モンスター・ストレージ

 翌日、捕獲して肉体言語で話し合った冒険者達が、続々とゴミを捨てに来やがった。

 言いつけ通りに来た報酬として、妖精が宿ったナイフを一人一個ずつ渡す。

 ナイフに注目している間に、ジェル・フェアリーが擬態した枷を着け、ただの妖精を回収して、ブック・フェアリーのページに宿す。


「すげぇ、妖精が宿ってるのか!」

「使っていけば、妖精が魔法を覚えるから、魔法を纏ったナイフとか、になるかも?」

「へぇー。盗賊職には重宝するかも」

「ちなみに、分かっているとは思うだろうけど、他言無用でお願いね。ここに低ランクの冒険者が、楽に強くなれる武器があると知られれば、ギルドやら貴族やらに攻略されてしまうから」

「それは分かってるが、ギルドは既に、ここにダンジョンがある事を知ってるぞ。貴族も二、三日後には下見に来るらしいし」

「ほぉ、貴族が来るのか。でも、入って来るまで貴族かどうかは、ちょっと分からないからなぁ」

「……入って早々でコケさせるの、止めた方がいい」

「何もせずに、家の中を歩かれるのは、ムカつくのよね。アンタ等だって、宿の部屋とか、自分の家の中に、誰かいたらイヤでしょう?」

「まぁ、そりゃそうなんだが……」

「便器に頭から突っ込ませるのは、ちょっとやり過ぎかと……」

「なら、ローション風呂」

「もっとイヤ!」

「勘弁してくれ」

「……冒険者って、わがままねぇ」

「いや、それとこれとは話が違う。精神的にイヤなんだ」

「こちらとしては、入って直ぐ落とし穴でも、一向に構わないんだぞ?」

「だから、肉体的ダメージの話ではなく……いや、もういいです。お願いですからその手に持ったスライムを、投げようとしないでくれっ!」


 冒険者の四人一組を、応接間と変えた室内で相手する。

 生憎と気の利いたモノは無いので、リキッド・スライムとソリッド・スライムの核に妖精を宿し、紅茶やクッキーとして、認識を誤魔化したモノを出す。

 それらを旨そうに食べる冒険者達。ふははっ、テメェ等の戦闘技術は貰ったも同然!

 便秘解消と引き換えよ。タダで食わせる訳ないじゃない!


「今度は自分達で用意してね。ダンジョン生活って楽じゃないから」

「あ、あぁ。……これと同じ、か」

「別に、高い菓子を持って来い、っていう訳じゃないから。普段食べてるような、甘味的な物でいいのよ?」

「あー、木の実とかでも?」

「えぇ、いいわよ」


 ……なるほど、私の記憶で再現した、クッキーや紅茶は贅沢か。

 ま、ダンジョン・ポイントを変換して買えるヤツより、数段上だから、仕方ないわよね。

 本で想像した味覚や視覚、風景等の情報を、妖精がほぼそっくりそのまま再現するの。あと、私が旨いと感じる以上、ここでマズイとは言わせないし。

 中身はスライム何だけど、知らなければ、というか、そうと思わなければ食えるんだし。

 ここは騙されてなんぼのダンジョンだしー。


 さて、雑談も一区切りしたところで、冒険者達には帰って頂こう。


 ゴミの整理をする。

 使えそうな物はモンスター達のオモチャに、使えない物は餌にするの。


「こ、これは……!」


 HPポーションとMPポーションの、空きビン、じゃないな、木で出来た筒があった。中身は空っぽだけど、一滴くらいはあるでしょ。

 早速成分分析して、ポーション的なジェル・フェアリーを作ろう。

 ダメでもポーションの筒を量産。そして中にリキッド・スライムをぶちこみ、汚れが落ちる液体として配るか。

 更に、雑巾に付いた埃を調べ、それから繊維を割り出し、ニスやら木綿とかも造る予定。

 また、汗や唾液から、冒険者を含めた人間達の生体情報を調べ、そいつ等に似せた人形スライムを造ろう。

 そして、人形スライムによるクローンモドキを大量に造り出し、都合の良い軍隊を造るぞ。


 折れた剣、欠けた包丁、燃え尽きた蝋燭の残り、木屑やボロい布切れ等、まだまだある。

 ん? 血糊?

