極・異常な高校生の筋肉無双烈伝
喪服.com
第1話 『この漢、異常につき』
--気がついた時、彼は真っ白な世界に居た。
あたりには何も無く、人っ子1人居やしない虚無の空間に、男が1人呆然と佇んでいる。
なぜ俺はここにいる。どういう経緯でここに来た。
男--
「……おいッッ!! 誰か、誰かいないのかッッッ!!」
何も無い世界に、ただ一人だけという不安感。
真千代は必死の形相で人の気配を探りだす。
--コツ、コツと。
誰も居ないはずの空間に、真千代のモノとは違う足音が響く。
真千代の体がビクッと震え、その足音の正体を見つけようと周りをさらに勢いよく見渡し--
「……うふふ、なるほど、噂に聞いた通りの人ね」
--後ろォォォォォ!!!
「覇ッッッッッッ!!!!」
「えっ、ちょ、きゃぁぁぁっ!!」
背後から気配を感じた真千代は、勢いよく鍛え抜かれた己の拳を突き出した。
しかし気配の主はそれをギリギリで躱し、勢い余って白一面の床に尻餅をついた。
「何者だ貴様ッッッッッッ!!!」
「ちょ、落ち着いて!落ち着いて!
「ヌッ……女……」
気配の主は、女だった。
しかしそれは、普通の女とはかなり違った--異常なまでに、見目麗しいのだ。
絹のような金色の長髪は、キラキラと神々しいまでの輝きを放つ。
若干恐怖を含んだ大きな碧い瞳が、真千代を見つめている。
「……焦っていたとはいえ女に拳を振るうとは……すまん! 死んで詫びるッッッ!!!」
真千代は拳を握り、自らの心臓を穿ち抜こうと構えをとる。
「わーー! お、落ち着いて! 気にして無いから! それに貴方、もう死んでるから!」
「止めんでくれッッッ! こうでもせんと俺の気が……何だと?」
真千代にとって、聞き逃せない単語が耳に入る。
自分が、死んだと。
「コホン……自己紹介が遅れましたね。 私の名はソワレ。 貴方の世界で言う、所謂女神というやつです」
「ポワレ……」
「ソワレです……貴方を、死後の世界へ案内しに来ました」
その時、ようやく真千代は思い出す。
--自分がここに来る前、何があったのかを。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
鬼向 真千代は、
--文にすればおかしな事この上ないが、実際その通りなのだ。
身長は3mを優に越え、体重は500kgを上回る。
しかしそれは決して太っているわけではない。
彼の身体に纏われる、異常なまでの筋肉の鎧が原因だ。
身体中のありとあらゆる筋肉が異常なほどまでに発達しているのである。
さらには容姿のタッチも他者とはまるで違う。
彼の通う高校の生徒達は某日曜夕方国民的アニメのような容貌であるのに対し、彼だけ某世紀末漫画の登場人物みたいな濃いタッチをしているのだ。
彼がここまで異常な肉体を持っているのには、当然理由がある。
真千代の両親は真千代が5歳の頃に他界し、祖父母も真千代が生まれる前に既にこの世には居なかった。
そのため、家族絡みであった幼馴染の家にお世話になることにしたのだ。
幼馴染の家族は真千代に本当の家族のように優しく接してくれた。
そんな一家に恩返しがしたい、と、子供心に真千代は何か出来ることはないかと考えた。
そして、一つの考えに至った。
--そうだ、
別にふざけているわけではない。
要は筋肉を鍛えて、愛する幼馴染一家を守りたいという可愛い考えだったのだ。
始めは微々たるトレーニングだったのだが、年を重ねるごとに2倍、3倍と量は増えていき--、
15歳の頃には、上記の筋肉魔人へと変貌を遂げていた。
筋肉に見合った圧倒的な力を身につけた真千代は、ボクシング、ムエタイ、プロレス、柔道、空手、テコンドー等、あらゆる格闘技の世界王者を総ナメにする程になった。
稼いだ金は全て、一家への生活費に回した。
当然周りからは畏怖と恐怖を抱かれ、真千代に近づくのは小さい頃からの付き合いである幼馴染(女)だけであった。
そんな、トラックに轢かれようがスカイツリーの頂上から落下しようが死なない肉体を手に入れた彼が、何故死んでしまったのか。
それは彼が17歳になった日、幼馴染の部屋に勉強を教えてもらいに行った時のことだ。
「おーい、ここがわから……ん……」
着替えに、遭遇してしまったのだ。
下着を脱ぎ、見えちゃいけない物がモロ出しになっていた。
真千代の人生は、絶望に彩られた。
恩人たるおじさんとおばさんの娘である思春期の幼馴染の、穢れのない肉体を、不可抗力とはいえ視姦してしまったという事実。
思春期の女の裸を見てしまい、尊厳を傷つけたであろう事実。
それは真千代にとって、己を決して許せぬ行為だった。
そして真千代は、決意した。
--よし、死のう、と。
「キャァァァァァァ!!! 何入ってきて……」
「覇ァァァァァァッッッ!!!」
真千代は己の鍛え抜いた拳で、己の心臓を穿ち抜いたのだ。
「ちょっ、えっ、イヤァァァァァァァァァ!!!!!」
幼馴染の羞恥の悲鳴が別の悲鳴に変わるのを聞き届けた時、真千代の心臓は脈動を止めた。
※※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
