―4月25日2005年

 雨は一層強くなってきた。

 空を覆う雲は厚い。まだ、止む気配はないようであった。

 ゆずと男は並んで静かに雨が止むのを待っていた。辺りには人の通りは全くない。その空間にはゆずと男の二人のみであった。

 二人は次第に打ち解け合い、お互いの身の上話しをするようになった。

「おじさんは、お子さんいらっしゃるんですか?」

 ゆずがそう聞くと、男はわずかに眉をひそめた。

「子供が居るように見えるか?」

「ええ。年齢的にいてもおかしくないかなって。どうなんですか?」

「娘が一人。まだ中学生だがな」

「へえ、中学生かぁ。若いなあ」

 ゆずは笑顔で感嘆の声を挙げた。

「君のところはどうなんだ? ご両親と同居しているのか?」

 男にそう聞かれ、ゆずは一瞬表情を落としたが、すぐに明るい調子に戻した。

「あたし、一人なんです」

「一人? ご両親はどうしたんだ?」

 ゆずは言葉を止めた。少し言い辛そうにしていたが、やがて決心したように口を開く。

「どっちも死んじゃったんです」

 ゆずのその言葉に、男は眉をひそめ、次に申し訳なさそうに表情を落とした。

「……そうか。それはすまない事を聞いてしまったな」

「あ、別にいいですよ。もう、過去の事ですし。……お母さんはあたしが物心つく前に亡くなったんです。だからよくわからないし。お父さんはあんまり会話の無い人でしたから。……一年前の今日、殺されちゃったんですけどね」

 ゆずは笑顔でそう言った。その顔はわずかに歪んでいるようであった。

 男はしばらく無言で何かを考えていた。何かを思い出すように、遠くを眺めていた。

「……もしかして。違うかもしれないが、お父さんは桜井秋彦さんでは?」

 不意にそう言われ、ゆずは目を見開いた。

「え? なんで知ってるんですか?」

「大きなニュースだったじゃないか。今日も一周忌がニュースで流れていた」

 そうだったのか。ゆずは軽く驚いた。確かに大きな事件として当時は取り上げられたけど、まさか一周忌をテレビで放送していることは知らなかった。

 なぜなら、ゆずは一周忌には出席していないから。

「へー、不思議ですね。あたしのお父さんの事を知っているなんて」

「当時はかなりテレビでやっていたからな。そういえば一人娘のインタビューもやっていたような気がするが、それが君か。そう考えると確かに不思議だな」

 男はそう言うと、言葉を切って口をつぐんだ。余り触れるべき話題ではないと判断したのだろう。そこで会話を終わらせるつもりのようであった。

 しかし、ゆずは話題を終わらせる気はないらしい。

「あの……事件を知っているんなら話が早いんですが。お父さんはなんで殺されたと思います? テレビでは被害者みたいな感じで言われていますが」

 ゆずは上目遣いでそう聞いた。男はしばらく考え込み、

「そうだな。私はテレビで見た事ぐらいしか知らないから正確では無いかと思うが……」

 そう言って言葉を溜めた。わずかの間そのまま沈黙し、ゆっくりと口を開いた。

「……運が悪かったんじゃないかな」

 その回答に、ゆずは眉を寄せた。

「……運? 交通事故みたいなものなの?」

「いや、そういうことでは無い。全て意味があり、必然であったと思われる。その中で、君のお父さんは運が悪くてその必然に巻きこまれた犠牲者なんじゃないかな」

「……よくわかんない」

「私も当事者じゃないから、これ以上は解らないさ」

 二人はそこで会話を止め、揃って空を眺めた。

 雨は切ないくらい強く降り続けていた。


          ・   ・   ・


 去年の誕生日は特別な日だった。

 特別に、哀しい日。

 今でも鮮明に覚えている。

 紅いテーブルクロス。

 レモンの味がするお冷や。

 ヴァイオリンのきれいな演奏。

 かすかに聞こえる雨の音。

 うるさかった携帯の着信音。

 お父さんの声。

 今でもわからないことだらけだよ。

 ねえ。教えてよ。

 あの時、なにを考えてたの?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る