―4月25日2005年

 雨は容赦なく雨避けを叩いている。ゆず達の頭上で、うるさい音を立てていた。

 一向に止む気配は見られない。二人は降り続ける空を無言で眺めていた。

 ゆずは外見上は誠一にならって静かに空を眺めているが、その心の中は大きく揺れていた。

 果たして自分の事を気付いているのだろうか。それが先ほどからゆずが悩んでいる事であった。

 誠一が自分の顔を知らないわけがない。それなのに、何も表に出さない事が、ゆずには理解できなかった。

 もしかして、自分に気付いていないのかな。まさかこんなところで「桜井ゆず」と会うわけはないという先入観があるのだろうか。それともこんな小娘の顔など興味がないという事であろうか。

 それとも、わざと知らないフリしているという事なのだろうか。

「すごい雨だな」

 そんな事を頭の中で回転させていると、不意に誠一が話し掛けてきた。急な言葉に、ゆずは驚きでわずかに身体が跳ねた。

「ああ。すまない。驚かせてしまったようだな」

「いえ……そうですね。今日は晴れるって予報でしたのに」

 ゆずは気を取りなおして誠一の言葉に調子を合わせた。まだ相手が何を考えているのか解らない。今はまだおとなしくしていた方がいいな。ゆずはそう考えていた。

「今日はどこに行く予定だったんだ?」

「トモダチの家に行く途中だったんですよ」

 ゆずは誠一の質問を無難に答えてゆく。どっちなんだろう。気付いているのかどうなのか。そんな事を考えながら。

「そうか。このままここにいて風邪引くと悪いし、タクシーでも呼ぼうか?」

 誠一はそう言って彼の隣にある公衆電話に手を掛けようとした。

「いえ、大丈夫ですよ? 止むまで待ちますから」

「そうか。まあ、具合悪くなったら言うんだぞ?」

「ありがとう……」

 ゆずが感謝の言葉を述べようと誠一の方を向くと、彼も心配そうにゆずに視線を向けていて、一瞬だけ目が合った。

 その瞬間、ゆずの言葉が止まった。

「……どうした?」

「いえ、なんでもないです」

 ゆずは顔を伏せ、身体の向きを正面に直した。

「…………」

 そして彼女は顔を固めて空を眺めた。

 誠一も同じように視線を空に戻したようであった。気配で解った。

 ゆずは空を見ながら、わずかに眉をひそめた。

 どうも、彼は自分が「桜井ゆず」だと気付いているような気がする。

 誠一の瞳を見て、ゆずはなんとなくそう思った。


          ・   ・   ・


 あたしの事に気付いているのかな。

 なんとなく、この人の目を見てそう思った。

 でも、気付いているんならそう言えばいいのに。

 何を考えているんだろう?

 解らないけど、あたしは話を合わせてみようと思った。

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