第3話『人形君が力になってくれるそうです』

「これは……?」



 箱を開けたその中身は、どうやら人形のようだった。

 箱自体が一抱えぐらいはあるのだが、その中に両手両足を器用に折り畳んで収納されている。

 まるで眠っているようなので少し気が引けたが、ともかく少女はその人形を取り出してみた。身長は自分の膝下よりも低く、衣装も童話に出てくる小人のそれを思わせた。

 だが奇妙なところが一つある、この人形は顔の部分が時計になっているのだ。目や鼻といった人間らしい顔の構成要素が全部なくなって、代わりに文字盤と長針短針が備え付けられていた。


「ヘンなの。けど、これが魔道具?」


 わざわざ人形の形をしているということは、動くのだろうか。

 持ち上げて色々な角度から探してみるが、スイッチのようなものはどこにもなかった。

 なんだ、と呟いてにガックリ肩を落とす。しかしその拍子に、見落としていたものが視界の端に映った。

 箱の底に、人形の下敷きになっていた一枚のカードがある。説明書かな、と思ったが別にそういうことはないようで、表にはただ50という数字が書かれているだけだった。


「なんだろうこれ」


 裏も確認しようと手にとって翻してみると、こちらには魔法陣のようなものが描かれていた。

 結局意味のないものなのかと落胆した次の瞬間、突然魔法陣が光を放つ。


「うわっ!?」


 少女は驚愕する。そして同時に、何かが発動しようとしているのだと直感した。少女の脳裏に思い浮かんだのは、台座の裏に仕掛けられた魔法の罠。男が、発動すれば死ぬことになるといった、あの魔法だ。

 慌ててカードを捨てようとするが、何故かカードから手が離せない。

 光はみるみるうちに輝きを増して、手のひらごと光に包まれたかと思ったら、やがてゆっくりと収束していった。

 少女は、なんだったのかと思う暇もない。何故なら――輝きが収まった時、カードの裏にあったはずの魔法陣が自分の手の甲に移動していたからだ。


「これってどういう……」

「所有者を認証するための刻印です。ご主人様」


 問いの答えがあらぬ方向から返ってくる。振り返ると、そこには先ほどの人形が立ち上がって恭しく礼をしていた。

 ついさっきまでは両手両足をだらんと下げていたそれが、実に人間らしい所作をして動いているのだ。


「わっ、君動けるの?」

「はい、先ほどご主人様に認証を行って頂いたので、稼働を再開しました」


 人形は頭をあげるとともに答えた。


「ってことは……これが魔法の力なんだ」


 少女は状況も忘れて感心してしまった。どれだけ科学が発達しても、この人形ほど活き活きとは動けまいと思ったのだ。


「自己紹介が遅れました。私は自立魔道人形『時計小人 アガシオン』です。次なる異世界人への支援活動と負担軽減のため、異邦の勇者アリスによって作られました」

「異世界人への支援? それって、私が来るのを知ってたってこと?」

「はい。そもそも認証を行えるのは異世界から来た人間に限られます。あなた以外の人がその札に触っても、私を起動させることはできなかったでしょう」


 であればそのアリスは、自分以外にもここに飛ばされてくる人がいるだろうと予測していたことになる。

 それを踏まえ、この精巧な魔道人形を残していったのだ。


「生前アリスは、貴女と同じ境遇ゆえに苦労を強いられました。こちらの常識も分からず、頼れる相手もおらず、おまけに記憶がないため自分のことすら定かではない。数々の幸運と出会い、そして彼女自身の知恵と勇気によって今では英雄とまで呼ばれるようになりましたが、その裏には多くの困難と悲嘆があったのです。……そのため彼女は思いました。今後自分と同じような思いをする人を生みたくない、と。しかしてこの世界での生活を助け、不幸を被った分いくらかの特権を感じて貰おうと私という魔道具が作られたのです」

「つまり……あなたは私のためになることをしてくれるのね?」

「はい、勿論でございます」


 なんと都合がいいのだろう。この人形は無条件で自分に従い、助けてくれるというのだ。突然こんなところに放り出された少女にとっては、文字通り救いの手だった。

 一体どんな人なのかも分からないが、とにかくアリスとかいう人には感謝してもしたりない。


「それで、あなたって何ができるの? やっぱり魔法なんかも色々使えるんでしょ?」

「そうですね……まずはお手元の札をもう一度ご覧いただけますか?」


 人形は起動の役目を終えたカードを指差した。

 妙な代物だとは思っていたが、やはりまだ何か使うことがあるのだろうか。


「これがどうしたの?」

「それは私に命令を下すために必要なものです。50と数字が書かれているのは分かりますか? それは私たちの人数を表しています」


 パチン、と人形が指を鳴らす。

 すると突然人形の姿が二重三重にぶれ、そのまま残像が周囲いっぱいに広がっていく。

 わっと驚きの声を上げる間もなく、目の前はその残像で埋め尽くされ、それらは次第に確かな実像へと分かっていった。

 瞬く間にこの人形は、自分の姿を無数に増やしたのだ。


「これ、50体いるの?」

「はい。私たちは個別に行動し考えることができますが、人格は共同で一つとなっています。いわば一つの脳でたくさんの体を操るようなものなので、通常より遥かに優れたチームワークを発揮できるでしょう」

