Tea cap break
啄木鳥
第1話 新学期
iPhoneがアラームを鳴らすより先に飛び起きた。まだ春先だというのにシャツはベッタリと汗で背中に張り付いている。少し痛む頭を抑え、枕元にある眼鏡を手探りで掴みながら昨日見た夢を思い出していた。
それは長い長い夢で、内容はもう思い出せないでいたが、どこか懐かしくそれでいて、切ない夢だった。
「なんか、すごい、リアルな夢だった気がする…」
頭をかきながら上体を起こし、あと2分で設定通りに鳴り始めるiPhoneのアラームを切る。時刻は6:58分。
汗をシャワーで洗い流し、簡単な朝食を済ませる頃にはすっかり夢のことなどは忘れてしまっていた。それよりも今日から新学期。忘れ物をしないようにと入念に準備を進める。
「授業はないから教科書はいらない…あ、あと学生証持ったっけ」
あまり綺麗ではない机から、春休みの間1度も家を出ることのなかった学生証を手帳に挟み、早めに家を出た。
「あぁっと、鍵閉め忘れた」
長い長い春休みだった。なんでも、通っていた高校が新設される大きな総合大学と合併することになり、11月から工事のため休校になっていた。名前の後ろに附属高等学校と付くことになった通いなれた学校は、大学の建設と合わせ色々な設備が一新されるらしい。
また、長い休校期間で世間と大きく学力が離されてしまう在学生達は、その大学への入学権を与えることで解決したらしい。
約半年ぶりの登校に若干ながら心が踊る。
振り返ればダラダラと過ごした長い休みの記憶はあまり無い。全寮制の学校だったので友人と長い間顔を合わせなかった訳では無いし、なにより食事や共用施設が豪華なこの寮からわざわざ外出しようとも思わなかったからだろう。
そんな寮から歩いて五分、校門から見慣れた校舎は2倍以上大きく見えた。
実際には校舎ではなく拡張された敷地内に立つ大学の存在感のせいだろう。進級してきた新大学生と高校の生徒で校門は混雑していた。
人の波をかき分け、どうにか玄関までたどり着く。そこには進級にあたってクラス替えの名簿が張り出されていた。
「8クラスもあったら名前見つけらんないよ…えーと…」
「お、悠じゃん!おひさー。お前何組?」
気さくに話しかけてきたつんつん頭の青年に一瞬たじろぐ。
「あ、えー…あ、月島か。おはよー。今探してるとこだよ」
「おいおい人の顔見てそんなに考え込まないでくれよ!流石にへこむわ。」
「あはは、ごめんごめん、あ、あった」
視線の先、1組の下の方に名前があった。
「悠は1組かーあちゃー離れちった。俺は3組だから、たまに遊びに行くぜ!」
「…宿題は見せないからね」
「げっ」
つんつん頭と別れ、下駄箱へ向かう。早速、蓋と鍵が新たについたことに感動を覚えながら、2年の教室のある一つ上の階へ上る。
教室に入ると、少し早く来たにも関わらずクラス内は賑わっていた。皆一様に、新しくなった設備のことや、広くなった校庭、そして新設された大学についてはなしている。
「ねぇねぇ、食堂のメニューもかわったって!」
「もともとデカイ高校だったのにさらに広くなったよなー迷子になりそうだわ」
「大学の学長って、凄腕の脳の、なんか勉強やってた人らしいぜ。進学確定してるとか俺らの代ラッキー」
思い思いにおしゃべりする彼らの間を縫って、自分の座席を確認する。幸いにも、窓際後方二列目。もともと交友関係が広くなかったので、新クラスに顔見知りは居ないようだ。すごすごと自分の席につき、適当に携帯をいじる。
ほどなくして入室してきた新しい担任の説明を聞き流していると、
「よし、それじゃあ自己紹介をしてもらおうかな」
地獄のイベントが始まった。
思い思いに自己紹介が時に笑いを取りながら、ときにスベリながらついに順番が来た。
「よし、じゃあ次の、君、よろしく」
「あ、え、とはい」
もともと人と話すのが得意じゃないので、大勢の前だと余計に緊張する。
「あの、矢口 悠です。宜しくお願いします」
なんの捻りもない自己紹介に、まばらな拍手がこだました。
緊張の一瞬を終え、始業式が終わり昼前に解散となった。
特による所もないのでそそくさと帰ろうとしたところ、なにやら廊下が騒がしいことに気づいた。廊下にでると、3組の方に人集りができていた。
「(あっちって、たしか月島の…)」
なんとなく気になって覗いてみると、まさにつんつん頭が廊下に吹っ飛ばされてきた所だった。女子の悲鳴が聞こえる。
「ってぇな!てめぇなにしやがんだよ!」
「うるせー。先にチビって言ってきたのはそっちだろうがよ。」
「いや、だからって殴ることないだろ!」
倒れ込んでた月島と目が合う。
「あ、悠!お前もこいつになんかいってやってくれよ!」
「なんだ、お前もなんか用かよ」
ギロりと月島を殴り飛ばした彼がこちらを見る。
確かに、あまり背丈は大きくないし、かなりの痩せ型の彼だったが、シャツの袖から伸びる腕は無駄のない筋肉をつけていたし、その眼光はあまりに鋭すぎた。しかし。
「…!?…ちっ、帰る。どけ。」
悠の顔を見た彼は一瞬顔をしかめ、ズカズカと人並みをかき分け帰ってしまった。
「ってぇー…なんなんだよあいつ、ちょっとからかっただけなのによ…」
「うーん初対面でいきなりからかう月島も悪いと思うけど、暴力はよくないなぁ」
「あっ、悠なにサラッとあいつの味方してんだよ!」
倒れた月島に手を貸しながら、彼のことを思い出していた。話したこともない生徒だったが----あの眼光に見覚えがあった気がした。
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