第2話 頭痛

月島を殴り飛ばした彼のことが、気になってしょうがなかった。どこかで会った気がするような、しないような。深く考えると何故か頭痛がする。ふと、今朝見た夢を思い出した。

「3組の彼に似てた人がいたような…昔あったことあったっけかな……」

夢の事を思い出そうとしても同様に頭に鈍痛が響く。寮に帰ってから言い表しようのないもやもやが頭を支配する。時刻は午後1:12分。気晴らしにコンビニへ行こうと、夜の街へ繰り出した。


寝静まった夜の住宅街をあるく。どこの家も明かりはついておらず、まるで世界に自分ひとりしかいないのかと思えるほど静かだった。数100メートル先にコンビニの光がみえる。ほっと息をつき、歩く速度を早めた。その時。


---ニチャリ。


左手側の細い路地から、なにか聞こえたような気がした。ガムを噛んだような、ぬかるんだ地面を踏んだような、そんな音だった。

路地の先はどこまでも長く、永遠の暗闇のようだった。耳をすまし、目を凝らしても何も聞こえないし見えなかった。

気のせいだと、目的地に向けて改めて歩き出そうとした時、別の語感が何かを捉えた。それは、鉄の匂い。

夜風に乗って路地から漂う鉄臭さは、心を恐怖で支配した。なにかが、この路地の向こうにある。そのナニカかがなんなのか。知りたくもない。今度こそ足早に去ろうとした足は再度止まった。強烈な頭痛。昼間とは比べ物にならない頭痛に、その場にうずくまる。冷や汗が首筋を何滴も伝った。

「(いってぇ………なんなんだよまったく…)」

ガンガンと頭に響く頭痛は、やがて人の声にも聞こえた。

「(やばいやばいなんか幻聴まで聞こえてきた………なんだ、死ぬのか、うぅ…)」

--


激しい痛みと頭痛の中で、しかし確かな声を聞いた。


---まだ終わってない。


と。


突如、コンビニへ続く道の向こうからけたたましいエンジン音が響いてきた。夜道でもわかる巨大な車。かなりの速度でこちらへ向かって来た車はこちらへ気づくも乱雑に急停車。日本とは逆の左側から顔を出したその男はこちらへ向かって叫んだ。

「こんなとこでなにしてる!早く乗れ!」

「え、?まって急に誰…」

言い終わらないうちに別のエンジン音が聞こえてくる。

「いいから!乗れ!死ぬぞ!」

「は、え死ぬ?」

いまいち状況が飲み込めないまま彼のアメ車に乗り込む。瞬間、サイドミラーが砕け散った。

「……ちっ、なんなんだよあいつらは…」

毒づきながら急発進。狭い路地を爆走する。

「え、あの状況が読めないですけど…あ、月島殴った3組の」

「あぁ!?お前あん時のやつかよ!」

言いながらハンドルを大きく右に切る。

「え、なになになんで免許もってんの」

「そこかよ!それよりもっとつっこむところあるだろ!」

そんな会話を遮るように大きな石でもぶつけられたかのような衝撃が車内を走る。

「え、何追われてんの?」

「見てわかれ!あのままあそこにいたらお前も死んでたぞ多分。…やつら銃まで持ってやがる」

「え、え、銃!?まじ!」

「あぁ、多分、アレ見たやつ始末すんだろ」

「あれって?」

「路地に転がってただろ。見てないのか?死体。…うちの制服着てた」

「え…あ、は?」

全くもって理解の外にある展開に頭脳がついて行かない。あの路地の先には人が死んでて、それを見た人間を殺そうとしている奴がいるなどと、到底信じられなかった。

「えぇ…なに、どうなってんの…コンビニ行こうとしただけなのに…」

「ったく、聞きたいのはこっちだっつーの。まいたか?」

気づけば後ろから追いかけてくる車の姿は見えなくなっていた。しかし…

「!?」

急ブレーキを踏み、十字路に差し掛かる手前で急停車。強い慣性でシートベルトが身体に食い込む。

「え、なに」

「頭下げろ!!」

パスパスパスと子気味良い連射音のあと、アメ車のウィンドウが一斉に砕け散る。

どうやら待ち伏せされていたようだ。

「くっ…そが!」

頭を下げながらバックで急発進。どうにか銃弾の雨から逃げ出す。

少し開けた道で方向転換し、さらに加速を続ける。

「っはぁーーー死ぬかと思った」

「ほんとだよ…なんでこんな目に…帰りたい」

「とにかく、まずはあいつらを振り切らないと」

おそろしい経験を思い出したがら、ひとつ気づいたことを何気なく口にした。

「ねぇ、あいつら持ってたのM10にサプ付けたやつだよね」

「あぁ。それに人数は運転手含めて4人。身を乗り出してこっちを撃ってきたやつはたぶんグロックももってる」

「…………?」

「は?」

炉端に停車。二人で顔を見合わせる。

「え、なんで知ってんだろぼく…」

「いや、こっちのセリフ…てかなんだ、なんか自然に言葉が出てきたけど銃とか全然知らねぇよ俺」

「そんな銃に詳しい高校生がほいほいいるわけないでしょ」

お互い顔を見合わせながら、互いの疑問を言葉にする。知るはずのない知識が、何故かある。しかも無意識で会話まで成立していた。

疑問符だらけの沈黙を破ったのは運転手の方だった。

「まぁ、わかんないことは置いておこう。ところで、名前は?同じ学年だったよな」

「あ、うん、矢口 悠。苗字でも名前でもいいよ。そっちは?」

「おれは…佐世保させほ 稔侍ねんじ

「え、なんか呼びにくいなぁ。あだ名とかないの?」

「…あんま好きじゃねぇけどな。おれ痩せてるのと、あと苗字の最後と名前の最初文字って呼ばれてる」

「苗字の最後と名前の最初…あと痩せてる…あ、たしかに見た目ガリガリだもんね」

「うるせー。おまえこそ女みたいな見た目しやがって、矢口ちゃん略してちーちゃんで決定な」

「なにそれ!なんか不名誉!……まぁいいや。とりあえずよろしくね--骨」


2人とも、初めて読んだ気がしなかったのは何故だろうか。

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