―9月8日2004年
辺りは日付が変わる時刻だというのに、激しい喧騒に包まれている。
ナイトクラブ「ジャスティス」では、それが日常であった。電飾が光り輝き、クラブミュージックが大音量で流れている。メインホールでは音楽のリズムに乗りながら自己流に踊る若者で溢れ返っている。
今日は特別なイベントというわけではない。日常の延長であるにもかかわらず、店内は混沌としていた。
ここは毎日こんななのか。店の二階にあるバーでカクテルを飲みながら、ゆずはそんな事を考えていた。
今日、ジャスティスには由香に連れてこられた。秋彦が殺害されてから余り外出しないようになった彼女を見かねた由香が、半ば強引に連れてきたのである。
そこはゆずがまだ高校性で、夜遊びを興じていた頃によく出入りをしていた店であった。とはいえそれから改装をしたらしく、ゆずの視線の先にあるメインホールは、彼女の記憶のそれとは大きく違っているのであるが。
それでも懐かしくて、ゆずはしばらくメインホールで彼らに混じって踊っていた。しかしすぐに息を切らし、由香を残してこのバーに来たのである。
恐らく今も由香はメインホールで騒いでいるのであろう。同じ歳なのにこの元気の差はなんなんだろう。ゆずは不思議だった。
下の喧騒に比べると、ゆずのいるバーはとても落ちついている。洩れ聞こえるクラブミュージックをBGMに、テーブル席で数組がグラスを傾けているのみであった。
ゆずはカウンターの一番端にいた。下のメインホールが見下ろせるその場所は、当時のゆずの特等席であった。改装されていても、その席の位置は変わっていなかった。
ゆずがカクテルグラスを傾けながら人の海から由香を探そうとしていると、隣の席に座る気配があった。振り返ると、そこにはサングラスを掛けた男が座っていた。頬がこけた男である。黒の半袖シャツを着た彼の上半身は、とても骨ばった体型をしている。
男はバーテンにウイスキーを注文し、差しだされたグラスを口に含んでいた。
こんなに空いているのになんで隣に座るんだろう。ふとゆずがそんな事を考えていると、
「お前が桜井ゆずか?」
男は視線を前に置いたまま、そう言ってきた。イントネーションがわずかに異なっている。恐らく日本人ではないだろう。
ゆずは急に名前を呼ばれ、いぶかしそうに男を見た。
「私は李張連だ。私は、お前を探していた」
「……なんの用ですか?」
ゆずは警戒した声色で、李と名乗る男を見た。ゆずには心当たりがなかった。李という男に探されるような事をした記憶はない。ゆずは不信の目を李に向けた。
李はそんなゆずの視線を意に介さずに続けた。
「お前の父親を殺した犯人を知っている」
その言葉に、ゆずは大きく身体を揺らせた。慌てて李を見ると、彼は楽しそうに笑っていた。
「……何を急に言うんですか? ……警察呼びますよ?」
「まあ落ちつけ。私はお前の味方だ」
「味方?」
ゆずが反芻すると、李は「ああ」と短く返事をした。
「まあ、信じる信じないは、お前の自由だけどな。とにかく、私は桜井秋彦を殺した犯人を知っていると言っている。それは確かだ」
李はそう言うと立ち上がった。
「気が向いたらまたここに来な。ただ、カクゴはしておけ」
「覚悟?」
「ああ。真実を知るにはそれなりのリスクが伴うものだ」
李は口元で笑顔を作って、その場を後にした。
何だったんだろう? ゆずが呆然と李が去った後の入り口のドアを見ていた。するとそのドアは勢いよく開かれ、由香が入ってきた。
「はー楽しかった。ゆっちももっと踊ればいいのに……どうしたの?」
由香は呆然としているゆずに首を傾げて近づいてきた。
「なんかあったの?」
「……ううん。なんでもない。久しぶりに気分転換できた。ありがとね」
ゆずがそう言うと、由香は満面の笑みでそれに応えた。
・ ・ ・
結局、由香にはこのことを言わなかったんだ。
バカみたい、って思ったから。
いまさらお父さんが殺された理由? バッカみたい。
そう思ったから、由香に言わなかったんだ。
でも。
だんだん気になっていったんだ。
あの人の言葉が。
知りたいけど知りたくなくて。
そんなゆらゆら揺れる自分の心がすごく嫌で。
だから一週間後、李さんに会いに行ったんだ。
それが良かったのかは解らない。
多分行かなかったら別の人生が待っていたかもしれない。
でも、そんな人生に意味があるの?
見たくないから目を閉じて。
聞きたくないから耳を塞いで。
言いたくないから口を閉じて。
そんな人生は、あたしは嫌。
だからあたしは。
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