こうと思ったわけです。あの怪力では、自信があるのも納得できるというもの」

「あれ絶対人間技じゃなかったよね……腕も細かったし、どうなってるの?」

「体質ですよ、生まれながらに高純度の霊素マナを肉体に宿しているのでしょう。身体との結びつきが強過ぎるがゆえに魔法使いとしては大成できませんが、霊素を腕力や瞬発力に転換することで規格外の身体能力を発揮します。退治屋を含め、白兵戦に長ける者は多かれ少なかれこのような力を秘めているものですが……流石にあれほどのものは始めて見ました」


 感心したようにしみじみと言う。

 アリスはシオンの強力な魔法を見る機会が多かったので、この世界において魔法こそが一番の力なのだと思っていた。しかし、どうやら必ずしもそうではないらしい。

 だが――


「シオン君、私たちも出よ」

「もうですか? あの女性たちが出て行ったので、急ぐ必要はないかと……」

「ううん、あの人たちを追うの」


 その言葉に、シオンはきょとんとした。

 アリスは席に着いたままのシオンを担ぎ上げ、カウンターのクリフに勘定を払う。


「ごちそうさま!」

「あ、ああ。また来いよ」


 まだちょっと慌てた様子のクリフに手を振り返して、寒い風の吹く外に出た。

 辺りは暗く、ミリアたちの姿は見えない。


「シオン君、どこに行ったか分かる?」

「まあおそらくは。彼女に何か用事でも? 助太刀は不要かと存じますが」

「……最初は、みんなあのコルドラってやつの誘いに乗る気はないみたいだったから、私も聞き流せた。けど依頼を受ける人がいるなら流石に見過ごせない」


 表情に僅かな焦燥感を滲ませ、夜の闇の中を見詰める。

 冷えた風がアリスの頬を撫で、薄気味悪い予感がふつふつと湧き上がるのを感じた。


「あの依頼主、何かを隠していた。……あのままだとミリアさん、危ないかも」

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