―4月25日2005年
さて、どのようなスタンスで話を進めようか。誠一はしばらくその事を考えた。
ゆずは父親が殺された理由を知りたがっている。
どのようにすればゆずの心を把握することが出来るか。
彼はしばらく考え、やがてなにかを思いついたように口を開いた。
「……もしかして。違うかもしれないが、お父さんは桜井秋彦さんでは?」
誠一がそう言うと、彼女はとても驚いたような顔をした。
その顔は、演技ではなく本当に驚いているようであった。
「え? なんで知ってるんですか?」
「大きなニュースだったじゃないか。今日も一周忌がニュースで流れていた」
誠一は平然と嘘を言ってのけた。そのようなニュースなど、誠一は見ていなかった。その言葉の真偽は解らない。
「へー、不思議ですね。あたしのお父さんの事を知っているなんて」
ゆずは大げさに驚くような仕草をしている。
そのあまりの白々しさに、誠一は表に出さずに苦笑した。
本当に、白々しい茶番である。だが、先程の当たり障りのない話とは違う。その証拠に、ゆずは笑顔を称えながらも、次第に緊張しているようである。
「あの……事件を知っているんなら話が早いんですが。お父さんはなんで殺されたと思います? テレビでは被害者みたいな感じで言われていますが」
ようやく来たか。誠一はゆっくりと瞳を閉じた。
一番彼女が訊きたいことで、それを訊くためにここに来たのだろう。
そんなゆずに、誠一は嘘をつくつもりはなかった。
本当に、誠一が胸の内で思っていることを伝えよう。誠一はそう考えて、口を開いた。
「……運が悪かったんじゃないかな」
「……運? 交通事故みたいなものなの?」
ゆずは眉をひそめてそう言っていた。
まあ、無理もないだろう。こんな回答、彼女は望んでいなかったであろうから。
「いや、そういうことでは無い。全て意味があり、必然であったと思われる。その中で、君のお父さんは運が悪くてその必然に巻きこまれた犠牲者なんじゃないかな」
「……よくわかんない」
「私も当事者じゃないから、これ以上は解らないさ」
そう言って、誠一は口を閉ざした。
運が悪かったんだ。
それが全てだと、誠一はゆっくりと考えた。
・ ・ ・
運が悪かったんだ。何処が悪かったというわけではない。
ただ、桜井秋彦と桜井ゆずは、運が悪かったのだ。
確かに最初の会社の倒産や冬子の自殺。きっかけはあったかもしれない。
ただ、そこに「悪」はなかったのだと思う。確かに麻薬の密売は法律に触れているかもしれないが、そこに「悪」はなかった。
それなのに、この親子の気持ちが通じ合わないのは。
やはり運が悪かったということであろう。
だが、それが解ったところでどうだというのだ。
私は殺しを生業にしているのであるから。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます