―12月4日2004年
少しずつ、誠一を殺す計画が、李とゆずの間で進められた。
狙撃ポイントを決め、どのように呼びだすかも概ね決まった。後は実行に移すのみというところまで、計画は進んだ。
その日、ゆずは計画の決行日を決めるためにと呼びだされたのであった。いつものように李の居るマンションに足を運ぶ。
「ああ。お前か」
李は苛立っていた。ゆずを部屋に招きいれた李は、眉間に皺をよせていた。
「……なにかあったの?」
ゆずが心配そうにそう聞くと、李は乱暴に髪を掻きながら、
「何でもない。黙っててもらえないか?」
そう声を荒げて言い、すぐに正気に戻ったようであった。
「……すまない。武器の入手が手間取っていてな」
李はバツの悪い顔で軽く頭を下げていた。
「いえ。ソゲキ銃、まだ手に入らないんですか?」
「……ああ。あの日本人が手際が悪くてな」
そう言って彼は何かを思い出した用で、再び眉間に皺をよせていた。
狙撃銃の入手。それが二人の計画の中で一番ネックになっている部分であった。高性能の狙撃銃が今回の計画には必要不可欠であり、それが入手出来ない事には計画が進められないのである。
李曰く、今回の計画を援助してくれている日本人が仲介役となり、ロシアから密輸することで話がついており、昨日の取引で手に入るとの事であったのだが、うまくいかなかったようだ。
「すまないな。だからまだ決行日が立てられない。せっかく来てもらったのだが」
「あ、いいですよ。仕方ないですから……あ、ありがとうございます」
ゆずは缶コーヒーを差しだされ、礼をした。いつもと同じコーヒーである。彼女がこの部屋に来ると、必ず李はその缶コーヒーを出す。ゆずは今まで気付かなかったが、今初めてそれに気付いた。ゆずは少しおかしくなって小さく笑った。
「……なにがおかしい?」
「いえ、なんでもないです。これ、いただきます」
ゆずは再び礼をして、缶コーヒーの栓を開けた。ソファに腰を掛け、コーヒーを一口飲んだ。
李もまた、テーブルを挟み立ったままコーヒーを飲む。その距離感も、いつも変わらなかった。
「ねえ」
ゆずはふと思う事があり、口を開いた。
「なんで李さんの仲間は殺されたんですか?」
ゆずがそう聞くと、李はわずかに表情に陰りを見せた。
「あ、すみません。……言いたくなければ言わなくて結構ですから」
「いや、大丈夫だ。……私と仲間は日本に来てからずっと、仕事が無い状態だったんだ。大陸から持ってきた金もわずかばかりで、その日食べるものに困っていたんだ」
李は当時を思いだしているのだろう。歯をくいしばっていた。
「その時、川崎組という暴力団が私達を助けてくれた。食べるものと住まいを与えてくれたんだ。代わりに、パチンコ屋に裏ロムを仕込む仕事をやらされたが」
李の言葉をゆずは無言で聞いていた。「裏ロム」という物が何かを知らなかったが、口を挟むことはなかった。
「仕事は大変だったが順調だった。私達は頑張って仕事をこなした。だが、川崎組と敵対している富沢組の目に止まってしまった。仕事中に佐藤がやってきて、全てを終わらせたんだ」
全てを終わらせた。李はそう表現した。その時なにが起こったのか、ゆずは聞かずとも理解する事が出来た。彼の、悲痛の表情から。
「……湿っぽい話になってしまったな。話を変えよう。お前は銃を扱ったことはあるか?」
彼はコーヒーを一気に飲み干し、そう言ってきた.その時には、普段の李に戻っていた。
「……あるわけないじゃない。あたしは一応普通の大学生よ?」
李はその言葉に、「そうか」と短く返事をし、部屋の隅に置いてあった茶色の紙袋をゆずに手渡した。
「なに? これ」
「いいから開けな」
ゆずはよく判らないままに紙袋の口を開けた。中には油紙になにかが包まれている。取り出して油紙を剥がしてゆく。
油紙の中には小型の自動拳銃と弾薬が抜き身で十数発入っていた。真っ黒なその銃はゆずの手にちょうど収まるくらいの大きさである。小さい割にゆずの手には重く感じた。
「……なにこれ?」
「見ての通り、だ。後で使い方を教える。念のため持っておけ」
「……いらないわよ、こんな物。物騒だし」
ゆずは元の通り紙袋に戻し、李に拳銃を突き返した。
「いいから持っていな。コレは反動が少ないからお前でも扱える」
そう言って李は再び紙袋を差し出すが、ゆずはそれを受け取らなかった。
「あたしには必要ないから。それに、ウチは警察の人が来るし」
「……そうか。解った」
李は小さく舌打ちをして、紙袋をソファの上に放り投げた。
彼は一瞬哀しそうな顔をしているような気がしたが、ゆずは気付かないフリをした。
・ ・ ・
もしかしたら。
その時はこう考えていたんだ。
もしかしたら、李さんはそんなに悪い人じゃないんじゃないかって。
佐藤誠一を殺すって言ってる李さんは別人で。
もう一人、笑顔が似あう李さんも居るんじゃないかって。
お父さんを殺したがっているもう一人のあたしが居るみたいに。
でも。
解らない。確かめる方法がない。
李さんは、あたしのポケットの中にいるから。
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