 モンスターかな? 分析して復元しましょう。

 生ゴミ、野菜とか肉とか。分析しよう。


 さて、分析には多大な時間が掛かる。マスターである私の情報は、情報源が多いからどうとでもなるけど、見知らぬ人や動植物は、限られた情報を元にしなければいけない。

 分析や復元を行うジェル・フェアリー達と、迎撃用のモンスター達は分けているから、こんなにも悠長に過ごせる。


 ダンジョン・マスターが外に出られない訳では無いけど、私は制限的に、ダンジョン・コアから離れすぎると、最悪の場合は死んでしまうの。

 かといってコアを持ち出すと、ダンジョンがリセットされる。モンスターの記録は残るけど、召喚したモンスターはダンジョンから出て行ってしまう。リセットした瞬間から、近寄れば元マスターすら食い殺すんだと。怖いわよねぇ。

 一応、コアのレプリカも造ってはいる。でも、何の機能もないガラス玉。


 そうそう、土も元素とかの情報を元に、キロ単位で量産したの。本物と違って元がスライムなので、電気への抵抗はほとんど無い。


『外部からモンスターが侵入しました』


 冒険者以外にも、ダンジョンへとお客さんは来る。

 知能が高いモンスターは、自分がダンジョン・マスターとなるためか、ダンジョンへ自分を売り込みに来る事がたまにあるとか。

 知能が低いモンスターは、群れからはぐれたり、追い出されたりしたヤツ。基本的にはダンジョン内のモンスターに、殺されてしまう。

 また、冒険者の中には、魔獣使いというジョブがあり、偵察としてモンスターがやって来る事もある。

 今回のモンスターは、白い狐。尻尾がモフモフしている。

 出入口付近のスライムが、ローション風呂へと転ばせた。

 それが合図とばかりに、本の壁が形成されていく。

 私は近くで訓練していたジェム・マギカに守られながら、ベッドへと後退する。


「ペットにはちょうど良さそう……」


 形成後、ブック・フェアリーが飛び回るので、白い狐は警戒して足が鈍るだろうね。

 ジェル・フェアリー達にはモンスターに対しても、非殺傷を厳命してある。

 すぐに無限回廊が造られるから、弱らせるのは造作もない事よ。

 ガス・スライムの霧で奥行きを見通しずらくし、光の屈折を調節し、あたかも奥へ続いているように見せ掛ける。

 飛び回っているブック・フェアリーは、攻撃されるとその中身をぶちまける。散らばったページは、ペーパー・クラフトで立体的にすると、ガス・スライムと連携して人間大の機動戦士を顕現させてゆく。まぁ、立体映像的な幻影なんだけどね?

 各武装のSEは、周辺の壁や天井、床、はたまた飛んでいるブック・フェアリーが、金属製の縁取りとかを鳴らして演出。

 見せ掛けの攻撃、反撃や防御時に低音や高音を響かせて、冒険者達をビビらせていくのだ。

 訓練を積んだり、実戦で何度も失敗を繰り返したりしたようだが、最近は映像に合わせた効果音も、細かく出せるようになってきたみたい。

 そのうち、映像に合わせた本当の攻撃と、効果音が繰り出される事だろう。

 まぁ、そういった報告は、ホムンクルスを経由して、私に戦闘記録を流し込む事で把握するのだけれど。

 冒険者が強い場合は、ジェム・マギカと共に出る手筈だし。

 ともあれ、ブック・フェアリー達はレベルに反して技量が高い。

 でも、基本的には幻影に徹してもらうので、バラバラになった瞬間に、ブック・フェアリーの本体である、背表紙と表紙は床の本へと混ざってしまう。だから、幻影を退けても経験値はほとんど入らないと思うのよね。

 ちなみに、ブック・フェアリーのページ同士が連結したりして、ページを重ね合わせていけば、フィギュアやプラモデル並みの稼働域となる。しかも本当に存在するので、攻撃の威力や重みがまるで違ってくるの。

 各ページが武装にも変形するので、武器を弾こうが、切って使えなくしようが、問題は無い。下手すると、切り落とした腕が個別に動き出すだろうから、逆に倒す難易度が上がってしまうかも。


