きらきら星

 パンダ公園にパンダはいない。

 同様に、ニャンコ星にも猫はいない。では何故ニャンコ星はニャンコ星という名前なのか、ふざけた人間が名前を付けたからである。

 新惑星の命名権は発見者に与えられる。しかしながら常々に新惑星が発見される現代において、それでは名付けが追いつかなくなる。故に多くの新惑星の名は一般公募により決定されている。ニャンコ星もその一つであった。


「アナタは良い人だし、経済的にも安定してるわ。でもね、やっぱり出身星名にはこだわりたいっていうか…。なんていうか、その、ごめんなさいね」


 そう告げられ求婚を断られた男の名は鯉ノ堀安行。ニャンコ星出身の出稼ぎ労働者。此度、六度目の破談であった。


 出身星名は配偶者を選ぶにあたって重要視された。例えば、「王」の字が含まれる星出身の者は出世しやすいだの、「博」の字が含まれる星出身の者は知性的であるだの。恐らく当初は冗談か何かであったのであろうが、いつしかから皆が意識するようになり、現在では出身星名により大きなハンデが生じるまでになってしまった。

 特に根拠は何一つ無い。そんな事は皆わかっているのだが意識してしまうのである。また、皮肉な事に、「王」の字が含まれる星出身の者が周囲から「スゲーじゃん」「大物になりそう」「超ステキ」などと煽てられた結果、その気になって仕事に打ち込み、本当に出世してしまう例も少なくはなかった。


 さて、鯉ノ堀に話を戻そう。鯉ノ堀は水質浄化人造魚「ニシキゴイ」の放流職人。三十八歳。職業柄、女性との自然な出会いも無く、いい年をこいているのに独身である。知人からの紹介で女性と知り合い、好い仲になったとしても、決まって「出身星名がふざけてる」という理由で破談という結末を迎えている。

 六度目の破談により鯉ノ堀は荒れた。大いに荒れた。やけくそになった。酒をかぶり、飲み屋の看板を蹴飛ばし、花壇の植物を引っこ抜き、通行人に小便をかけ、叫びながら服を脱いでは走行中の機械馬車に体当たりをし、見事に吹っ飛ばされて両足の骨を折った。全治二ヶ月であった。


 入院中、鯉ノ堀は同じく入院患者の如来瀬寿子という女性と知り合う事になる。如来瀬は活発的で気品もあり、美人であった。如来瀬も鯉ノ堀の事を気に入ったらしく、親密な関係になるのに時間は然程かからなかった。

 しかし好い仲になったところで鯉ノ堀には、どうせ出身星名で最終的には駄目になるのではないかといった懸念があった。何を思ったか鯉ノ堀は如来瀬に自分の出身星名、これまでの自分の情事を打ち明け「いつかキミも別れたくなるよ。だって僕はニャンコ星出身だから」などと捻くれた言葉を吐いた。


「いや、わたし出身星名とか気にしないよ?」


「前に付き合った人もそう言ったけど。結局駄目になった」


「その人はその人でしょ」


「キミだって、今は気にしていないだけだよ」


 如来瀬が何を言っても鯉ノ堀は卑屈な態度を取った。こうなってしまっては埒が明かない。三十八歳の男がいじけている姿というのは非常に見苦しいもので、通常の女性であればそんなもの見た時点で嫌気が差すのであろうが、如来瀬は違った。


 あくる日、如来瀬は「わたしの分は書いてあるから」と一枚の紙を鯉ノ堀の目の前に差し出した。婚姻届であった。


 それを見た鯉ノ堀は大変な安堵感を覚えた。


 ああ、この人は本当に出身星名なんて気にしないんだ。天使みたいな人だ。この天使のような人を疑って、卑屈になっていた僕は大馬鹿者だ。世界って何て素晴らしいんだ。これからの人生は前向きに、この人の為に生きよう。鯉ノ堀は決意した。


 しかしその決意は、如来瀬の出身星名欄に記載された辺境惑星ゲロネズミの文字を見て鈍ることになる。

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