第4話
「ありがとう。もう大丈夫」
「わかった」
透が腕を解くと、二人は離れる。一方は川の流れに任せるように、もう一方は川の流れに反するように。
「ごめんね」と、謝ったのは優子だった。
「あ、いや――」
満更悪い体験でもなかったと透は思う。「服、着たら」
「うん」
今度は優子のほうから空いている透の手を取り、彼を川から河川敷へと誘った。いや誘うというよりは引っ張ったというほうが正しいだろう。強引にそれは行われるのだが、いかんせん導くのが酔っ払いの仕事なので四方八方へと足は向き、まさしく千鳥足という具合で方向がなかなか定まらない。
結局、ふらつき倒れそうになる優子を透が介抱するように抱える始末となり、「戻るの?」とぶっきらぼうに尋ねると、しゃっくりで返事する彼女の腕を肩に掛けて土手を登る。
登りきるとそこには優子のシャツとパンツ、ハンドバックと黒いヒールが置いてある。
「ありがと」
彼女は自分の荷物の隣に座り込む。汐らしく泣いたと思えば、足取り悪く斜面を登ろうとし、手助けして上まで連れて来てやれば今度はそのまま動こうとしない。
「服、ほら」
透は傍らのYシャツを手に取ると、それを座り込んだ優子に渡した。
「ねえ」
「なに? 早く来なよ。俺はもう行かなくちゃ」
「ちょっと耳貸して」
「え?」
「だから耳」
透は覗き込むように顔を近づける。耳を彼女の口元に向けようとしたとき、彼は顔を腕で押さえつけられるように抱えられてしまう。一度は優子が受け取ったはずのYシャツは既に舗装されたサイクリングロードに落ちているのだが、それの横に並ぶようにバランスを崩した透の身体が倒れる。もちろんその身体の下には優子がいた。二人は夜の世界で身体を重ねる。不意を突かれた透が腕を伸ばして距離を保とうとしてももう何もかもが遅かった。再び二人の距離が粘膜が擦れ合うほどまでに縮まると、それからは呼吸は要らなかった。
「どうだった?」
全てが終わった後、優子は微笑む。
「いや、別に――」
呼吸を再び取り戻したとき彼の心臓は血を全身に力一杯流す必要があった。
「素っ気無い」
「別に」
彼はキスされたのだ。「別に――」
悟られたくなかった。初めてだということを。
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