冒険者ってモブ臭い職業だよね

 ダンジョンというか部屋にやって来た冒険者は一人。

 中肉中背の男で、腰には剣を差している。着ているのは、プレート・アーマーとかいう鎧だったと思う。


「何故、マスターが……!」


 私を見て驚いている。まぁ、それもそうか。マスターとかは奥に居るものだからねぇ。

 どうしてそんな事が分かるかって?

 記憶は無いけど、知識だけはあるのよ。勝手に思い浮かぶから便利っちゃ便利ね。


 雑兵のような冒険者は、部屋を見回して困惑の雰囲気から、怪訝そうな雰囲気に切り替えて放つ。兜を被っているから、表情が読めないわね。


「何故って、出来立てだから」

「……そうか。なら、死んでいただこう」

「おっと、それ以上踏み込むと危険よ?」

「ハッタリなら無駄--うわっ!? 何だこの床!」


 家に例えると、玄関口から土足で入って来たようなもの何だけど、土間の土が必ずしも固めてあると思ったら大間違い。

 男は、こぼれ落ちていた土に足を取られ、ズッコケてトイレに突っ込む。


 この床は侵入者に対して、摩擦係数が極端に低下する。

 だって安全地帯であるマスター・ルームの床よ?

 その辺の通路や部屋の床と同じなら、安全地帯とは言えないでしょうに。

 最後の砦らしく、この部屋で籠城する事も可能なのよ。その為には敵と味方の識別が最優先に行われる。

 また、籠城する側を破る場合、三倍くらいは戦力差が必要となる。

 いかに強い冒険者でも、一人ならマスター・ルームの室内効果で何とか出来るわ。

 魔法を撃ち込まれても、ここの室内空間は魔法を遮断するから、並み大抵の奴は届かない。

 剣やナイフ、拳で戦う場合は、接近する必要がどうしてもある。そしたら床を踏む為に、基本的には転倒するか、バランスを崩す。

 あとは避けるなり、カウンターを入れるなりすればイケるわ。

 弓矢も室内では軌道が複雑化するので、まず当たらない。


 でも、これは期間限定の効果。


 ダンジョン解放から約一週間のみよ。それ以降は消えてしまう。

 更に、ここは制限付きのマスター・ルーム。たった一時間しか効果が無い。

 相手はただ転けただけで、無傷も同然。

 さっさと追い出さないとヤバい。


「くっ……卑怯な! 二重トラップ。それも非殺傷タイプとは、舐められたものだ!」


 聖水まじりの泥だらけの兜を脱ぎ捨て、床に叩きつける男。


「帰りなさい。今なら引き返せるわよ?」

「ほざけっ! 丸腰のマスター相手に引き下がれるか!」


 二歩踏み出して、再度転倒する。


「貴方も土の養分になりたいの?」

「な……うっ!」


 転んだところの土は、赤黒い上に鉄臭いから、すぐにそれが何か分かったようね。

 そう、私の血よ! たぶん! 私は認めないけど!

 でも、冒険者の男にはそれがマスターの血だとは分からない。だって、マスターも同じ血の通った人間だとは、露ほども思っていないから。

 宝で引き寄せ、モンスターを使って人々を殺す。それがダンジョンを悪と足らしめる由縁。

 放置すれば規模が拡大し、さらに大量のモンスターを召喚するから、主たるマスターは必ず殺さなければいけない。

 それは同じ人間のする事ではない。故にマスターがどんなに人間に見えても人間に非ず。

 だからこそ、この冒険者はチャンスとばかりに、私を殺しに来る。


「土を操るか……厄介な」

「帰るなら、見逃してあげる」

「はっ! 何度も挑発しなくていい! お前はここで死ぬんだからな!」


 む、挑発はバレてたか。

 なら、焚き付けはこの辺でいいか。


 男が剣を構えて、転けるのを警戒してか、土を警戒してなのか、ジリジリとにじりよって来る。

 剣の間合いまであと少し……と、いったところかな?


「ほいっ」

「なぁっ!?」


 私がガラス玉を、冒険者に向かって放り投げると、構えを解いてワタワタしつつ、ガラス玉を受け止める。

 脆いからね、そりゃあ戦利品は無傷で手に入れたいでしょうよ?


「ナイスキャッチ! そしてグッバイ!」


 剣の間合いという事は、私が近づけば拳の間合いとなる。

 でもって、手には本。

 その角で横っ面をぶっ叩く!

 が、そこは冒険者。危機回避能力が高く、避けられた。

 でもね、身を捩ったり、逸らすって事は、重心が崩れるって事になるのよ。


「うわっ!」


 再三、転倒。しないだと!?

 剣を振るってバランスを保とうとしてきたか。

 じゃ、下にかわしてそのまま足払いよ!

 そして、マウント・ポジション。かーらーのっ、角、角、角!

 顔面に執拗なまでに打ち降ろす!


「オラオラオラオラオラオラ!」


 痛いでしょう? 丸みを帯びている分、鈍痛はいやマシよ!

 抵抗の一閃も叩き落とし、ガラス玉を取り落とした拳は表紙で防ぐ。

 ちなみにガラス玉は、土がクッションとなったので無事よ。

 気絶するまでもう少し掛かりそうね。


「まっくのうち! まっくのうち!」


 剣を弾き、両手で滅多打ちよ。兜を脱いだのはミスだったわね!

 しかし、自分一人で言っても盛り上がらないわねぇ。

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