―4月25日2005年

 全く茶番だな。ゆずはそう思いながらも誠一との会話を笑顔で交わしていた。

「へぇ、すごいですねえ」

 ゆずは誠一の発言を大仰に驚いた顔をした。

 なんの話を誠一がしたかは、ゆずは解らない。全ての言葉がゆずの脳まで届いていなかった。

 バカみたい。なんであたしはこんな茶番に付き合っているんだろう? ゆずはそう心の中で思いながらも、表面上は笑顔を称えていた。

 左ポケットの中に意識を集中させる。強化プラスティックの感触が、ゆずの心を落ちつかせた。

 落ちつけ。まだ相手が何を考えているのか解らない。今はまだ様子を見る必要がある。左手に力を込めながら、ゆずはそう思って誠一の言葉に当たり障りの無い会話を交わしていた。

「……その左手に握っているのはなんだ?」

 不意に誠一がそう言ってきて、ゆずは急に現実に引き戻された。見ると誠一が眉をひそめてゆずのポケットに入れられた左手を見ていた。

「…………」

 ゆずは一瞬間を置き、破裂しそうなほど昂ぶる鼓動を落ちつかせた。動揺が表に出そうになるのを耐えてにっこりと微笑み、ポケットから左手を取りだした。

「もう濡れちゃって使いものにならないんですが、なんか掴んでいると落ちつくんですよ」

 そう言って取りだしたのは雨で湿ったハンカチだった。彼女はそのハンカチを握り、ポケットの中で行っていた事を再現させた。

「ああ。そうだったか。すまんな。ちょっと気になったもので」

「いえ、大丈夫ですよ」

 ゆずは笑顔のままそう言って、ハンカチをポケットの中にしまった。そして、ハンカチから手を離し、再び強化プラスティックの物を握った。

 それから、しばらく沈黙が続いた。


          ・   ・   ・


 はやく聞かなきゃ。聞かなきゃ。

 あたしの心の中には、ずっとそう急き立てるもう一人の自分がいた。

 あたしはそんな自分をなだめて、佐藤誠一との会話を進めていった。

 会話は主にプライベートの話。どんな映画が面白くて、どんな場所に買い物に行くか。そんなどうでもいい事をお互い話していた。

 家族の話は、まだ出てこなかった。その話をするにはまだ早いって、暗黙の了解があるみたいで。

 あたしはどうでもいい事を佐藤誠一に聞いていた。

 本当に聞かなきゃいけない事があるってもう一人の自分が言っているけど。

 早く聞かなきゃ。

 あなたがあたしのお父さんを殺したんですか?

 って。

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