えびのはなし

 ロブスターと呼ばれた男がいた。

 最強のプロレスラーだった。


 赤川健。

 彼は名前に反し、世に生を受けたと同時に病に侵されていた。


 コウラ病。

 正式名称を甲殻状表皮発育異常症とするそれは皮膚が赤く、また固く変質してしまう奇病だ。軽度であれば生涯を通して腕の一部、脚の一部が変質する程で収まるはずが健のそれは違った。症状の進行が異常に早く、重かったのである。


 成人を迎える頃には全身の皮膚がキチン質の甲殻に変質し、更に25歳で両の手がハサミになった。やがて全身の骨格も変質、脚も複数本生え、ついに30歳で巨大なロブスターとなった。


 健はありとあらゆるプロレス技を受けても全くダメージを受けなかった。それもそのはず。健の皮膚は非常に硬かった。だって大きなロブスターだから。


 健はありとあらゆるプロレスラーの身体を巨大なハサミで真っ二つにした。手加減をするような自我はもう残っていなかった。だって大きなロブスターだから。


 健は最強だった。 

 健は無敵だった。

 だって大きなロブスターだから。


 やがて全てのプロレスラーが健のハサミによって再起不能にされ、プロレスは歴史から姿を消した。プロレスが無くなったその日、健は両親の手によって海に還された。


 このような事はひっそりと行えば良いのだが、健の両親は海に還る健の写真を思い出ポエム付きでSNSに投稿なんてしたもんだから世間はこれに対し大変に騒いだ。大炎上した。


 中でもコウラ病患者は特にキレた。滅茶苦茶にキレた。健の親に毎日のように怒りのメンションを投げつけ、また健常者を装ったサブアカウントを作成し、健の親を徹底的に批難した。それでもムカつきは収まらず、健常者全体に対する怒りまで覚え、世に訴えた。


「だからさぁ、元々人間だった訳でさぁ、まぁどこまで人間でどこからがロブスターかなんてわかんねぇっすよ? でもさぁ、親の心とかってあるじゃないっすかぁ? あの人達にはそれが無いのかなぁとか考えるとスゲェムカついてくるんすよねぇ…。なんつーのかな? えっと、例え自我が無くなってもっすよ? ソイツがソイツである事には変わりないわけでさぁ、ほら、痴呆とかも似てません? もうソイツが今までのソイツじゃ無くなっていく訳で、でもソイツには変わりない訳で…。俺らもさぁ、もし症状が進行したらどう思われるのかなぁとか、不安ですよ実際ほんと」


 などと私の対面で管を巻いている男もコウラ病患者なのであるが、目の前に出されている巨大ロブスターのボイルを抵抗なく食べている。コウラ病が世に蔓延した時期と水揚げされるロブスターのサイズが巨大化した時期が近い事を彼はどう思っているのだろうか。


 りょうりはおいしかったです。

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