第5話 暴君

「骨!!早く!1階1階!!」

「わぁーーーってるって!!」


転がり込んだエレベーター内。不思議とよどみとよばれていた女性と主任なる男からの追撃はない。この時ばかりはあまりに遅く感じるエレベーターの扉が閉まるより早く、稔侍は1階のボタンを連打する。しかし。


ガコォン---


「は?え?」

「ちょ、骨、下!下向かってる!」

「やばい!遠隔かなんかで操作されてる!」


エレベーターはゆっくりとB3地点を過ぎた。


「これ、あれだちーちゃん。開いた瞬間にめっちゃ撃たれるパターン」

「あーね。はいはい。あーね。あー…はい。お疲れ様でした。」

「おいおいまだ諦めんなって…なるべく両端によって、開いた瞬間にダッシュ!するしかない」

「………帰りたい」


入口側から見て左右の壁にピッタリと身体を寄せ、事態に備える。

そしてエレベーターの回数表示はとうとうB4--最下層を示した。


チーン。


ゆっくりとドアが開き始める。


「よし!!ちーちゃん走-----」



ガツンッッッッッ!!!!!


エレベーターの扉が開いた瞬間、飛び込んできたのは鉛玉では無かった。

左右に寄り、今まさに走り出そうとする二人の間をのであった。


「ッ~~~!?!?」


「はズ……しタ…」


突っ込んできた人間はしかし、人間と呼んでいいのかわからない部分が多々あった。

まず右腕。おおよそ人間に付くには大きすぎて太すぎるうでは筋肉が膨れ上がり異形を成している。さらにその先端はまるで研ぎ澄まされたナイフのような鋭さの爪が3本。まるでケモノのように伸びているその爪は、稔侍と悠の間をすり抜けエレベーターに穴を開けるだけでは飽き足らず、その後のコンクリートまで深々と穿っている。白髪に隠れて片目しかみえない眼球は煌々と紅く光を放っていた。


「な、な…」

「バケモノ…」


自分たちの真横を通過した異形の爪を見て、もはや冷や汗すら止まる。


「ツぎは…に、ニがサン!!!!」

地響きのような声とともに、エレベーター後方に刺さったままの爪をそのまま大きく横薙ぎに振るう。


「やばい!伏せて骨!」

「ッ!」


間一髪、体制を低くし互いにエレベーターから転がりでる。


爪が穿たれたまま腕を振るわれたエレベーターは横に真っ二つになっていた。


バケモノがゆっくりこちらを見る。


目が、合う。


「どうすんの…これ。」


-

--


「コードネームbear、稼働順調です。」

「ふむ、そのまま経過を見ろ」

「わかりました」


コスタリカ産のコーヒーを飲みながら、地下4階の様子を主任は見ていた。


「ふむ…興味深い細胞だ。他にもこの細胞を有していた個体が居たはずだが…まぁいい。すぐに無力化できるだけの力を私は持っている」


-

--


「ウオオオオオオオ!!!」


爪を地面に突き立てたままバケモノが走り出す。


「!はっや!!」


ギャリギャリとコンクリートを削りながら一直線に稔侍に向かってくる。


「骨!!はやくかわして!」


しかし、稔侍は慌てるでもなく冷静に、中腰に構えてバケモノを正面から捉えていた。


「し、シねえええ!!」


下から上へ、肥大化した右腕が振り上げられる。

骨はそれを僅かに身体を左にずらしスレスレで交わす。回避の動作で腰をひねり、そのパワーは肩、肘、拳へと伝わり、腰の乗った正拳をバケモノの腹に叩き込む。


「え…すごい、骨って格闘技とかやってたのかな」


回避から攻撃まで鮮やかすぎる手際の稔侍をみて悠は間の抜けた顔をする。


「ぐ…ウ…がアアアア!!」

「骨!効いてないよ!」


肋骨に守られていない鳩尾を強かに打たれたはずだが、そんなこともお構い無しにバケモノは右手を振り下ろす。爪が風を切る音がする。


「--シッ!」


稔侍は短く息を吐き、バックステップ。バケモノの腕がコンクリートタイルを砕き破片と粉塵が舞う。稔侍はすかさず地面にめり込んだ腕を踏み台に跳躍。空中で顔面に強烈な蹴りをお見舞いする。わずかによろけるバケモノ。


「すっげぇ…骨の小さい身体でなんであんなパワーが…」

「身体が勝手に動いた…もう、銃の知識といいわけわかんね…」


ダメージを与えられたことでヘイトを稔侍に集めたバケモノがギラギラと光る赤い目で睨みつけてくる。右脚を大きく後ろに下げて、今にも突っ込んできそうだ。


「……あ」


何を思ったのか悠はバケモノの後ろへダッシュ。稔侍にしか意識の行っていない今、背後を取るのは簡単だった。


「う、う…ウオオオオオオ!」


そしてバケモノが必殺の一撃を稔侍に喰らわせようと走り出す。後ろに引いた右足を踏み込み、その足が完全に伸びきる………。その刹那、伸びきった右膝の裏を悠が上から踏みつけた。


「!?」


ガクンっ、と軸足を崩されその場に倒れるバケモノ。


「おぉ、思いつきでもやって見るもんだな…」

「いや、ちーちゃん普通そんなの思いつかないし実行しない」

「ともあれ、こんなまぐれ続きでしのぎ続けられるとは思わないよ。隙を見て逃げないと」

「あぁ…このフロアは駐車場になっているみたいだ。奥にベンツが停まってるの見た」

「どうにかそこまで行きたいけど…」

「あぁ、見逃しちゃくれそうに…いやまて、様子がおかしい」


字面に倒れたバケモノは何故かその場で頭を抱え何やら呻いている。


「…なんかいかにも実験で生まれましたみたいな風貌出し、完璧じゃないのかもね」

「ともあれ、今がチャンスだ。ちーちゃん、奥のベンツまで走り--」

「待…テ」


弱々しく呟いた怪物に驚きを隠せない二人。


「…意思みたいの、あんのか」

「ぼくはてっきり『オデ、オマエ、タベル』みたいなタイプのやつかと」

「いやちーちゃんなんのモノマネよそれ…」


いまいち緊張感のない2人など露知らず、バケモノは再び口を開く。


「み、ミナと区まで、逃げロ…」

「港区…?」

「そこデ…生物教師ニ…会エ…」

「生物教師…おい、それは一体誰なんだ」

「オマエなら…取りモどせる…いケ…兄弟…!!」

「な---」

「骨!今この時間を逃すわけにはいかない!早く!」

「ま、待ってくれ、お前は一体…!」

「いいかラ…いけ!…走レ!」


バケモノは笑っていたような気がした。


-

--


「澱くん、Aクラス職員に熊の駆除を頼んでくれ」

「かしこまりました。処分…でよろしいのですね?」

「構わん。ガキ2人殺せん熊など、置物にもならん」

「わかりました。通達します。」

「それと--」


「Bクラス職員40名で港区にいる生物教師を排除に向かわせろ。ふん、バケモノも最後には役に立ったな」


空になったコーヒーカップを弄ぶ主任に澱は声をかける。


「お代わりのコーヒーはご用意致しますか?それか、紅茶などはいかがでしょう」

「いや」


紅茶、と聞き顔をしかめる主任。


「紅茶は好まないんだ。特に、はね。」

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