神隠し

女の子「聞いてよ、わたし、今日神様にあったの。」

男の子「へえ、そりゃあ、たいそうなことだな。いったい何処でお目にかかったのかな。」

女の子「放課後の第一校舎の四階だよ。廊下のずっとむこうに、人影をみたの。その人は、真っ白な洋服を着ていたから、すぐにヘンだと思ったわ。それにせんだって来、なんだか心持ちが軽くなって、今とっても気分がいいの。きっと、あの人が神様だったからだわ。」

男の子「本当かい?それで、その白い人影はそのあと、どうなったんだい。」

女の子「むこうのかどを曲がって行ってしまったから、あわててわたしは追いかけたのよ。けれど、見失ってしまったわ。残っていたのは、お香のようないい匂いだけ。スッカリいなくなってしまうもんですから、とっても動顛したわ。けど確かにわたしは白の人影を見たのよ。たしかに。白い服が、窓から入ってくる昼の日光を反射して、きらきらって、光るのも見たわ。頭のまわりに、光輪が光ってるのも見えたわ。それに、神様は、横をむいていらっしゃったわ。肌も真っ白で、服とそれとの見当がつかないの。」

男の子「神様は、老人だったのかい?ぼくが見る本では、よく老人の風貌でえがかれている。」

女の子「さあ。顔はよくは見えなかったの。けれど、背がすごい高くて、腰も曲がってなかったわ。そして、こう、ゆっくりと手を前に出して、壁にあてて、するりするりって、ながい衣を引きずりながら、かどに消えて行ったの。今考えてもじつに不可思議だわ。」

男の子「そうかい。きみが四階で拝見した人影というのは、たしかに神様なのかもしれないね。来校者だって、たいてい用があるとしたら、職員室がある二階までしか来ないだろうし。そんな真っ白な服を着ている先生なんて見たことがないし、きっとそれは、超自然的ななにかだろうね。とってもいい体験だったんじゃないかな。」

女の子「ええ、とっても興奮したわ。是非、もういちどあってみたいものだわ。……。」


女の子「ねえ、聞いてよ。わたし、また神様に会えたの!」

男の子「またかい?…同じ場所で?」

女の子「そうよ、四階の廊下。昨日のことを思い出しながら、ふと四階に立ち寄ってみたら、また見たの!神様はやっぱり同じ位置にいらっしゃって、それでやっぱり、またかどに消えて行くの。すーっと、滑るように。あたりには神々とした光の微粒子が立ち込めて、すごい綺麗だったわ。そうしてしばらく見とれていると、神様が通った跡の床にビーズみたいなものが落ちているのを見つけたの。それはいろんな色をしていたわ。けど、全部彩度がうすくて、ほんの少し、たとえば清冽とした水に薄い絵の具を、ほんの一滴垂らしたみたいなすごく薄い色なの。赤、黄、青、…数えればきりがないわ。わたしは見つけられたものは全部集めて袋に詰めたわ。それがさ、ほら。」

男の子「うわあ!これはすごいや!まるで宝石のようだ。こんなものが学校の廊下に落ちていたなんて、信じられないなあ。」

女の子「信じられないのはわたしよ。今も気がはやっているわ。だって、このまえの遭遇は、だんだん時間が経つにつれて、夢じゃないかしら、って思えるようになってきて、蒙昧な感触だったわ。けど今は違うの、この璧があると、夢じゃないんだって、現実なんだって、しみじみ思うのよ。ああ、わたし本当にすごいことになってしまったわ!」


男の子「おや、どうしたんだい?浮かれない顔をしているね。」

女の子「大変なのよ。もしかしてで聞くけど、あなたに限って、わたしのビーズを盗んだりはしないでしょうしね。」

男の子「いったいぜんたいどうしたって言うんだ?」

女の子「わたしのビーズが、日に日に減っていくのよ。初めて気づいたのはおとといだわ。朝起きて、袋を持ち上げると、いつもとちがって、軽く感じたのよ。中身を確認したら、22個、ビーズが減っていたの。もともと67個わたしは集めていたから、間違いないわ。それから、朝がやってくるたび、ビーズは減っていったわ。今となっては15個しかないの!」

男の子「きみが寝ているあいだに、誰かが盗んでいくって言うのかい?そりゃあ、恐怖だね。」

女の子「恐怖どころじゃないわ。昨日の夜だってしっかり枕の下に袋を入れて寝たのよ!そしてまた減った!」

男の子「誰かが、きみの部屋にしのび足で入って、起こさないようにそうっと、きみの頭を持ち上げて、袋をとってつかみ、ビーズを少しずつ少しずつかっさらっていくっていうこと?」

