Chapter 4 ウィークエンド

 その次の日曜日。私が世界王者になってから、1週間が経過した。

「行ってきまーす」

「行ってらっしゃい。……期待してるわよ」

「そんな何も起きないって。昨日も言ったじゃん」

「ほら、行った行った! 出陣じゃー!」

 この前耀太を家に呼んだ時、未月が提案した。

「お姉ちゃん、デートとかしないの?」

「デート?」

「だって、いっつもカードばっかりしてるんでしょ? たまにはそうじゃなくて、普通にデートしたらいいのになーって」

「あのさぁ……さっきも言ったけど、私達付き合ってるわけじゃないの。だからデートも何もあったもんじゃないの」

この小6は本当に恐ろしい。どこでそんなことを知ってきたのか、こと恋愛に関しては高2の私よりずっと詳しい。

「あっ、いいわねそれ! 未月、やるじゃない!」

「ちょっ、お母さん!?」

お母さんに賛成されると、いよいよ救いがなくなる。デートなんて柄じゃないし、第一こんなに女子力のない私が耀太の隣を歩いたら、耀太に大恥をかかせることになりかねない。

「耀太くんみたいないい子と一緒に出かけたら、女子力? も上がるかもだし。今度の週末にでも行ってきなさいよ、瑠奈」

……反論材料が全くなくなってしまった。

 というわけで、私は駅へ向かっていた。

「……何かめっちゃ緊張する……」

完全に夏だというのに、鳥肌が立っていた。

「この格好恥ずかしいし……」

家にある数少ないスカートを履き、デコルテを見せたTシャツではない何か(という認識でしかないほどの無知であった)を着ていると、露出度が増すせいでかなり恥ずかしい。

「早く来てよ……」

1人でいると、心臓がもたない。耀太といる方が落ち着いていられる。……としては、おおよそ最悪な状態だった。

「横井さーん!」

名前を呼ばれ、振り向く。いつも通りの格好いい服を着た耀太が手を振っていた。私はすぐに駆け寄った。

「ごめんね、待たせちゃって……って、やっぱりそういう服も持ってたんだね」

「全然着てなかったんだけどね、こんな骨董品。……何か露出多くて恥ずかしいんだよね、これ」

「そうかな? かわいいと思うけど……」

かわいい。その言葉に、はっとした。私は、普段着ない服を着ているのが恥ずかしかったわけでもなければ、露出度が高いのが恥ずかしかったわけでもない。これを着ている感想を言われるのが、恥ずかしかったのだ。

 私だって、この服がかわいいことは知っている。着ていると、かわいいと言われることも知っている。かわいいなんて言われ慣れていない私からすれば、そう言われるのが、何より照れくさい。私の感情はそういうものだった。

 「どこ行く?」

「横井さんが決めなよ」

「じゃあ……カラオケでも行く?」

「オッケー」

男女の立場が若干入れ替わっている気もしたが、そんなことを特に気にして(気づいて)いない私達は、カードショップに行くのと同じテンションでカラオケに入店した。

 「それでは2階の206号室になります。当店はワンドリンク制となっておりますので、お部屋に入られましたらご注文の方よろしくお願いします」

エレベーターで上がり、廊下をまっすぐ進む。206号室は廊下の突き当たりだった。

「さてと……何頼む?」

着くなりメニューを開き、羅列されたドリンクの名前を眺める。

「うーん……僕はピンクグレープフルーツジュースかな」

「おっ、それ何かよさそうじゃん。私もそれにしよーっと」

タッチパネルをいじり、注文する。そしてそのまま一曲目を入れた。

「ん、一曲目入れてくれるんだ?」

「うん。耀太、一曲目歌うキャラじゃないでしょ?」

「まあね……誰かが最初に歌ってくれた方がありがたいかな」

耀太の心を知っていても、恋に発展しそうなシチュエーションに導けない。それでも、まだ大丈夫。1枚から世界一になった、その過信が、恋にも適用されてしまっていた。

 「お待たせしました、ピンクグレープフルーツジュースです」

しばらくして、頼んだジュースが運ばれてきた。

「ありがとうございます」

「どうもー」

ドアが閉まる。テーブルの上に置かれたジュースを改めて見て、私は愕然とした。

 1つのグラスに注がれたピンクグレープフルーツジュースに、ストローが2本刺さっている。……206号室にいる私達は、付き合っているものだと誤解されたようだった。「粋な計らい」のつもりなのだろうが……違うんです、私達は。

「……耀太、どうする……?」

「まあ、これで飲むしかない……よね。頼み直すのも何か申し訳ないし」

「うん……」

喉もそれなりに渇いていた私達は、お互いに顔を見合わせると、グラスをテーブルに置いたまま、ゆっくりと顔を近づけた。そしてストローに口をつけると、目を瞑ってジュースを吸い上げた。

「……」

「……」

2人は終始無言だった。無選曲状態で流れるVTRのBGMが、ここまではっきりと聞こえたことは後にも先にもこれだけだった。

 「あっ、ちょっとゴメン」

耀太のポケットが鳴り、目を開けた耀太の視線はまずスマホに注がれた。

「……!」

耀太の顔がどんどん青くなる。

「耀太?」

「……横井さん、ゴメン!」

耀太は財布を取り出し、1500円を無造作に置くと急いで部屋を飛び出して行った。スマホも置き忘れていた。

「耀太!? ちょっと、スマホ忘れてるって!」

私も急いで部屋から出て、エレベーターの方を見たが、階段を降りる足音だけが聞こえていた。

 スマホを忘れてしまった耀太に、連絡できるわけもなかった。そしてその日は、もう耀太と会うことはなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る