ヴァイオリンからの手紙
降り出したその雨の意味が愛と知った時、いつしか僕が宿った。
丘灯秋峯
BGM:ヴァイオリン協奏曲ニ長調 Op.35 -チャイコフスキー-
学校での課題作品を掲載。音楽に関わることの多いわたしの人生ですが、よく偶に神や祝福と呼ばれていそうなものが溢れているな、と最近想うこの頃。それが発露した手紙形式、約1,300字の短編です。
ヴァイオリンからの手紙
君は僕を、どのくらいの間調べ、奏でてきたのだろう。単なる物質でしかなく愛を知らなかった僕は、君と桜舞う春の夜に出会った。
君の両親が仲間や色々な楽器のたくさんいる場所から連れ出し、久しい友人のケースと共に包まれプレゼントされた。背負った青いランドセルと両手いっぱいの紙袋を下ろし、未来に目を輝かせていたね。それから君の弓使いに何度も悲鳴をあげたが、いつしか同調していったのだろう。
僕を奏でることが、いつしか無上の喜びとなり、音楽への愛を募らせていった。君が降り注がせる愛は、天気雨のように明るく暖かく、神の慈愛そのものだった。いつしか降り出したその雨の意味がそれと知った時、ヴァイオリンにはいつしか僕が宿った。それは神と君、人と人をつなぐ天使だったんだよ。でもそれに君は気づかず、純粋に何も信じずいたずらに時は過ぎていった。
無上の祝福はいつしかまた、暗雲の下に注ぐ冷たい雨のような試練へと変わっていった。それに耐えきれなかったのだろう。二度目の詰襟に身を包んだ頃、君は僕を嫌いになり離れて、僕の愛の届かない音楽を愛するようになった。それは僕が音楽への愛を知らしめた代償だったのだろうか。ともに目覚めともに眠る生活が、長らく親しんだ無機質なケースの中で眠り続ける生活へ。君の世界が広がって嬉しい反面、心のどこか悲しく思っていた。
本当に悲しかったのはそれ以降だった。黒い詰襟を僕らの頭上、洋服ダンスにしまい込んでも君は真っ黒なままで、世界を憎んでいたことだろう。愛情深い反面、君は臆病だった。生きることも、死ぬことも恐れていた。何よりも自分が何者でもなくなってしまう事を恐れていたのだと思う。
一つ瞬きを重ねるたび、失われていく輝きがある。一つ夜を越え時が過ぎても、消えゆくものに誰も気づきはしない。でも君はいつしか、天使の宿らざるチェロ弾きの彼女と出会った。
やはり君は愛情深い人だったのだ。その音楽の愛は彼女へと啓蒙されていく。彼女はそれを疎ましく思う反面自分にないものとして深く思い悩むようになった。でも彼女にとっては自らに音楽への愛がないことより、君の哀しみこそが無上の呪いであった。それがあの元々薄朱色から黒ずんだ唇からつらつらと僕の音色とともに綴られるたび、彼女は共感しそして泣き出した。その時の君の驚く顔、その直後の、訳も分からず涙を流す顔があの時の笑顔とともに離れることがない。
僕は君の喜びも悲しみも、全て見届けてきた。神の慈愛と試練は時に君を苦しめたもうたけれど、君は決して生きることを辞めなかった。それは彼女にとって途方も無い歴史だけれど僕にとって、大切でかけがえのない人生だった。僕が君の心の支えとなり、苦しみに満ちる世界にそれでも繋ぎ止めたなら、とてもうれしい。それは、今目の前にいる彼女、いや、わたしにとっても同じことなんだ。
これからもそうでありたい。あなたのヴァイオリンの天使よりは付き合いが少ないかもしれないけど、わたしはこれからもあなたの側にいたい。
買えなかった指輪代わりの手紙、花を添えて
無機質なチェロの持ち主より
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