女の子「それしか考えられないの。だから、ほら、明日は土曜で休みでしょ?わたし今日一晩中起きているつもりよ。」

男の子「そりゃ大変だ。本当に泥棒が入ってくるようだったら、警察沙汰になってしまうぞ。」

女の子「うん、そうなんだけど。…あっ!!」

男の子「うん?」

女の子「ほら!あそこ!!あそこ!!」

男の子「あそこって……そこ?第一校舎の玄関?」

女の子「そうよ!今、神様が学校の中に入って行ったわ!見えなかった?」

男の子「え、いや…。見えなかったなあ。」

女の子「ほら、匂いをかいでみて。…お香のいい匂いがするでしょう。間違いないわ!」

男の子「そうかなあ。」

女の子「わたしは神様を追いかけるわ。じゃあね!」


女の子「げほっ、げほっ。……しんじられないわ、寝ているあいだに食べていただなんて、誰が思うかしら。わたしったら、もうすっかり全部食べてしまって、舌がいろいろなビーズの色に染色されている。ああ、こわくなってきたわ、あんな固いビーズを噛み砕いて食べるだなんて、歯がやられてしまうかと思ったけど、欠けてる様子もない、お腹が痛くなるわけでもない、けれど、口の中には微かに甘みがのこっているわ。わたしはキャラメルがすき、チョコレートが好きよ、だけどこの甘いものは今まで食べたことのない不思議な甘みなの。すうーっと冷たい空気みたいに口に薄く広がる、霧みたいに掴み所のないこの感触は、まるであの神様の真っ白な羽衣を咥えているようだわ。わたし恐ろしいわ。何がってわたし自身がよ。最初この事実を知った時頭がくらくらして、胃の中のものを全部外に出してしまいたくなったわ。寝ているあいだの自分に責任が持てないなんて、こんな怖いことはないわ。けれど、今たまゆらに落ち着いたとき、ふっと舌が感じた甘さが麻酔みたいに過去の危険察知した感覚を全部大津波で流してしまうの。すっかり贔屓になって、もっとビーズが欲しくなるの、ええそうよ、さっきも神様を探していたのよ。夜中だから学校には入れなかったけど、門の前には神様がいたのでしょう、ビーズが落ちていたわ。必死になってビーズをポケットに集めて……。そのあとの記憶が無いの、気づいたら部屋に戻っていたわ。いまポケットにはビーズはひとつもないわ、また無意識で食べちゃったのかしら。それとも、あれは夢だったのかしら。そうかもね、もしかしたら、もしかしたらで、神様なんて夢だったのかも知れないわ。最初からビーズなんて無かったのかもしれない。今思えば夢のよう……。夢、そうだわ、夢だったのよ。そういえば今日は八月よ、夏休みでしょ、部活もやってないあたしがどうして毎日学校に行って神様に会ってクラスメイトに神様のお話をするのよ。あっはは、なんておかしいんでしょう、自分、ホントウに気でも違っちゃったと思ってヒヤヒヤしたわ。あっは!おどろいた。ばかばかしいから、早く寝ましょう。」

神様「この少女は夢に逃げる少女を自分とはつゆしらず、うつつでぬかした戯言を夢の責任にしてわたしを辱める。そんな悪い子は、この星くずでお腹いっぱいになりなさい。さあ。」

女の子「だめよ、あたしもう何も食べれないわ。堪忍して。」

神様「夢の中ならお腹はゴムのようにびよんと伸びるし、いくら食べても飽きはこないぞ。どこに遠慮する理由があるかね。さあ、たんとお食べ。」

女の子「いやよ、あたし知ってるわ、それをひとつ口につけた途端、もっともっと欲しくなって、際限なく食べ続けてしまうの、キリがないわ!」

神様「この子は夢うつつの分別もつかないのかね、あきれた。せっかく盛り付けたのももったいないから、私が食べてしまうことにしよう。」

女の子「待って!減らしちゃだめ!それは、減らしちゃダメなの。誰も手をつけないで!お願い。」

神様「我儘な子だね、……いったい、どうして欲しいっていうんだい?」


男の子「まったく。盲目一途なあたりがじつにらしくてすてきだよ。だが、君はぼくのビーズまでふんだくっていったね、知ってるよ、あの休み時間の時、ぼくが便所に行ってるあいだに、ぼくの筆箱の横についているチャックつきのポケットを開いて、ビーズを盗んだでしょう。便所から教室に帰ってくると、君がぼくの机の上で何かしでかしているのをちょうど垣間見たんだ。やっぱり、ビーズがない。ドロボーめ。……まあ、星くずなんていっくらでもあるから、そんなものは別に困らないのさ、……目に付くのは君のすました態度だ。授業中の君の背中をじっと見ているとだんだんと渦動湧いてきてすいこまれてしまうようだ、君だけじゃない、ぼくだって星くずがおいしいことは知っている、そして、君はこのビーズに価値を見出して検討ハズレなアナロジーを生み出したこと、これも知っている。君は神様にちかづきたくて集めているらしいけれど、本当に校舎には神様なんているのかな。」

女の子「ハッ。……。」

男の子「中央階段の屋上の踊り場に行ったことがあるかい。あそこには、ホコリをかむった使われていない、古い机や椅子が乱雑にたくさん放置されている。じつを言うとあのがらくたでふさがれているせいで見えないのだが、あの壁には扉がついているんだ。ちょっとした倉庫なんだが、がらくたをどかして行くと扉の前までいけるはずだ。そしてがらくだの中には「宇宙人死ね」と落書きされた机がある。机のスミッコに小さく、コンパスの針で彫ってあるやつさ。その机の中に、その倉庫の鍵がかくされている。それで倉庫の中に入ってみるといい。」

女の子「……いやよ、やっぱりだめ。……だって、だめなんですもの、あたしは学校になんか行けないわ。」

男の子「なんだ、ちゃんと分かってるじゃないか。じゃあ、ぼくはこれで失敬するよ。あの倉庫のなかにある星くずはぜんぶぼくんのだ。残念だったね。」

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