やっときます。

米田淳一

第1話 やっときます

 おれは小さな会社を経営しはじめた。

 大手ソフトベンダーから独立して二人の仲間とおれの三人で仕事を始めたのだ。

 はじめは見込みの甘さで案件が少なく、二人にろくに給料も払えなかった。

 でも二人は不平一つ言わず、なれない営業までやってくれた。


 その片方には、昔から「サイボーグ」というあだ名があった。

 何をやらせてもおそろしいほどの速度で仕事をこなし、大手時代も上司の無茶振りになにも全く抗することなく、そのうえでこの業界でなかなか守られない納期を、いつもなんと前倒しで完了するのだった。

 それ故にまわりからは「自分たちと仕事のペースが違う」と文句の出る始末だった。

 そのサイボーグと、もう一人を連れて独立したのが、今年の春だった。

 もう一人はコーディングでは元の会社のエースだった。サイボーグがそれに続いていた。

 それとおれの三人で、成功の予感しかなかった。


 そんな日々の中、三人で情報関係のコンベンションに出展することにした。材料としてあるのは他社製品に付け加えてつかうアプレットだった。

 奇跡が起きた。そこにきたのは業界のリーディングカンパニーの開発担当だった。

「これ、いいね!」

 開発担当はおれたちが引くほど興奮していた。

 この機会を逃す訳にはいかない。

 早速セールストークをはじめた。

 おれはなかなかうまく言葉にできなかったが、それを二人が熱を込めて言葉にしてくれた。特にサイボーグはものすごい熱意だった。

「じゃあ、ウチあてに提案書お願いできますか?」

 やった!

 しかもその直後だった。

 コンベンションの一般入場者の一人がくるなり、話しだした。

「これ、いいですね! すごく便利そう! これ、製品化いつですか!?」

 エンドユーザーにこのアプレットがいかに魅力的かをその場で証明できてしまった。サクラを仕掛けたんじゃないかと思うほどのタイミングだったが、仕掛けたサクラ以上に一般入場者の彼が興奮していた。

