第3話 『威圧……圧倒的威圧……!』

 -- 真千代は今、とてつもなく興奮していた。


 中世ヨーロッパ(よく知らない)のような、お洒落な街並み。

 見渡せば犬の顔で首から下は人間や、美麗な羽の生えた尖った耳の人間--所謂エルフなどが、普通に歩いている。

 --全てが新しい。全てが初体験。

 鬼向 真千代は、新しいものが何よりも大好きな男だった。


 「……うぉぉぉッッッ!!! なんと洒落た街、面妖な生物……こんなものは見たことがないッッッ!!!」


 「ははは……興奮は分かるけど落ち着いてって」


 --ここは始まりの街『アンファンス』。冒険者ギルド本部の所在地、魔王討伐を目指す駆け出し冒険者達にとっての聖地である。


 真千代はユウイチに事情を説明した後、『瞬間転移』の魔法でこの街へ連れて来て貰っていた。


 「ここにいる奴は、全員魔法とやらが使えるのかッッッ!?」


 「あー、まぁそうだね……この世界に魔法適正の無い奴はいないらしいから」


 「ぉぉぉぉぉぉッッッ!! 異世界!! 心躍るぞッッッ!!!」


 見知らぬ世界への期待、感動。

 真千代は一介の高校生であるが故の好奇心が溢れ出していた。


 「それで、そのギルドとやらは何処だユウイチッッッ!!!」


 「えーと、あそこに見える大きい建物」


 「了解したッッッ!!! 行ってくるッッッ!!」


 ドドドドドドと。

 猛牛の如き勢いで、真千代はギルドに向かって走り出していった。


 「な、なんか色んな意味で凄いやつね……」


 「え、ええ……ユウイチさんのいた世界には、あんな全身筋肉の鎧で覆われた魔人が跋扈してるんですの?」


 「さ、流石にあれは初めて見たな俺も……」


 「赤髪ツインテールの少女--アイシャと青髪のお嬢様--エリザヴェータが揃って驚愕している。

 ユウイチはかつて引きこもっていたため、外の事とはあまり縁が無かったとはいえ、あれが一般的な高校生では無いことは分かる。

 短い生涯ではあったが、リアルに顎が割れている高校生をユウイチは見たことが無かった。


 しかし、それよりだ。

 何よりも重要な事が、ユウイチの心中で渦巻いていた。


  (アイツが居たら、俺の異世界生活が……)



※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※


 「い、異世界転移者……だって?」


 「応!! 日本という所からやってきた!! 名を鬼向 真千代というッッッ!!」


 話は30分ほど前に遡る。

 突然ユウイチの上に降ってきて、ユウイチの心臓に倍プッシュに倍プッシュを重ねた鬼のような男。


 鬼向 真千代。

 この男も、死んで日本からこの世界にやってきたというのだ。


 「ち、ちなみにどうやって……」


 「ソワレという女に落とされたッッッ!!!」


 (お、俺と同じじゃないか……!)


 屈辱だった。

 これまでユウイチは自分の事を、女神に選ばれたただひとりの男と思っていた。

 それがとんだ思い上がりだったということが、この上なく腹立たしかっのだ。


 (あの淫乱女神め……!俺は選ばれし者じゃ無かったのかよ……!)


 ユウイチは何も悪くないソワレを貶め、そして今目の前にいる男--真千代にも、激しい敵意を抱いていた。


 「いやはや俺は全く異世界について知らんのでな!! ここで会ったのも何かの縁、無知無能の俺にこの世界についてご教授してはくれないかッッッ!?」


 (異世界でチートハーレムするのは、俺だけで充分なんだよ……!)


 真千代の言葉など全く聞かず、ユウイチは真千代を睨みつける。

 どうする、消してしまうか。

 一瞬、ユウイチの中にそんな黒い考えが渦巻いた。


 その時、ガサガサっと木々が揺れた。


 「誰!?」


 アイシャが声を上げ、腰に差した短刀に手をかける。

 すると--


 「ブルォォォォォォォ………」


 「ブルルル……」


 「ブオォォォ……」


 「魔物……!?」


 「凄い数ですわ……!」


 現れたのは、オークの大群だ。

 ざっと30匹ほどいる。

 先程の騒ぎを嗅ぎつけて、こちらに寄ってきたらしい。


 「くそっ、こんな時に……」


 ユウイチが『聖剣コールブランド』を抜き、オークの軍団に向けて斬撃を----




 「ッッッッッッッッッ!!!!」


 パパパパパパン!!!!!




