―4月25日2005年

「おじさんは、お子さんいらっしゃるんですか?」

 来たか。誠一は表情を変えずにそう思った。ゆずのその言葉は、新たな茶番の始まりを意味していた。

 どう返そうか。誠一はわずかに考えた後、

「子供が居るように見えるか?」

 肯定も否定もせずに、そう答えた。

「ええ。年齢的にいてもおかしくないかなって。どうなんですか?」

 ゆずは首を傾げて訊いてきた。

 知っているくせに。誠一はそう過ぎったが、表に出さずに正直に答えることにした。

「娘が一人。まだ中学生だがな」

「へえ、中学生かぁ。若いなあ」

 ゆずは感嘆の声を挙げていた。その言葉は、とても白々しく聞こえた。

 そろそろ、こちらからも話を切り出すか。

 彼女が一番訊きたがっている部分を。

「君のところはどうなんだ? ご両親と同居しているのか?」

 誠一がそう言うと、ゆずは口元で笑みを作った。

「あたし、一人なんです」

 彼女は明るい口調でそう言っていた。

「一人? ご両親はどうしたんだ?」

「どっちも死んじゃったんです」

 彼女は明るい調子を崩さない。相貌には笑顔を浮かべているが、誠一にはその笑顔は無理して作られているものに見えた。

「……そうか。それはすまない事を聞いてしまったな」

 誠一がそう言うと、ゆずは大げさに否定した。

「あ、別にいいですよ。もう、過去の事ですし。……お母さんはあたしが物心つく前に亡くなったんです。だからよくわからないし。お父さんはあんまり会話の無い人でしたから……一年前の今日、殺されちゃったんですけどね」

 そう言うゆずは満面の笑みを浮かべていた。

 とても崩れた笑みであったが。

 誠一は静かに口をつぐんだ。


          ・   ・   ・


 桜井ゆずがなぜ家族の話を切りだしたのか。

 私は何となくだが、その理由が解るような気がした。

 恐らく、桜井ゆずはこの後私にあることを訊くのであろう。

 そしてそれが、彼女がここにいる意義のほぼ全てなのだろう。

 桜井ゆずは私に訊きたいのだ。

 なぜ、桜井秋彦を殺したのかを。

 哀しいものだ。

 こんな事でしか、父親への愛情を表現出来ないなんて。

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