 それを開発担当が満足げに見ていた。

 おそろしいほどの絶好のチャンスが、到来した。


 そして、ようやくおれの会社は動き出した。

 二人が頑張ってコーディングしていく。

 片方はメインモジュールの開発で、サイボーグはその先の可能性検討の仕事にした。

 そのつもりだったが、気づけばいつの間にかタスクと納期が整理されていた。

 やろうと思っていたのだが、おれは元のベンダーとの仕事が退社してもなお残っていた。

 結局、見かねてサイボーグがやったらしい。


 先日のコンベンションのときの結果分析もサイボーグがやっていた。

 そして、可能性の検討という、できたらいいけどできなかったら全くの徒労に終わる仕事をサイボーグがやっていた。

 オレがやるべきだと思っていたが、もとの仕事で身動きが取れない。しかし、彼らは決して、どっちの案件を大事にするのか、と聞きはしなかった。

 だからおれも言わなかった。


 マーケティングのためにユーザーアンケートをとることにした。

 それが、その処理がやたらと複雑になってしまった。そもそも設問のたて方が失敗していた。

 だが、サイボーグは「あ、やっときます」と一言言って、黙々とこなしていた。そういう仕事の結果が午前二時に送られてくることもあった。夜遅くまでやっていたのだろう。


 そして、最大のネック、リーディングカンパニーに納入するにあたって、材料に使う他社製品との、ライセンスマッチングの仕事があった。

 どうしたものかと思っていたら。「あ、やっときます」とサイボーグが言って、サラサラとメールを書いて下書きに確認を求めてきた。

 少し修正して、そのメールを送った。


 メールが返ってくるまで一ヶ月経った。

 おれはいらだった。

 もとの仕事もうまくいかないことがあったし、いろいろと気に入らなかった。

 特におれはサイボーグのことが嫌いだった。

 ちょっとした宗教的な対立のようなものだったのだが、おれはそれを許す気はなかった。ただ、我慢しないとプロジェクトは進まない。

 しかし、三人の小世帯でそれをやるわけにはいかないのだった。だから苛立った。

 その苛立ちで、サイボーグを叱責した。

「メールほんと届いてるの?」

「デーモンは帰ってきてませんが」

「やっぱりさ、おれの人脈であたったほうが効果的じゃないかな」

 人脈のあては実は薄かったが、そう苛立って口にした。

「ええ、その線でもアプローチしたほうがいいかもしれません」

 サイボーグは全く少しの不愉快も示さずに答えた。


 ところが、サイボーグあてにアプローチの返事が来た。

 もともとアプローチのむずかしいことで知られる会社だ。

 その会社から、サイボーグあてに「提案を快諾したいところだが、権利は権利窓口の会社があるので、そこと進めてほしい」というメールがきた。メール末尾には「一緒に仕事が出来るのを楽しみにしています」とまであった。

 おれは複雑だった。とくにサイボーグは自分の手柄のようなことを一切、一言も言わなかったのが癪に障った。

 二人が喜んでいるのと聞きながら、おれはサイボーグのことが疎ましく思えていた。

「あ、メールの後の分析、やっときます」

 と、またサイボーグがまた「やっときます」を言って、次の日にはプロジェクト進行管理表が作られていた。

 サイボーグがまた作った。おれがやろうと思っていたのに、またもとの仕事に引っ張られてできなかった。二つの企業を合わせるプロジェクトをおれは片手間でやるしかなかったのだが、仕方がない。


 おれは業務が増えるから、と二人の新メンバーを会社に呼んだ。サイボーグの発言権を減らすつもりもあった。だが、サイボーグはそれに何も言わないどころか、歓迎会まで開いた。


 だが、数日後、思いもよらぬことが置きた。その二人の新メンバーが「ここではやることがまったく見つからない。仕事が割り当てられないのでは苦痛だ」と言い出したのだ。

 そのとき、サイボーグは、全く動じずに計画の目標と、そのために二人がいずれ必ず仕事を負うこと、そしてそのためにいまは二人には準備していてほしい、と説明していた。

「厳しいけれど、仕事は命ぜられるものではなく、見つけるものだと思うんですよ。古い人達の考えだと。でも、そこはひとつ、準備に専念してください。これからプロジェクトが本格的になれば、デスマになるかもしれないですから。その時はお願いしますから」

 それをいうのはおれの仕事のはずだったが、おれはまたしても時間がなかった。

 二人は納得し、社内は結束した。だが、おれはサイボーグがさらに疎ましくなった。


 そして、おれはまた二人をうちの会社に招聘した。二人は女性アドバイザーだった。たしかにプロジェクトにそういう感性の要素も必要だったが、サイボーグの存在を相対的に小さくする意図も少しあった。

 だが、なんと、その高学歴のアドバイザーとサイボーグがいきなり打ち解け合い、深い話をし始めた。おれには理解できないレベルの宇宙論や科学論の話だったが、とりあえず聞いていた。

 聞いていても、さっぱり理解不能だった。

 話し終わった後、サイボーグは「二〇年でようやくこの概念理解してくれる人に出会いました!」と興奮していた。

「代表、こんな機会をくれて、ほんとうにありがとうございます!」

 その感謝するサイボーグが、さらに疎ましく思えた。


 そして、とある会議だった。

 言葉がうまく出ないところに、サイボーグが言葉を添えた。

「ちょっと黙ってくれないか!」

 苛立ったおれはそう言った。

 サイボーグは落ち込んだ顔になって、黙っていた。

 でも、そのあともおれは言葉がうまく出なかった。


 おれは分かっていた。未だにみんなの交通費の精算もちゃんとしていない、経費の管理も甘い。会計を置く必要がある。というか置いてないのにはじめてしまった企業なので、企業というより企業ごっこだ。

 これはすぐに瓦解してしまう。

 それでもサイボーグは不平一つ言わずに自費で遠くから出社し、一番遅い電車で帰っていった。


 プロジェクトが進んできた。会社の体裁を整える必要があるのだが、おれは相変わらず時間がなかった。それでも納期に間に合うようにプロジェクトが進んでいるのは、サイボーグがマネジメントしているからだった。

 サイボーグがいなければ、おれのペースで陣容が整えられるはず。

 もっとしっかりした企業にできるはず。

 客先からの入金も、第一回のプレゼンも迫っていた。


 そして、第一回のプレゼンが始まった。

 あいかわらずおれはサイボーグの助け舟でなんとか言葉を繋いで、説明できた。

 そしてもう一人の発表したテストビルドも好評だった。

 そして、サイボーグは、そのかなりの労力で行った可能性検討の結果を発表した。

「可能性はありましたが、全て実験の結果、実現は難しいとの結論に至りました」

 明晰にサイボーグはそうやって、自分の検討結果を死に筋だと、なんの未練もなく報告した。

 普通はもうすこし固執しそうなものだが、サイボーグは少しもそれがなかった。


 おれは、その次の日、サイボーグを叱責した。入金日までまだ時間があった。


 何か始める前に全員で検討し、許可を取ってからやれ。

 プロジェクトが遅れてもそれは全くかまわないんだ。

 一人がこのプロジェクトを私物化するなんてオカシイだろ。

 こういうことは全員で納得しながら進めるんだ。


 サイボーグはうなだれて聞いていたが、か細い声で言った。

「私物化なんて思ったこと、少しもなかったです。それに、それだともう納期を守れませんよ」


 納期なんてどうにでもなるんだ!


 そう強く言ったら、サイボーグは黙った。

 ふん、とおれは鼻を鳴らした。

「あの」

 サイボーグが口を、血を吐きそうな苦しさで開いた。

「なんだ」

「私、知的障害なんでしょうか」

 えっ?

 確かに新しく集めたメンバーの一人に、おれは『サイボーグは知的障害ではないだろうか』とメッセージで聞いていた。本当はもっとひどい言い方だったのだが、このときはおれはそれがネットでNGワードであることを知らなかった。

「なんでそんなことを」

「知的障害だと思ってらっしゃるんですね」

「それより、そのメッセージがなんで漏れたんだ。ソッチのほうが問題だ!」

「でも、仕事仲間をそう言われて、板挟みで苦しまない人なんて、いませんよね」

 サイボーグの反撃が始まったと思った。

 おれは覚悟し、戦闘モードに入った。こうなったらどうやってもヤメさせてやる。

「いえ、いいんです。ありがとうございます」


 サイボーグは一礼すると退席していき、おれは拍子抜けした。


 その次の日、会社を独立させたときのもう一人の仲間から電話があった。

 サイボーグが「うちの会社の製品についていいアイディアを見つけた!」と電話かけてきたので、それに対し、お前はもうこのプロジェクトをやめろ、と答えたという。

 サイボーグは、それに全く反論もせず、「ありがとうございました。お世話になりました」と言って電話を切ったという。


 サイボーグからプロジェクトを辞めるというメールが来ていた。

 そして、そのあと、電話がかかってきた。


 警察からだった。


 サイボーグは、電車に飛び込んでいた。即死だったらしい。

 遺書には、プロジェクトの成功をお祈りしています、とあった。


 そして、その後、サイボーグの残務が全く処理できない状況に陥った。

 プロジェクトは大混乱だった。

 ドキュメントの管理、スケジュールの管理もすべて、サイボーグがやっていたからだ。

 サイボーグのパスがないと使えないものがふえすぎていた。

 他社へメールで繋いだラインも死んでいた。サイボーグがはるか昔にやっていた仕事のツテで繋いだラインだったので、他社は「ええと、彼がいないなら話がやりなおしになりますね」と冷たく扱ってきた。

 おれの会社は、あっさり行き詰まった。

 そして、設立もいい加減だったが、債権だけはしっかり請求された。


 おれはその債務で、家も何もかも失った。

 そして退職金代わりにみんなが備品を持ち帰った後の、廃墟のようなオフィスに、おれは立ち尽くしていた。


 そのとき、気付くと、隣にサイボーグが立っていた。

 そして、言った。

「あ、やっときます」


〈了〉

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やっときます。 米田淳一 @yoneden

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