Chapter 2 バトルモンスターズ

 「起立。礼」

日直の号令に合わせて、皆が一斉に頭を下げる。そして、「ありがとうございました」の大合唱。放課後を迎えた。

「じゃ、行こっか」

「おっけー」

教室を出て、ロッカーで靴を履き替え、地元のカードショップへ向かう。学校帰りに私達がよくすることだ。……というよりは、私達の接点は、クラスが同じということ意外はほぼそれしかない。縦横合わせて15センチ。周囲の長さ30センチ。そんな小さな紙で、私達は繋がっている。

 「そういえば、新弾の発売日って今日だったよね?」

「えっ、昨日でしょ? だから私、日曜日なのに早起きして買いに行ったの。新弾のカード、デッキに入れてるよ?」

「あれ、そっか? じゃあもうシングル並んでるかな」

会話もこんな感じだ。もしかすると、いやもしかしなくても、この関係で恋心を抱く私はどうかしているのかもしれない。

「でもさ、ショップにいる人達きっとびっくりするよね」

「そうかなー?」

「絶対そうだよ。横井さん、世界一なんだから」

穏やかな彼の目が、微笑みで線になった。

 「いらっしゃいませー」

店員さんの挨拶はいつも通りだった。そこそこの常連であると自負しているが、聞いた話ではカードショップ店員というものは実はかなり忙しいらしい。店員に用があるわけでもないのにわざわざ構う暇もないのだろう。

 壁一面の、そして本棚のように配置されたショーケースを抜け、テーブルの並べられた対戦スペースへ向かう。そこには既に多くのプレイヤーがいた。

「……あっ!」

その中の1人が、私を見て小さく叫んだ。そして向かいにいる対戦相手の人に何かを囁いた。

「うわっ、ホントだ!」

周りに座っていた人達も、次々に私に

「あの、横井さんっすよね? 握手……の代わりに対戦いいっすか?」

「じゃあその次俺で!」

「俺も!」

次々に手を挙げられ、たじろいでしまう。

「あっ、えーっと……とりあえず、座ってもいいですか?」

何故かおずおずと席に着く羽目になった私は、カバンからカードケースと、ゲームをする時のために使うマットを取り出した。

「じゃあえっと……最初の方、よろしくお願いします。……ゴメンね耀太、他の人とやっててもらってもいい?」

「うん。大丈夫だよ」

他の人でもいい。私から言わせたようなものなのに、いざそう言われると、全く意味は違うのに寂しさを感じずにはいられなかった。

 「最初はグー、ジャンケンポン」

ジャンケンで先攻と後攻を決め、手札を引く。試合開始だ。

「じゃあ、俺先攻で。〈竜神りゅうじん意志いし〉使います。効果で〈竜神りゅうじん預言よげん〉を手札に加えます。……」

後攻を取った私は、まずは相手の人の行動を見守る。

「……じゃあ、これでターン終了で」

相手の人が1ターンで築き上げた布陣は、なかなかに強力なものだった。だが、私にしてみれば、それは簡単に崩せる陣形だった。

「じゃあまず〈台風たいふう〉を使って、お互いの場のカードを全て破壊します。続いて手札の〈月人魚ムーンメイド―フルオネ〉の効果を使います。……」

周りの人達は皆、私のカードを凝視していた。世界大会優勝者はこういうものなのだと、この時何となく感じた。

「では最後に〈月人魚ムーンメイド―シャークレセント〉で攻撃します」

「かーっ、やっぱり強いっすね……ありがとうございました」

あの時よりはどう考えても規模が劣っているが、より近い拍手がそこにあった。

 私の使うカード「月人魚ムーンメイド」は、1枚からどんどんカードを使っていき、そのターンで勝負を決めるという戦法を得意としている。そんなカードを長く使っているせいか、私はついつい「まだ大丈夫」と思うようになった。良く言えば焦らず、悪く言えば後回しにし出したということだ。――耀太といつまでも友達のような関係であり続けて、なかなか恋人同士へのステップに踏み出せないのも、そういうことかもしれなかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る