第7話鴨川土手

「すばらしいお母さんですね」

「おじいちゃんの一人娘。おばあちゃんは

3年前に亡くなって、おじいちゃんは去年」


「静江さんは一人娘?」

「いえ、兄が東京にいます」

「そうですか」


二人は鴨川土手を静かに歩む。向こう岸の

桜も散り終えて柳の緑が映えている。


孔明は川面へ下りた。手で水に触れて

すぐ戻ってきた。


「綺麗な水ですね。私の古里はあまり

綺麗な水ではありません」

そう言って孔明は微笑んだ。


「9月にアメリカに?」

「ええ、シリコンバレーに住みます。

たぶん、永住すると思います」


「お母さんは悲しみませんか?」

「それは大丈夫です。親戚がたくさんいますから」

「そうですか」


「それに、これからは中国とアメリカは益々親密

になって行き来も容易になるでしょう。私も毎年

帰ってきますし、親戚もどんどんアメリカに遊びに


来れるよう、アメリカに地盤を築くつもりです。

もう、そういう人たちが一杯います」


「日本は飛び越えて?」

「ええ、そうですね。でも私の付き合っていた人は

アメリカは遠くて永住するのはいやだといいました。

開かれた人だと思っていたのですが」


「開かれた人?」

「そう、もちろん日本に限らずどの国でもあるとは

思いますが、色んなしがらみの中で、それを乗り越

え開いていく人と、どうしてもそれができない人と」


「ええもちろん。いろんなタイプの人がいるとは思

いますが。そのしがらみの程度にも・・・・」


「開かれた人というのは、そのしがらみを

マイペースで努力して開いていく人のこと

です。そういう人たちに囲まれていると

幸せだとは思いませんか?」


「それは、そう思いますが。もしそうでなければ?」


「やはり、皆が傷つきうまく行きません。一人でも

そうでない人がいれば。特に親兄弟親戚の理解が最重要

でしょうね。私達の所は積極的に応援してくれます」


「でもあなたの恋人はそうではなかった」


「今では恋人でも何でもありません。彼女の両親は猛

反対をしました。日本でもそういう人は多いですか?」


「そうですね。そのほうが多いでしょうね。特に親に

してみれば。開かれた親は希少価値があると思います」


「苦しい心の葛藤」


「そう思います。それでも戦う姿勢があれば、二人で

力をあわせて何とかなるとは思いませんか?」


「一度しかない人生」

「そうそのとおり。一度しかない人生」


二人はそこで声を立てて笑った。



四条通を烏丸まで歩き地下鉄で京都駅へ向かった。

二人は新幹線のホームで名残を惜しむ。


列車到着のアナウンスがなると孔明は内ポケット

から小箱を取り出した。静江はびっくりして見つめる。


孔明は箱を開けて中の指輪を静江の薬指にはめた。

列車が入ってくる。孔明はグッドと右手の親指を立てて

ウィンクをする。列車の扉が開き人が降りてくる。


発車のベルがなる。孔明は白い封筒を静江に手渡して

列車に飛び乗った。


「後でゆっくり読んでください。さようなら」

「わかりました。さようなら」

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