 最高戦力の全力稼働は、伊達や酔狂ではないのだ。



「…………おい、狐は弱ったか?」


 ジェム・マギカの一人に問うと、ホムンクルスを呼び出した。

 ホムンクルスに寄生し、記憶を見る。最初、白い狐はブック・フェアリーに飛びつく。しかし、食べ物じゃないと知るや否や、ペッと吐き出して歩き去り、奥へと進む。幻影が顕現する頃には狐の後ろ姿を見送っていた。

 やがて無限回廊に取り込まれるも、狐は歩き続ける。たまに壁の本に鼻を近づけ、匂いを嗅ぐ。またしばらく歩き、通路の隅にマーキング。コイツ、メスか。

 餌を探してか、壁の本をガリガリと引っ掻いては、狐火っぽい魔法や風属性の魔法を放ってきた。

 次第にムダだと悟ったのか、来た道を帰り始めるも、そこは無限回廊の中である。

 5メートルほどの通路を作って、その内側の床を進む度に巻き戻していけば、簡単にループしてしまう。ランニング・マシンで走る、もしくは、ハムスターが使う滑車と同じで、どんなに動いてもその位置に居続けるの。

 これなら、冒険者達を一人ずつ隔離して、個別に衰弱させる事も可能となる。

 狐はとうとう歩き疲れて、通路の端へうずくまってしまった。

 そして現在に至る。


 水を持って、ジェム・マギカを伴い、私は白い狐の後ろに立つ。


「水が欲しいか? 餌が欲しければ、くれてやる!」


 非常食の中身を狐の側に置き、水が入った器も置いた。

 狐はモソモソと顔を上げ、警戒しつつ匂いを嗅いでいく。


「帰るぞ。……住みかが欲しいなら、食べるといい」


 ジェム・マギカに背後を守らせつつ、私は一旦帰る。

 どうせ、見てても食べないでしょうし。

 ちなみに、水はリキッド・スライムに受肉した妖精。非常食もソリッド・スライムに受肉した妖精! つまり、ジェル・フェアリー!

 期待は裏切らないわよ! なーんつって?


 しばらくジェム・マギカの陣形を考えていると、狐に動きがあった。

 水を一口舐め、非常食を一口食べたようなのだ。


 はい、寄生させると思った? 残念、餌は餌なのだよ!

 そこまで鬼畜ちゃうわ!

 ……いや、まぁ、逃がすつもりがないだろうって、言われたら、その通りではあるけどねー?


 ともかく、白い狐。ゲットだぜ!

 早速寝室まで迎え入れよう。あ、ジェム・マギカは警戒しといてね? 寸でのところで反撃を受けるなんて、よくある事だからさ?


「良く来た。白い狐よ」


 自分で歩いて来たが、狐は警戒しているのか、視線がキョロキョロして、私とジェム・マギカ達とを見比べている。


「ふむ、話せないのは不便だし、ちょっと失礼するわよ?」


 狐の体内にいる、ジェル・フェアリー(非常食)に命じ、狐へと寄生して、聴覚と言語野をこちらの基準に合わせる。

 よし、これで会話が出来る! 半強制だけど気にしない!


「……きゅ? ア、あー? ンんー……ナ……な、何を? したー?」

「言葉が分かるようにしたのよ」

「お前が、このダンジョンのマスター?」

「そうよ。私が悪名高きダンジョン・マスター。この子達は、ジェム・マギカというマギ・ホーリー・クインテットよ」


 せっかくだし、紹介しておこう。私の人間としての構造を元に、人物の再現をしているため、簡単な会話は出来る。

 ジェル・フェアリーが思考しては、段々と成長していくので、戦闘は本の再現止まりだが、そう遠くないうちに応用も出来るようになるわ。


「マドカです」

「……ホムラ」

「サヤカだ。よろしく!」

「私はマミ」

「キョウコだ。食うかい?」


 キョウコ、再現したての板チョコはやめてね?


