閑話 誠一

―1月12日2005年

 高村は昼過ぎの時間帯に、誠一の家に訪れた。彼の来訪は、一ヶ月半ぶりの事であった。

「あ、すまないねえ」

 誠一に紅茶を出された高村は、笑顔でそれを受けた。

 彼は優雅に紅茶の香りを楽しんでいる。そんな高村を、誠一は眉をひそめて見ていた。

「どうでもいいけど、こんな所で油を売っていて、いいのか?」

「なんのことだい?」

 笑顔のままとぼける高村に、誠一はテレビの電源を入れた。

 テレビでは午後のワイドショーが流れていた。

 テレビ画面に河合圭介がパトカーに乗り込むシーンが映されている。右下のテロップには「青年実業家、麻薬密売で逮捕」と表示されている。

 高村はその映像を見て、「ああ。そのこと」と軽く笑っていた。

「朝からこの話題で持ちきりだぞ。俺はてっきり今日は来ないかと思ったのだが」

 朝のニュースは加奈子と一緒に見ていた。加奈子は一年前にワイドショーで放送されていた青年実業家の私生活の特集を覚えており、「あ、あの時の人だ」とテレビを指さしながら驚いていた。

 ワールドプレイスの麻薬密売が露見され、現社長の河合が昨夜未明に逮捕されたのだ。警察は彼個人だけではなく、会社全体で密売に関与していたのではないかと、販売ルートも含めて捜査を行っていると報道していた。

 当然ワールドプレイスから麻薬を購入していた富沢組にも矛先が向くはずである。誠一は、目の前で面白そうにテレビ画面を眺めている高村を見た。

「俺がこうして平然としているのがおかしいかい?」

 誠一が疑問の目を向けていると、高村は口元を吊り上げて誠一の方を向いた。

「ああ。たまにはお前が慌てる所を見てみたいところだ」

「この件に関しては無理だな。だって、これは俺が仕組んだんだから」

「……なんだと?」

「言葉の通りだ。俺がサツにタレこんだ」

 その言葉に、誠一は黙ったまま高村を見つめた。

「……そんなに怖い目で見るなよ。ちゃんとこっち側の証拠は全部消した。例えヤツがウチとの関係を自供しても問題ないし、出所した後の事を考えればヤツがウチのことを吐くとは思えない。問題は全くないよ」

 そう言って、高村は笑顔を向けていた。

 誠一は眉を寄せながらテレビの電源を切る。辺りに一瞬静寂が広がった。

「……わざわざ告発する必要があったのか?」

「ああ。最近河合はいい気になって派手にやるようになってきたんだ。ここで手を打たないと、ウチにまでとばっちりが来ることになる」

 高村はそう言って懐から封筒を取り出して誠一に差し出した。中には札束が入っている。

「李の件の報酬だ。これでお互いの約束は果たせたな」

 高村から金を受け取った誠一は渋面の表情を浮かべた。

 誠一がその「仕事」を引き受けたのは、今から二ヶ月半前、十一月初旬の事であった。中国人がお前の命を狙ってるぞ。それが高村の第一声であった。

 李張連。昔誠一が「仕事」で殺めた中国人の仲間らしい。それ以来、誠一に殺意を抱いていたようであった。

 いずれ始末しないといけないな。高村と共にそう言っていたのだが、特にアクションがなかったので放っていた人物であった。恐らく金が無くて動けなかったのだろう。

 しかしそんな李が動き出したという情報が二人の元へと入ってきた。李はある日本人の援助を受け、誠一を殺害する計画を立てているということであった。

 その日本人が、河合圭介であったのである。河合がなぜ李を支援したのか、詳しい部分は解らない。恐らく桜井秋彦の殺害依頼を行った罪の意識を、実際に殺害した誠一に向けることで解消したかったのであろう。二人はその結論に達したが、お互い本当の依頼者は詮索しない約束になっているので、二人ともあえてその結論を口にすることはなかった。

 そして高村は李の殺害を誠一に依頼した。河合は俺が何とかする、その時高村はそう言っていた。

 結果誠一は李を殺め、高村は河合を告発した。

「……なぜそんな顔をするんだい?」

 厳しい表情を浮かべる誠一に、高村は首を傾げてそう訊いてきた。

「別に。ただ、やるんだったら河合一人でよかったのではないかな」

「ウチも組織を守らなければならない。そういうわけにはいかないよ」

 相変わらず笑顔を崩さない高村を、誠一は鋭い目で睨み付けた。

 朝のニュースでは、ある女性のマンションが映されていた。今回の事件の関係者の親族……正確には遺族ということでインタビューに来ていたらしい。

 恐らくその女性にもう日常は戻ってこないかもしれない。その映像を見て、誠一はそう考えたのだ。

「じゃあ、次の依頼をしたいんだけど、いいかな」

 誠一の鋭い眼光を意にも介さずに、高村は傍らのカバンから書類を取り出した。

 その書類を一瞥した誠一は、目を見開いた。

「おい……」

「解ってるだろ? こいつを始末しないと全てが終わらない」

 高村にそう言われ、誠一は大きく舌打ちをした。

「こんな事ならあの中国人をもっと早く始末すべきだったな」

「確かにな」

 高村は困ったように苦笑した。

 書類に書かれた人物は、先程誠一が危惧した女性であった。

 桜井ゆず。桜井誠一の娘である。

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