熱湯3分!インスタントダンジョン

獅子童 貞臣(シシドウ テイシン)

第1章

第1話 カップ麺だと思ってお湯を注いだら、ダンジョンだった。1

「これはどういうことだろう。」


 百円ショップのすみに積まれたインスタント食品の山から無造作にいくつか取り出して買ってきた中に、それは紛れ込んでいた。


 台所でカップ麺だと思って湯を注いだら、ダンジョンだった。


 お湯を注いで三分経った頃、突然カップから溢れ室内を覆い尽くした深い霧。霧が晴れると、広がるのはdungeon、地下牢獄、地下迷宮。日の光の届かない世界。


 目の前には石をくりぬいて掘られた隧道ずいどう。思ったよりも高い天井、しかし幅は随分ずいぶんと狭い。肌にまとわりつくどこか湿った空気、壁面には原理不明の灯火。体感温度は15℃前後だろうか。小腹がすいたのに、困る。


 思うに、これはインスタントフードに即席迷宮をかけたダジャレなのだ。たぶん一種の愉快犯。whydunitワイダニットwhodunitフーダニットhowdunitハウダニット。誰が、どうやってについてはとりあえず後回しだ。


 次に考えるべきは勝利条件と敗北条件。勝利条件は小腹を満たすこと。敗北条件はここから出られないこと、かな。個人的な勝敗条件が優先されるのか、ゲームマスターに類する存在が定めたクリア条件が存在するのかは、おいおい確かめるとしよう。


 さて、これが家庭用ゲームやソシャゲ・ネトゲにおける一般的なインスタントダンジョン、個別自動生成型ダンジョンと同様であるならば、侵入したパーティーのみでの攻略となる。


 今回パーティーメンバーは自分だけ。つまりひとりぼっち。あるいはソロプレイヤー。よって自分以外のプレイヤーに殺される心配はない。このダンジョンが複数人での挑戦が前提の難易度ではないことを願おう。


 ゲームと異なるのは、これが自分にとって紛れもなく現実である点。ほっぺたをつねったら痛かったので、夢ではないと確認出来た。要は、ここでの死が本物の死となり得る。したがって、油断は禁物。とはいえ、こういう死に場所も悪くはない。


 では攻略を始めよう。まずは持ち物を確認しようか。ええと、武器になりそうなのはカップ麺を食べようと思い持っていた、プラスチックの先割れスプーンがひとつ。身につけているのは部屋着。一張羅。足元にはスリッパ。


 うん、詰んだ。


 まず水がないのが辛い。次に火が使えないのも痛い。そして服が弱い。ぬののふくだ。加えてトイレットペーパーがない。紙に見放されたからといって、手で拭いたり、もったいないからと食べてしまったり、自らの手で掴んだり、そういったことはやりたくない。なんとかしなくては。


 そもそもせっかくの冒険、わくわくの非日常で、餓死や脱水死は望むところではない。死に場所にこだわるなら、あわせて死に方にもこだわりたい。刺身好きが、醤油やわさび、つま、そして盛り付けの器にも一家言いっかげんを持つように。この愚かしさをいとおしいと思う。


 ふぅ、とこぼした溜め息の残響が耳に届く。本当に静かだ。BGMのない降り積もるような沈黙が、ここはどうしようもなく現実なのだと告げる。ゲームのような現実。リアルな不可思議。もしかしたら、ゲームのお約束も通じるだろうか。


「ステータスオープン!」


 しばらく待つ。何も起きない。なんか恥ずかしい。顔が熱くなる。耳に血が集まる。つい、うつむいてしまう。


 ええい、毒を食らわば皿まで。伸ばした腕の先に先割れスプーンを握りしめる。


「装備する!」


 唐突に、強い光が瞳を打ち据える。まぶしい。目を開けていられない。


 先割れスプーンを握りしめていたはずの右手の感触がおかしい。恐る恐る、目を開ける。驚いた。握っていたのは三叉槍さんさそう。先割れスプーンが化けた。Sporkのくせに、生意気な。