「すごい! それなら色々なことができそうだね。これだけの数なら、私が危ない目にあっても何とかなりそうだし、便利かも」

「いえ、もし個々の戦闘能力を当てにされているのなら、それは難しいかと思います」


 性能に喜ぶ少女に、人形は冷静な言葉を浴びせる。


「私たちは見ての通り小さいです。身体能力も子ども程度とまでは言いませんが、訓練した大人が相手なら負けてしまうでしょう。数を活かして戦えるのは精々ゴロツキ相手までで、もし魔法に秀でた者がいたら敵いません」

「えっ、そうなの? 盗賊がいるぐらいだから治安も良くないだろうし、それこそ助けて欲しかったんだけど」

「ええ、勿論荒くれ者に絡まれては困るでしょうし、この世界には魔物という脅威も存在します。ですからその場合は、別の手段をとることになるかと思います」


 別の手段、と聞いて少女は首をかしげる。

 この人形には他にも特別な能力が備わっているのだろうか。


「うーん……あ、分かった。魔法でしょ、こう手をかざせばぶわっと火の球が飛び出すような」

「申し訳ありません。私にはその手の直接戦闘向きの魔法は使用できないのです。とはいえ、魔法自体は様々に備えております」

「どんな魔法があるの? 是非知りたいな」

「まず、製造や工作に関わる魔法は極めて高性能なものを充実させています。鍛鉄から細工、建築まで一流の職人を越える働きができると自負します。またこれらに魔法の力を付与することも可能ですので応用の幅も多種多様です。次いで多いのが儀式魔法の類ですね。これは熟練の魔法使いを複数人集め、長時間の魔力操作を経て発動させる魔法のことです。多くは戦争や国家の行政など大規模な事案にのみ使われる魔法で、準備が大変なだけに規格外の影響を及ぼすことができます。他にはいくつかの補助的な戦闘支援魔法を使えます。特に設置することで罠のように使える魔法は一通り備えていますよ。あとは汎用的に使える魔法を少々といったところでしょうか」


 いかがでしょうか、と人形が少女の反応をうかがってくる。

 少女は彼の説明をじっくり吟味したが、どうにもピンとこないというのが正直なところだった。

 要するに物作りが得意、ということなのだろうか。確かにこの世界で生活する上では便利だろうが、今はそれほど重要に思えない。あと儀式魔法というのは、そもそも一個人では使う機会がないのではないだろうか。何ができるのかもいまいち分かり難かった。


「あとは罠、か……あの台座の裏にあった魔法陣とかもそうなのかな?」

「ええ。仕掛ける手間は要りますが、うまく使えばどんな相手も一網打尽できます。よろしければ披露致しましょうか?」

「いやいや、発動したら死んじゃうじゃない」


 しかし自分で罠魔法が使えるということは、解除の心得もあるだろう。少なくとも脱出は何とかなりそうだ。

 そんなふうに考えを巡らせ、ふと人形のほうを見るとどことなく項垂れているようだった。しょんぼり、という感じだ。


「どうも、私の魔法ではご満足いただけないみたいですね」

「ああいや、そういうことじゃないの。ただ私は今物凄く困っていることがあって、それを考えるとあなたの魔法は時間や手間のかかるものが多いなあと」

「なるほど、そうでしたか。であれば逆に問題はないかもしれませんよ」


 逆に? 何が問題ないのだろうか。


「しかしまずはどのような困りごとがあるのかお聞きせねばなりません。何事も事態の把握が第一ですので」

「ああ、うん。あのね、私はここから外に出たいの。でもここは色々と罠なんかもあるみたいで、私みたいな素人が一人で帰れる保証はないでしょ?、だから安全に道を進めるようにして欲しいなって」

「なるほど、とりあえず通路のほうを確認してみましょうか」


 そう言って人形はひょこひょこと歩き出し、部屋の出入り口のほうへ向かう。少女も何となくその後ろについて行った。

 部屋の向こう側にやや大きめの扉が設えてある。人形の背の高さだと、少しドアノブの位置が高そうだ。


「開けてあげようか?」

「いえ、ご心配には及びません。……ご主人様、よろしければ少しこちら側に寄っていただけますか?」


 言われた通り場所を移動して扉の裏側に寄ると、人形も背伸びをしてドアノブを握り、ゆっくりと開く。

 不意に、空を切る音。

 何事かと覗き込めば、通路の床から鎌状の巨大な刃が飛び出してた。

 湾曲した刃はちょうど扉のこちら側へ少しはみ出す形になっており、さらに言えばついさっきまで少女の頭があったところをその切っ先が貫いていた。

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