「……そして、俺は、死んだんだ……」
「え〜……アホでしょ貴方〜……」
真千代の死因を聞き、思わずソワレは思っていた事が口をついて出てしまった。
マッスルだとか筋肉だとか、突っ込む所は多々あったが……何よりもそんな事で死ぬ人間を、ソワレは長い女神歴の中で見たことが無い。
真面目、というかアホそのものである。
(死んだほうが仇返しだとは思うけど……まぁ意地悪は言わないであげよう……)
「おのれ、何故俺はまだ生きているのだッッッ!! あんな『
「だから死んでますって……と、とにかく貴方は短い人生で無念のまま死んでしまいました、そこで貴方に2つの選択肢を与えます」
「選択肢だと?」
「1つ、このまま死の世界へ向かうか」
「よしそれで」
一瞬の決断。
決断が早いのは、真千代の数少ない自慢であった。
「早い早い!! ちゃんと最後まで聞く!」
「ええい黙れ! こんな俺に生きていく価値など無いのだ! 護るはずの家族の純潔を犯してしまうなどォォォォォ!!!」
「大袈裟! 大袈裟だから! ……でも死ぬぐらいならさ、世の中の役にたってみるのもいいと思わない?」
ピクッと、真千代の大胸筋と耳が動く。
特に大胸筋は休まずピクピクしている。気持ち悪いことこの上無かった。
「何だと……?」
「それがもう1つ……異世界に転移して、英雄としての名声を勝ち取るか!」
「……どういうことだ」
食いついた。
ソワレがこの隙を逃さず畳み掛ける。
「いやーなんか私達神の創った世界の中に不具合の生じた世界があってねー、そこには凶悪無比なモンスターがウヨウヨウヨウヨ。 一応魔法の存在こそあるけどとても対処しきれない数なわけよ、もうとても人間の暮らせたもんじゃないわけなのよ。 世界は瞬く間に魔王の支配下に置かれたってわけ、 ちなみにそのモンスターっていうのがまた気持ち悪」
「長いッッッ!!! 要件だけ述べよッッッ!!」
「異世界に行って魔物とそれを生み出した魔王を討伐して平和を取り戻して欲しいってことです」
有無を言わせぬ威圧。
大人しく従うが吉だった。
「異世界の魔物……? 俺が?倒せるのか?」
「大丈夫大丈夫!! 君ほどの筋肉とPOWERがあればちょちょいっと救えるって、 ほんとほんと! 」
「……こんな筋肉達磨で脳筋かつマッスルポーズしか能がなく脳筋かつイケメンのこの俺が…」
「そんな自虐しなく……いやよく聞いたらめっちゃ自慢してるムカつくわ」
「俺の力が……役に立つのか……?」
真千代の修羅のような顔が、僅かに綻ぶ。
恐れられ、壊すしか能が無い己の力が役に立つ。
人々のために、力を使える。
それは真千代にとって、この上ない喜びだった。
「勿論!! 君のその力は素晴らしい! 誇れるものよ!必ずその力は平和を取り戻し、そして君は英雄に……いや……」
「…………」
「君は、真の
「………!!」
その言葉が、決定的だった。
思えばこの力を鍛えた根本の理由は、大切なものを守るため。
しかし日本という国に有り余る力を放出する敵は居らず、日々この力を持て余していた。
それを、フルに使える。
この力で、誰かを守れる。
「そっちを選ばせて貰うッッッ!! 俺を異世界とやらに連れて行ってくれ、カイワレ!」
それならば、真千代に断る理由は無かった。
「ソワレよ……その言葉に二言は無いわね?」
「漢たるもの、一度吐いた言葉を飲み込むなど愚の極み!!」
地獄の閻魔と見紛う迫力と重圧溢れる声で、真千代はそれを承諾した。
すると----
「ッ!? うおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!」
真千代の真下の純白の地面に穴が空き、そこから真千代は真っ逆さまに落下した。
「行ってらっしゃい!! ご武運を祈るわ!!」
遥か高みからのソワレの声に、真千代は親指を立てて応えた。
※※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
「いや〜彼が受け入れてくれて助かったぁ〜〜、チート能力の譲渡申請って凄い大金かかるから、素で強い人がいてよかったわ〜」
真千代が居なくなった後、本人の前では言えなかったゲスな思惑を胸に抱え、ソワレはゲスな笑みを浮かべる。
チート能力を転生者に譲渡する時は多額の費用がかかる。
天界の知られざるルールだ。
--しかし、
「--あそこまで真っ直ぐな子は、見たことがないわ……」
死因もそうだが、単純というか。
今まで転生させて来た人間には、あそこまで真っ直ぐな人間を、ソワレは見た事が無かった。
恐ろしいそのパワーのせいで、人の良さを知られていない可哀想なタイプの人間。
--それを放っておけなかったのもまた、ソワレの真意の1つだ。
「君の努力が報われる時が来たわね……頑張るのよ、真千代君……!」
今まで誰にも送らなかったエールを密かに贈り、ソワレは浮いた申請費をポケットに入れて、次の死者をウキウキ気分で出迎えた。
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