 クッキーや紅茶の他にも、本の内容から再現したお菓子はある。

 けれど、それらはまだ試作品。私の想像した通りの形にはなっても、味が思ったよりも薄かったり、成分が微妙にズレていたり、中身がスカスカだったりと、散々なモノなのよ。


「キメラみたいな人間達ですー。超キモいんですー」


 尻尾を巨大化させ、横凪ぎに一回転し、私達を壁に叩きつけようとしてきた。

 しかし、マミが壁や天井、床から召喚させているように見せ掛けた、リボン状のジェル・フェアリーで尻尾を拘束し、動きを鈍らせる。その隙にキョウコが、鎖状へと変形する槍を辺りに突き刺して受け止め、サヤカがサーベルにて斬りつけ、気合いで押し返す。


「はわわーっ! 自慢の尻尾がー!」

「抵抗は止めて、ダンジョンの一員になりなさい」


 狐は唸りつつ、思案しているのか、痛みに悶えているのかはちょっと分からないが、首を傾げて引きつった表情をしている。

 動物とかの表情って、分かりずらいわよね。


「ううっ……。勝ち目は薄いですー。……わかりました。お仲間に加えてもらいますー」

「ベネ」


 恐喝とか、脅迫とかでは断じてないわ。


「貴女の名前は……、そうだわねー。……智子ともこ、にしましょう」

「銀狐の智子。露語的にも気に入りましたー」


 白い狐じゃなくて、銀狐なのか。まぁ、どうでもいいや。


『九尾の妖狐(幼体)がモンスターとして登録されました。以降はダンジョン・ブックから妖狐を召喚できます』


 九尾……だと!?

 うずまきさんとこの相棒か? それとも、妖怪と槍使いの物語に出てくるラスボス?

 ともかく、家のペットは強くなりそうね!


「このダンジョンのモンスターになって早々、厚かましいですけど。私の仲間を呼んでもいいですか?」

「ん? 仲間と繋がりがあるの? 別にいいわよ。私が暮らせるだけの広さは、確保してるから」

「ありがとうございますー。お憑かれさんでーす」


 お辞儀して走り去る智子。

 あれって労ってるのかな?


 しかし、通常ならかつての仲間との繋がりは断たれるはず。でなければ召喚やモンスターとしての生活に、多大な支障をきたす。

 スライムや妖精にだって自我はあるからね。突然仲間がいなくなったら、捜そうとするだろうし。

 出歩くダンジョン・マスターなら、以前住んでいた場所に向かう事だってある。

 その時に知り合いから引き戻されたり、敵として認定されたら大変よ。イベント的にはテンプレートだろうけどさ?


「組長殿。わっちが見張ろうぞ?」


 着物を着たオートマトン・スライムが、通路の奥から現れ、そう私に言ってきた。

 この子は他よりも強い自我を得たモンスター。顔立ちは私似ではなく、今までやって来た冒険者達の平均値を割り出した、モブっぽい顔。クリップ式の簪を、ショートヘアーの黒髪に付けている。

 翠色の着物の背中に金と銀の刺繍で、妖精と漢字にて書き縫い、紺色の帯にドスを差す。

 着物の絵柄は水玉模様。履いている一本足の下駄は、木に見せ掛けた鉄下駄。

 懐には扇子と砂が入った巾着袋を常に携帯している。


「仲間になったんだから、疑うんじゃないの」

「しかし、あの女狐。縛りは緩かろうて。ならば寝首を掻く機会を、虎視眈々と狙っておるはず」


 メスの狐だからって、女狐呼ばわり?

 そういう意味じゃないからね?


「特別扱いが気に入らない、と。そう言う事なら、貴女への命令を、智子と同じくらいにまで解除しておく。それで文句無いでしょ?」

「別にそうは言うておらぬ。が、わっちの首輪を緩めるというのは、野に解き放っても後悔しないと?」

「寝首を掻けるもんなら、やってみなさいってーの。最低限でも、ジェム・マギカを倒せるチカラを見せないと。私には触れられないわよ。あ、殺戮は無し、強盗や窃盗も無しね。路銀は自力で稼げ。お土産は期待しない。わかったら行ってよし」

「図書館組の鉄砲玉、義子よしこ。出るぞ!」


 義理人情を欠いては、世の中を渡ってはいけない。って、白髭のお爺さんも言ってたし。


 一人と一匹、仲良く旅してなさいな。

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