 「ふぁ?」


 --放とうとした手を止める。

 真千代の叫びと同時に、オークの軍団が1匹残らず破裂したのだ。


 「で、話を戻すが……」


 「「「いやいやいやいやいやいや」」」


 何事も無かったかのような振る舞いをする真千代に、ユウイチたちは心底戦慄した。


 「ち、ちょっとアンタ今の何よ!! 一体どんな魔法を……」


 「威圧だ」


 「「「威圧ゥゥゥゥゥゥゥゥゥ!?!?!?!?」」」


 「威圧だ 」


 威圧。それ即ち、気合である。


 「き、気合で、搔き消したのか……」


 「覇ッ覇ッ覇、容易いことよ」


 全然容易くない。容易さの欠片も見当たらない。

 RPGだと雑魚モンスターのイメージが強いが、この世界だとオークは割と強モンスターだ。

 しかもあれほどの大群。『聖剣コールブランド』でも3、4発斬らないと全滅させられないレベルだ。


 それを、気合だけで消滅させた。

 ユウイチが前世で見た漫画で、気合で波動系の技を掻き消すようなものは見た事がある。

 だが、生物を気合で掻き消すのは現実はおろか、創作の世界ですら見た事が無かった。


 それを踏まえてユウイチは、先程まで自分の抱いていた邪心を思い返す。


 アレに、挑む。


 「……分かった、俺に出来る限りのことは協力しよう!」


 「真実まことかッッッ!! 感謝!! この上ない感謝ッッッ!!」


 何度もドゴン、ドゴンと地面に頭を打ち付け、真千代が土下座で感謝を示す。

 --その度に地面が揺れているのは、気のせいだと思いたい。


 「ちょ、ユウイチ!! いいの!?」


 「その殿方はユウイチさんを踏みつけたんですのよ!?」


 「いいんだ、俺は気にしてないさ。 それに、困っている時はお互い様、だろ?」


 「「ユウイチ(さん)……」」


 アイシャとエリザヴェータの頬が一瞬で紅くなる。

 --大分カッコつけて言ったが、ユウイチの心は全く穏やかじゃなかった。


 (もし、断ったりしたら…………)


 --命が、惜しかった。

 何事も命あってこそだ。

 もしさっき考えたみたいに斬りつけたりして、さっきのオークみたいに「羅ッッッッッッ!!!!!!」されてしまったら……。


 ユウイチは、今のを見て確信したのだ。

 この男だけは、敵にまわしてはいけない。

殺られる、と。


 「それで!!! 俺はどうすればいいのだッッッッッッ!?」


 「……まずはギルドに行って冒険者登録をしようか」


 「ぎるどってなんだぁ?」


※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※



 そして、今に至る。


 (アレに逆らえば命が危ない……かといってあんな強い奴がいたら俺の地位も危ない……)


 先刻垣間見た神がかった力。

 恐らく女神の恩恵によるものだろう。素の力だったら恐い。


 アレを放っておけば、地位、名誉、女……あらゆるものを瞬く間に手にしてしまうかもしれない。

 そうなるとユウイチの立つ瀬がない。一時の英雄として風化してしまう。


 (と、とりあえず、この街から早めに離れないと……)


 これから先の事を思いやり、ユウイチが転移魔法を行使しようとした時--、

 ドドドドドド、と。

 向こうから猛牛が走ってくるような音が聞こえてきた。


 「ゆ、ユウイチさん……あれ……」


 「……ん?なんだ………ヴェアァァ!?」


 エリザヴェータの声に反応し、爆音のする方角を向く。

 それを見て、ユウイチは素っ頓狂な声を上げた。


 「………………ぅぉおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!」


 案の定、真千代である。

 雄叫びをあげながらこっちへ向かって走ってくる。

 そしてユウイチの目の前で急ブレーキをかけて踏みとどまり、開口一番、


 「登録費用が要るらしいッッッ!!! …………無礼の極みとは心得るが、金を、貸してはくれんか………ッッッ」


 「「「……………………」」」


 漢涙を流しながら、そう訴えてきた。


 「……とりあえず、俺もついて行くよ……」


 「感謝、大感謝……ッッッ!!」


 どうやら、まだ絡まれることになりそうだ。

 半ば諦めモードに入り、真千代とユウイチ一行は、共にギルドへと歩みを進めた。

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