 淡く白くつるりとした、継ぎ目ひとつない、やけに軽い槍。右手と槍頭そうとうの間、柄の中ほどに何やら文字が浮かんでいる。


めいを刻んで下さい』


 どうしよう、これ。文字は急かすように明滅している。三叉槍、トリアイナ、アイナ、うん。アイナで。


『承認しました。私の銘はアイナ。これから末永くよろしくお願いします、マスター。』


 長文が浮かび上がった。元が先割れスプーンかよ、とか、心の声に反応した!とか、末永くよろしくお願いされてしまったとか、知性を宿した武器には浪漫ろまんがあるよね、とか、言いたいことは色々浮かんだけれど、まずは一言。


「筆談だと不便。」


『ああ、中性的で素敵なお声ですね。私には目がありませんから、男性か女性かお伺いしても?』


「秘密。」


 なんだこれ、自分は口説かれているのか?そもそも問いの答えにもなってない。けどまあ、いいか。まぶしいのもおさまったし。槍の柄を眺めつつ静かに歩き出す。ぺたり、ぺたりとスリッパで迷宮を踏みしめる。


「アイナ、何が出来る?」


 尋ねるとすぐに返事があった。


『三叉槍に出来ることであれば何でも。』


 それもそうか。一息つく。それで気付く。迷宮にひとり、思った以上に心細かったようだ。


「分かった。これからよろしく。」


『マスターがデレました。』


 柄の文字の浮かぶ辺りを左手で軽く小突く。何故だろうか、アイナに対して当然抱くべき警戒心が生まれない。こんなにも胡散臭うさんくさいのに。


『私はうさんくさくないですよ?良い三叉槍ですよ?』


 良い三叉槍って何だ、良い三叉槍って。にしても、


「槍の柄を見ながら歩くのは不便。」


 ぺたり、ぺたりと足音が響く。


『ではこうしましょう!』


「うわっ!」


 視界の隅に白く文字が浮かび上がる。このやろ。まぁ、便利だから許す。アイナは正体不明。迷宮は実態不明。わからないならさだめない。わからないとわかっておく。思考は流れに似て。囚われよどんだ先に答えを得られるはずもないのだから。


『マスターの寛恕かんじょに敬服します。』


大袈裟おおげさ慇懃無礼いんぎんぶれい。」


 この三叉槍の怪しさに、いつかは慣れるのだろうか。っと、うわっぷ!


「んむー、んー、むー」


 なんだこれ、息が。


『スライムです。普段は迷宮の天井に貼り付いていますが、獲物の呼気、吐息に反応して顔めがけて落ちてきます。鼻と口を塞ぎ対象を窒息させると、そこから体内に侵入し消化液を分泌して食べてしまう、恐るべき化け物です。いそいで引っぺがして下さい。』


 食べられるのはムカつく。ならどうするか。決まっている。食べてやる。幸いにも門歯には自信がある。ぷちり、と喰い破る。口の中に広がる。ずちゅるるる。


『うえぇ!?普通喰い破れませんよ?スライムの表皮は恐ろしく丈夫なのに、どうなってるんですか?マスターの前歯。』


 フフフ、鉗子状咬合かんしじょうこうごうでなければ即死だったよ。肝心の味については、サイダー味でもトロピカル味でもなかった。ただし、とろとろはしていた。最大の懸案事項だった水分も補給出来たし。よかったよかった。おや、これは、コリコリカリカリッと。モグモグゴクリ。プハァ。


『あああああ!魔石、魔石食べちゃったよこの人。』


視界のすみでアイナが五月蠅うるさい。


「慌て過ぎ。口調おかしい。」


 魔石って呼ぶんだこれ。ナッツみたいに脂っこくてほの甘くてカリカリしてて、うまかった。アイナは驚き過ぎて素の口調でも出たのかな、筆談なのに器用な。まあいいけど。


『体、なんともありませんか?』


「む。おいしかった。」


 それなりにおなかも膨れたし、美味しいものも食べられた。これで個人的な勝利条件は満たされた。にもかかわらず帰れない。これはゲームマスター側のクリア条件が満たされていないのか、あるいは黄泉竈食ひよもつへぐい、冥府の物を食すと冥府の民となる、なのか。だが、いずれ判ること。今は先へと進もう。

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