第7話 友達

「…ん、ここは…?」

見知らぬ白い天井が目に飛び込んでくる。

耳元ではピ、ピ…と規則だだしく機械音がする。脈拍を図る装置のようだ。

腕には点滴の針が深々と刺さっている。認識した途端、生々しい痛みが腕に走った。


「おはよう。よく眠れましたか?端七刀華さん」

「え…と、はい。あなたは…?」


刀華の前には白衣を纏ったツインテールの女…というより、少女だろうか。同じ年の頃と見れる彼女は、短く


「私は澱。看護師です」


と、答えた。


看護師、というならここは病院なのだろうか。しかし刀華は、なぜ自分がここにいるのか理解出来ないでいた。私は誰よりも病気知らずのはずなのに。


「あの、ここはいったい…」

「大学の施設内です。医療分野を学ぶ場所に1通り器具が揃っているので、体育の時間中に倒れられたあなたをここで治療させていただきました」

「あ…そっか、私…」


倒れたんだ。と、記憶を蘇らせる。たしか、久々の体育はマラソンで、ずいぶんと貧血気味になったような…。


「生理食塩水を点滴させて貰いましたが、もう大丈夫でしょう。頭痛などはしませんか?」

「はい、特には大丈夫です」


鮮やかな手捌きで点滴を抜き取りテキパキと片付けていく澱。その他の器具も片付けて、刀華の身体から機会に繋がるものは全てなくなった。


「では、お気を付けて」

「あなたは、学生さん…?」


ピクリと、澱の眉がひきつる。名目上は大学の生徒だが実際は主任の助手にあたる自分の素性を上手くごまかせるか、一抹の不安がよぎる。


「…ええ、この大学で看護師を目指しています。成績が優秀なので、この程度の医療行為は教師から認められています。ご安心ください。」

「ふーん…ねぇ、あなたの"よどみ"って名前、漢字でどう書くの?さんずいに、"定"って字で"淀"?」


…おしゃべりな人だ、と感想を抱く澱。必要でないことを喋るのは苦手だった。だった、はずなのだが不思議と端七刀華という少女の前ではあまりそんな気はしなかった。彼女のもつ天性の取っ付きやすさなのか、それとも、先程から澱がなんとなく感じている"懐かしさ"が由来なのかは分からなかった。一体、なにが懐かしいと感じるのか、澱でさえも分からなかったが。


「いえ、私の名前はその漢字ではなく…さんずいに、"殿"という時で"澱"です」

「ふーん、どの、か」

「はい、どの、です」


端七刀華はニッコリと笑って答えた。


「いい名前だね。なんだか友達になれそう」


…ズキリと、今度は澱の頭が痛くなった。


-

--

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港区。あちこちぶつけてボロボロになったベンツが止まっている。運転してきた人間の姿はもう見えなかった。


既に時刻は21:00を回っており、この使われなくなったコンテナの墓場のような所には人気などない。が、火の気ならあった。


---


「よし、腹減ったろ。食え」

「…………。」

「…………いただきます。」

「いや食べるんかいっ!」


稔侍がスプーンを口に運ぼうとする悠を引っぱたく。あいてっ、と小さく声が聞こえた。


「こんっっっな怪しいヤツの料理をいきなり食べるヤツがいるかよ!」

「いやだって、うまそうじゃん。…ちゃーはもぐもぐもぐ」

「…………もういい。で、アンタは何者なんだ。明らかに人間じゃねぇ奴に、港区にいる生物教師に会えって言われたけども、どう見てもヤクザにしか見えねぇ」

「ヤクザじゃない。薬剤師だ。まぁ、もと生物教師ではあるがね。食わないの?炒飯。美味いのに。」

「そうだよたべなよ稔侍もぐもぐ」

「ちーちゃんはちょっと黙ってて。」


トレーラーハウスように改造された一つのコンテナの中には大男と稔侍と悠がいた。

自作されたであろう換気扇から香ばしいごま油の香りが漂っている。バーカウンターのようになっている一角で、二人に夕飯を提供した大男は、二人のやり取りをみてガッハッハッハと高らかに笑った。


「うわっ、びっくりした」

「声でけぇなおい」

「いやな、お前らを見てると昔を思い出すもんでよ。…本当、根っこは変わらんな、お前ら。」

「…昔?あんた、会ったことあるっけか」

「でも、お前"ら"でしょ?最近知り合ったばかりのぼくらに、共通する過去なんてないよ」


炒飯を平らげてから真面目な顔つきになる悠。稔侍は横目でジロっと見ていたが、今は目の前の大男が何者なのかを知る必要があった。


「いやいや、何ももったいぶることはないからな。時間もないし…。後で客がもう1人来るんだ。そいつがわかりやすく教えて…いや、体験させてくれるかな」


訝しげに悠が呟く。


「…挟み撃ち?」

「チッ!てめぇ」

「おいおい待て待て、ここにいる大人はみんなお前らの味方だ、落ち着けって、な?まってろ、いまハーブティーでも出してやるから。」

「いらねぇ。お前はイマイチ信用ならねぇ。」

「稔侍に同感だね。炒飯は美味しかったけど、あんまりこの状況はおいしくない気がするよ」


大男は茶葉を取り出しながら、はぁーっと大きなため息をつく


「お前らなぁ、"百舌先生"の言うことくらい、聞いてくれや」

「!」

「百舌…先生?」


ニィっ…と獰猛な笑みを浮かべる百舌。

2人は一様にコメカミに手を当てていた。


「頭が痛むんだろ?」

「…なんでそれを」

「それはな、先生だからだよ。記憶分野の異常で起こってる。まってろ、ウルトラCがもうすぐ到着すっから」


記憶、と聞いて2人は思い当たる節がありすぎた。ないはずの重火器の知識。初めて呼んだ気がしないあだ名。身体が覚えている近接戦闘術。


「記憶の、問題なのか?」

「あぁ、そうだ。いいか、よく聞け。これから全部話してやるからよ。ほれ」


芳醇な香りを放つローズヒップティーがカウンターに出される。どちらともなく、懐かしい香りだと思った。

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