第2話 『この男、クズにつき』
--おい見ろよアレ!
--うわっ!『龍殺しのユウイチ』じゃねぇか!
--あの『黒龍』を倒したっていう!?マジかすっげぇ!
「さっすがアタシのユウイチ! 街の人皆ユウイチのこと見てるわよ!」
「ちょっと貴女離れなさい! ユウイチさんはわたくしと一緒に行くんですのよ!」
「ハハハ、俺は二人と一緒に行きたいな。 だって同じくらい可愛いからさ」
--これこそが、俺の望んだ世界だ。
ユウイチ--
前世はニート&引きこもり、親のスネを齧りに齧って35年。
大した努力もせず、ただ毎日をダラダラ過ごしていた彼はある日、突然死んでしまった。
--理由は単純、自慰ショック。
所謂テクノブレイクである。
彼は嘆いた。
俺が何をしたんだ。
どうして世界は俺に優しくないのだ。
どうしてこんな世界に生まれてしまったのだ、と。
しかし、奇跡が起こった。
死後の世界、美しい女神が現れて、ユウイチにあらゆるものを斬り裂く『聖剣コールブランド』と、超一流の美貌、さらに若返りの特典を与えたのだ。
『さぁ、行きなさい勇者よ! 世界の平和を取り戻すために旅立つのです!』
そして気がついた時には、この世界--『魔導界クロウリア』に飛ばされていた。
その時、ユウイチは気づいたのだ。
俺は神に選ばれた存在なのだ、と。
このチャンスを逃すユウイチでは無かった。
魔王軍退治なんてめんどくさい。
世界の平和なんか知ったものか。
暴漢に襲われている美少女を助け、頭を撫でて惚れさせる。
なんか悪いことしたわけでは無いが悪そうなドラゴンを、聖剣で楽々倒し、名声を得る。
努力なんてクソくらえだ、俺は楽して順風満帆な第二の人生を送るんだ。
それがユウイチの描く理想の異世界生活だ。
そして今、それは現実になった。
『龍殺しのユウイチ』という大層な肩書きを貰い、富、名声、女、全てを手に入れた。
彼の夢の異世界生活は、ここに実現したのだ。
「さぁ2人とも、俺と一緒に次の街へ行こう! 大丈夫、どんな事があっても君達を守ってみせるさ!」
「キャ〜!ユウイチ素敵〜!」
「流石はユウイチさんですわ!」
--この時。
彼はまだ知る由も無かった。
この日、彼の描いた理想の生活が、1人の男の手により崩れ去るなど。
ユウイチ達が次なる目的地へと続く森を通っていると--
「………ん?空から何か……」
ズドォォォォォォォン、と、空から巨大な何かが落ちてきて。
次の瞬間、ユウイチは空から落ちてきたその『何か』に潰された。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
「う、うおおおおおおおおおおお!!!!」
真千代は現在、空を舞っていた。
ソワレと異世界転移の契約をした後、突如白面の空間の床に穴が空き、気がつけば空を飛んでいたのだ。
「こッッッ、これは、なんという高さッッッ………!!」
真下を見てみると、豆粒サイズの森が見える。
どうやらとてつもなく高い所から落とされたようだ。
約1万メートルぐらいだろうか。
下手したら擦り傷ぐらいは負ってしまうかもしれない。
「ま、マズイなッッ……この世界に消毒液はあるのだろうかッッッ………!」
傷口にばい菌が入り込んでしまうかもしれない、という懸念をしている間に、地上が近づいてくる。
--どうか傷口からばい菌が入って化膿が進み、最終的に死に至りませんようにッッッ--!!
切実な願いを込めて、真千代は足を下に持って行き、着陸の体制に入った。
ズドォォォォォォォン、と、凄まじい音が広大な森に響く。
あたりの木々が薙ぎ倒され、地面には巨大なクレーターができた。
「俺、降臨ッッッ!!!」
だが真千代は至って健康だった。
擦り傷1つなく無事に着陸できた喜びを、雄叫びとともに放出する。
「さて……着いたはいいがここから何を……」
「き、キャァァァァァァ!!! ユウイチー!!」
「ぬぅ? 人が…………ッ!?」
叫び声が耳に入り、真千代は後ろを振り向く。
するとそこにはなんと、青髪に赤髪……見た事も無いカラフルヘアー2人組が青ざめた顔でアワアワしていたのだった。
「こ、これが異世界か……むぅ、面妖なッッッ」
未知なるDNAの可能性に心躍らせ、真千代は異世界の神秘に喉を唸らす。
「ちょ、ちょっと貴方! 下! 下を見なさいな!」
「ぬ? 下?………………うぉぉぉぉぉっ!?」
ドリルヘアーの青髪お嬢様の言葉に真千代が下を見てみると、何やら変なものを踏み潰していた。
慌てて足を退けてみると、どうやら人のようだ。
紙みたいにペラペラになっているが、間違いない。
「す、すまんッッッ!!! おい貴様ッッッ!! 息はあるかァァァァァァッッッ!!」
「ぐ…あ、ああ、大じょう」
「心臓マッサァァァァァァジ!!!!!」
「ぶぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼ」
「「ユウイチ(さぁぁぁん)ーーーーー!!!」」
その勢い、
神速を以って、真千代は潰れた男--ユウイチの心臓を圧迫する。
