―4月25日2005年
「おじさんは、お子さんいらっしゃるんですか?」
頃合だと思い、ゆずは家族の話を切り出した。この雨がいつまで続くか解らない。雨が止んだらこの茶番は終わってしまうのだ。
誠一はしばらく考えた後に、
「子供が居るように見えるか?」
「ええ。年齢的にいてもおかしくないかなって。どうなんですか?」
「娘が一人。まだ中学生だがな」
「へえ、中学生かぁ。若いなあ」
ゆずはそう感嘆の声を挙げた。我ながら、白々しいと思いながら。
誠一の家族構成は、すでに李から聞いている。娘が一人のみ。妻は居ない事も調査済みだ。
「君のところはどうなんだ? ご両親と同居しているのか?」
きた。とゆずは思った。
「あたし、一人なんです」
ゆずは明るい口調でそう言った。口元には笑みを称えている。
「一人? ご両親はどうしたんだ?」
「どっちも死んじゃったんです」
「……そうか。それはすまない事を聞いてしまったな」
誠一にそう言われ、ゆずは大きくかぶりを振った。
「あ、別にいいですよ。もう、過去の事ですし。……お母さんはあたしが物心つく前に亡くなったんです。だからよくわからないし。お父さんはあんまり会話の無い人でしたから」
そこでゆずは言葉を区切り、再び笑顔を作った。
「……一年前の今日、殺されちゃったんですけどね」
「…………」
誠一はしばらく考えるように黙り込んだ。無言で、記憶を辿るように、遠くを見つめていた。
「……もしかして。違うかもしれないが、お父さんは桜井秋彦さんでは?」
「え? なんで知ってるんですか?」
「大きなニュースだったじゃないか。今日も一周忌がニュースで流れていた」
そうだったのか。ゆずは今日一日テレビを見ていないから解らなかったが、そのような事を放送していたのか。
「へー、不思議ですね。あたしのお父さんの事を知っているなんて」
ゆずは大仰に感情を表現しながら、心の中でもわずかに驚いていた。
そのようなスタンスで来るとは思わなかった。
その事は自分から切り出すつもりであった。あたしのお父さんのこと、知っていますか? と。
シラを切るような事はないとは確信していたが、自ら話を出すとは思わなかった。
「当時はかなりテレビでやっていたからな。そう言えば一人娘のインタビューもやっていたような気がするが、それが君か。そう考えると確かに不思議だな」
男は短くそう言うと、表情を落として黙ってしまった。
デリケートな話だし、余り触れないでおこうというスタンスなのだろうか。ゆずは苦笑した。
あなたが殺したくせに。
「あの……事件を知っているんなら話が早いんですが。お父さんはなんで殺されたと思います? テレビでは被害者みたいな感じで言われていますが」
ゆずは控えめにそう聞いた。
事件当初は解らなかった犯人の動機だったが、現在は大まかな所は解ってきている。河合圭介が行っていた麻薬の密輸の犠牲者ではないかと。
しかし、本当の部分は解っていない。犯人が依然特定できないからだ。あくまでそれはテレビ局が打ち出した推測に過ぎなかった。
横目で誠一を見ると、彼は一瞬鋭い目をゆずに向けたが、すぐに元に戻ると、しばらく考え込むような仕草をした。
「そうだな。私はテレビで見た事ぐらいしか知らないから正確では無いかと思うが……」
誠一はそう前置きをした。
ゆずの鼓動が次第に早くなってくる。
言葉を溜める誠一に、ゆずは心の中で急かした。早く言ってくれ。もう、これ以上平静で居られそうにない。ゆずは表に出さずにそう思っていた。
たっぷりと言葉を溜めて、誠一はゆっくりと口を開いた。
「……運が悪かったんじゃないかな」
「……運? 交通事故みたいなものなの?」
ゆずは眉をひそめてそう聞いた。
「いや、そういうことでは無い。全て意味があり、必然であったと思われる。その中で、君のお父さんは運が悪くてその必然に巻きこまれた犠牲者なんじゃないかな」
「……よくわかんない」
「私も当事者じゃないから、これ以上は解らないさ」
そう言うと、誠一は静かに空を見た。
ゆずもまた、それに合わせるように沈黙した。
雨の音がうるさく感じた。
お父さんの話をしている時、ちゃんと笑顔を作れていたかな。ゆずはそんな事を考えていた。
・ ・ ・
やっと聞く事が出来た言葉なのに。
あたしの心は晴れなかった。
結局お父さんは悪い事をしたから殺されたの?
その答えは結局聞く事が出来なかった。
でも、なんとなく解った事は、あった。
この人も苦しんでるんじゃないかな。
なんとなくだけど、そんな気がした。
でも。
殺した事実は変わらないんだ。
そう。殺されたんだ。
確証はないけど。
多分、この人に。
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