第二章 誠一
序
この「仕事」を始めてから、私は雨の日が好きになった。
雨は便利だ。余計な音を掻き消してくれる。
だから、私は雨が好きだ。
この「仕事」をする前に雨に対してどのような感想を抱いていたかは、もはや思いだせない。遠い昔のことだ。
今はただ、「雨は便利だから好きだ」としか思えない。「仕事」が日常化してしまった男の末路だな。職業病だ。
今日もこれから「仕事」をするために家を出た。入れ違いで帰ってきた加奈子に留守番を託して。
外に出て、しばらくして急に雨が降ってきた。今日の天気予報では降水確率ゼロパーセントであったために折りたたみ傘も携帯していなかった。
私は雨に濡れることを憂う気持ちはない。だが、「現場」に着く前から己の準備不足に気付くのは余り良い気分ではない。
この「仕事」にとって、準備不足ほど致命的なものはない。想定を大きく外れることがあっても、それに対応できるように準備をすることが大切なのだ。たかが折りたたみ傘。だが、その準備不足は後々の計画のどこに関わってくるのかわからない。
雨宿りが出来る場所を探しながら、私は本日の「仕事」を中止することを決意した。焦ってはいけない。完璧な「仕事」をするためには、わずかな心の流れにも気を向けなければならない。慎重になることは悪いことではない。
ちょうど、公衆電話のある雨避けを見つけた。シャッターが閉まっている煙草屋である。
ちょうど良い。あそこでしばらく休もう。
私はそう思ったのだ。
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