「覇ァッッッッ!! オイ!!! 大丈夫かァッ!? 返事をしろォォッッッ!!!」
「ァ………ウォォ……」
「おい!! 大丈夫なのか、オイッッッ!!! ………畜生ッッッ……俺の力は結局、誰1人救えんのかァァァァァァ!!!」
「いや貴方が奪おうとしているんじゃないですのよ!? いいから何もしないでください!」
青髪お嬢様が、真千代をユウイチから引っぺがした。
「ユウイチ、大丈夫!? 今すぐ回復の魔法をかけてあげるからね!」
赤髪ツインテールの少女の手が、淡い輝きを纏う。
「光の元素よ……彼のものを癒したまえ……」
少女が何やら珍妙な言葉を口にすると、満身創痍だったユウイチの体から、みるみるうちに傷が消えていった。
この現象に、肉体派の真千代は大変驚愕した。
「な、なんだ今のはッッッ……とりっくか!?」
「え? た、ただの回復魔法よ? アンタ見たことないの?」
「かいふくまほう……?」
何だそれは。プロテインだろうか。
果たして美味しいのだろうか。
「し、死ぬかと思った……うわぁっ!? 何だ君は!」
ユウイチがびびって大声を上げる。
まぁギチギチの学生服に身を包んだ筋肉魔人など、初見で驚かないはずがない。
「すまんッッッ!!! 俺のせいで多大なる迷惑をかけてしまったッッッ!!!」
ドゴン、と地面に大きな穴が空くほどの速度と膂力で、真千代が土下座を行使する。
「いいよいいよ気にしないで…………ってんなわけあるか!! いやほんと迷惑だよもう!! 何なんだい君は!!」
「覚えるに及ばん!! 今から死ぬ者の名などォォォォォ!!!!」
真千代が拳を握りしめ、『心臓穿ち抜き』の体勢に入る--!!
「え、ちょ、そこまで、おい!!」
「我が人生恥に
ユウイチが止めに入るが、もう遅い。
真千代の拳が、真千代の心臓を捉える----
瞬間、世界が白に染まった。
「ぬぅ!? な、何だッッッ!?」
「やれやれ早速やろうとしたわね……対策しといて正解だったわ」
「何奴ッッッ!?」
首が千切れるほどの勢いで180度後ろに振り向くと、そこには先刻出会った女神--ソワレが立っていた。
「ソワレ!!これは一体ッッッ!?」
「貴方が罪悪感に襲われて自害を図ろうものなら、こうやって神の力で止めに入るよう設定しといたのよ……こんな早くに自害を試みるとは思わなかったけれど」
真千代が本日2度目の驚愕を露わにする。
神というものはそんなことができるのか。これもとりっくの類なのか、と。
「貴方が心臓を穿とうものなら、直ちにこうやって私が止めに入るわよ」
「し、しかしそれではどうやって罪を償えば……」
「そこで魔物狩りでしょ!! 目的を見失わない!!」
「ぬっ……そうだった、すっかり忘れていた……」
そうだ。自分はこの世界を救うためにやって来たのだ。
こんな所で死ぬわけにはいかない。
「すまん、恩にきるッッッ!」
「いいのよ別に、貴方にはチート能力はあげてないし特別にね」
「ち、ちぃとのうりょく?」
「あら、聞いたことないの? このご時世の高校生なのに珍しい……簡単にいえば『反則的に強い能力』ってことよ。 貴方以外の転生者には全員あげてるわ」
「な、何故俺にはくれんのだッッッ!?」
「費用が浮…世界を滅ぼしかねないからよ」
「なるほど」
納得した。
有り余るこの力にそんな能力まで加わってしまったら、俺はこの世界に被害を及ぼさない自信がない。
「そうだ、これから俺は何をすればいいのだ? さっぱりわからんッッッ」
「そうねぇ……私は仕事が忙しいから、そこよ男の子にでも聞いてみたら? その子も転生者らしいし」
「なんとッッッ!! ありがたいッッッ!! これが神の助けか!!」
「はいはい……そんじゃ、頑張りなさい、ここでは会わないことを祈るわ」
そう言うと霧になってソワレは消えていった。
それと同時に真千代の意識も、現実世界に引き戻され--、
「………おいっ!! 大丈夫か! お前!!」
「………うぉぉぉぉぉっ!?」
「うわぁっ!?」
GAVARIと、凄まじい勢いで真千代が起き上がる。
バキバキバキ。
その風圧だけで、正面の木々が数本薙ぎ倒された。
「ふ、ふう、びっくりしたよ……いきなり自分の心臓を殴るんだから……」
声の主は、先程踏み潰してしまった男……ユウイチだった。
なるほど、こいつも転移者だと言っていた。
真千代はソワレの言葉を思い出し、ユウイチに相談を持ちかけた。
「すまん、迷惑かけたな……迷惑ついでに、少し聞いていいかッ?」
「お、おう……何かな……」
凄まじい筋肉と威圧に、ユウイチは怯み気味だ。
後ろにいる女性2人も、真千代の一挙一動にビクッとしている。
「俺も『異世界転移』とやらをされたんだが、これからどこに行けばいい!?」
「………はっ?」
きょとんと、ユウイチの目が点になった。
唯一無二と勘違いしていた、ユウイチのアイデンティティが崩壊した瞬間であった。
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