第2話 カップ麺だと思ってお湯を注いだら、ダンジョンだった。2
それからしばらく迷宮を行く。足音は遠く。ただひたすら先へ、先へと進む。
『なにもいませんね。』
噂をすれば影が差す。足音が二人分、聞こえてくる。
「余計なことを言うから」
ああ面倒な。嫌味のひとつくらい言わせてもらおう。
『因果関係を証明できません。私悪くないもん。』
もん、って何だよ。
隧道が交わるところで足音を待ち伏せる。アイナで足を引っ掛けてしまう腹積もりだ。相手が何者であるにせよ、先ずは無力化しようか。言葉が通じる相手だと面白いのだが。
「ル!?」
「ル?フギャ!」
よし、引っかかった。緑の体毛の美しい、小人のような獣人のような存在がふたつ。
「ルル?」
「ル!」
ル、というのがこれらの鳴き声か。なかなか愛らしい。
『ゴブリンです。別名、
ゴブリンと聞いて即座に思い浮かぶ、ギャギャギャとさざめく緑の肌の醜悪な小人とは異なる、柔らかくも愛くるしい姿につい心を奪われる。悪戯妖精達は立ち直るや否や向き直り、手にした武器を構える。前衛が槍、後衛が弓。前衛のゴブリンの、思いのほか鋭い突きに驚く。意識の空白を突くように耳に届く風切り音。
『ま、マスター!?』
驚いた。喉を射抜かれるかと思った。咄嗟に
床を蹴る。
壁を蹴る。
壁を蹴る。
天井を蹴る。
弓を射た個体の背後に立つ。前衛の槍持ちゴブリンが振り向く頃には、後衛は既にアイナの餌食だ。三叉槍を振り抜き、首を穿たれた射手を槍持ちにぶつける。咄嗟のことに、槍持ちゴブリンは槍を放り弓持ちの死骸を抱きとめてしまう。
「ルルル?ルルル?ルーッ!!」
抱きとめて、慟哭する。腰が抜けるように小さな膝を突き、抱きしめた死骸に縋り付く。
哀れにも、槍持ちゴブリンは仲間への情に厚いらしい。だからこそ、静かに一突き、たやすく止めを刺せた。
槍を振るい、血を飛ばす。目前には折り重なるように倒れるゴブリン。傍らに立ち、おもむろに口に含む。美味い。妖精だからか、秋の花の香りを思わせる清涼が鼻腔を抜ける。
『マスター!?一体何を?』
一旦食事を止め、答える。
「弱肉強食。殺したら、食べなくては。」
時間をかけ、喰い進む。咀嚼音ばかりがこだまする。スライムの時と同じく、ゴブリンの体内にも魔石が存在していた。もちろん、食べる。毛皮だけ残して、一匹目を平らげた。二匹目も食べる。
『抵抗感は抱かないのですか?』
「なぜ?」
アイナから息を呑む気配が伝わってくる。芸が細かい。
「奪った命は粗末にするな、と教えられた。釣りに行ったときに。」
『そうですか。』
今度は呆れと困惑が伝わってくる。変わった槍だ。いや、変わった先割れスプーンか。
「っけぷ」
おくびを出す。血まみれの床、血まみれの口元、血まみれの指先。なかなかに凄惨だ。食べ残したゴブリンの毛皮に目をやる。表側ならトイレットペーパー代わりに出来るかも。三叉槍の先に引っ掛けて、乾かしながら歩こう。
探索を再開する。
『マスター、槍先が脂でべたべたになってしまいます。』
「諦めて。」
迷宮の気温は15℃前後。恒温動物の脂なら、じきに固まるだろう。柄まで
「アイナ、迷宮からの解放条件が知りたい。」
『迷宮毎に異なりますが、大まかには三つに分類可能です。』
もしかしたらはぐらかされるかとも思ったけれど、すんなりと答えてくれた。
『最も多いのが迷路型。設定された出口へと到達するパターンです。次に多いのが討伐型。迷宮主と呼ばれる強力な怪物を殺しその魔石を砕くパターン。最後に謎解き型です。謎を解けば迷宮は消滅。囚われた者は解放されます。主にはこの三種で、これらの複合型の迷宮も存在します。』
「この迷宮はどれ?」
推測するに、迷路型か討伐型だとは思うけど。
『討伐型、でしょうか。迷路型は強力な一体の怪物がうろついていて、それから身を隠しつつ出口を目指すのが一般的です。対して討伐型は雑魚から迷宮主まで、幅広い強さと種別の怪物達と遭遇し、これを討伐しなくてはなりません。最奥の迷宮主の間に近づくに従って怪物はより強く、より厄介になる傾向があります。』
討伐型迷宮では、体感での化け物共の強さからおおよその迷宮主の位置・方向が割り出せるということか。興味深い。
「助かる。」
『マスターのお役に立つことが私の喜びです。』
たわいもない雑談を交わしながら、迷宮を彷徨う。ゴブリンは正攻法で強かった。こちらが地力に勝っていなければ勝てない相手だ。比べて、スライムはゲームに例えるなら初見殺し。トリッキーだが種を知ってしまえばそこまで恐ろしくはない。
道の先、迷宮主の存在を予感しながら探索を続ける。
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