第28話「BE BRAVELY!!」

『ただいま正午五分前、これよりイベントクエスト【結実けつじつへの意思】……第八次【エンシェントハング】攻略戦の開始をカウントダウンいたします。お集まりのプレイヤーの皆様、再度装備やアイテムの御確認をお願いいたします。繰り返します――』


 天より舞い降りる運営チームの公式アナウンスを、耳をつんざ咆哮ほうこうさえぎった。ついに終末の魔龍が玉座ぎょくざより舞い上がり、上空を旋回して……徐々にその巨躯きょくを、決戦の地へと近付けてくる。

 それを見上げて、【ロード・ブライダリア】が剣を構え直した。


「もうこんな時間か。では、決着を付けさせてもらう。不正プレイヤーを一掃いっそうして、イベントは正しく運営され……そして世界は存続する。私達の理想郷ユートピアは守られ――!?」


 すさ怒龍どりゅうの声も、【ロード・ブライダリア】の言葉も緋瑪ヒメには届いていなかった。

 は徐々に増え、幾重いくえにもつらなり緋瑪の視界を埋めてゆく。気付けば、寄せられるおもいは爆発的にふくれ上がって……緋瑪は静かに、得難えがたい三人の仲間を得た時のように、だまってイェスを念じてひとみを開く。

 瞬間、無数の光が集束しゅうそくし、エンデウィルがまばゆく輝き出した。

 思わず突然のことに、【ロード・ブライダリア】の【オーバーロード・ステッチ】が途切れる。傷付いた身を震わせていたヒメも、サユキもアルも驚きに思わず立ち上がった。


 それは、【プレイシェアリング】がもたらすエンデウィルの光。


 一人で果敢かかんに【ロード・ブライダリア】と対峙たいじし、必死で不器用な想いを言葉にして仲間を守る緋瑪へ……傍観ぼうかんする多くの同胞どうほうより響いた共鳴。緋瑪はいま、幾千いくせんものプレイヤーと【ブライダリア】を共有する人間として、【ロード・ブライダリア】へとエンデウィルを向ける。

 その先にあしらわれた彫像の天使は、花びらのように六枚の翼を広げて抱く石をかかげた。

 静かにエンデウィルの声が響く。


「【ロード・ブライダリア】……今、マスターは無数の人々と【ブライダリア】を共有しました。貴方あなたならわかるはずです……【プレイシェアリング】が、ただゲームを自分だけの形へと分岐ぶんきさせてゆくためのシステムではないことを」

「馬鹿な……では、私は【ブライダリア】の民に、プレイヤーに拒絶されたということか!?」

「違います。ただ、マスターがこの場の多くの方から共感を得て、好意を持たれただけ……しかし今、私はその集う想いを力にすることができます。はばむ貴方を退しりぞけ、創造主そうぞうしゅさだめた結実に向うために」


 エンデウィルを飾る天使の彫像より、輝きのやいばが天をく。

 緋瑪の右手に今、光の槍が握られていた。


「フッ、フハハハ! そうか、少年に皆が……よかろう! システム上、死ぬことのない私を打ち倒し、その想いを【エンシェントハング】にぶつけてみるがいい」


 暴風を大地へ叩き付け、嵐をまとって銀翼の魔龍が【ロード・ブライダリア】の背後へと舞い降りた。ぐるり囲んだ冒険者達が、抜剣ばっけんひらめきと共に足を踏み鳴らす。興奮の坩堝るつぼと化した中で、最後のイベントクエストが始まろうとしていた。

 緋瑪は今、多くの者達から共感を得ることができた。しかし同時に、それが全ての総意ではないことも知る。冒険者達は口々に、どちらへつくべきかでめていた。

 だが、それで充分だと緋瑪は思う。確かなことは、雑多ざった様々さまざな想いを――【ロード・ブライダリア】や仲間達、そして緋瑪自身の想いを乗せて、物語は結末へと向うということだけ。

 寄り添い並んだサユキや、アルにうなずいて、緋瑪はヒメと視線で言葉を交わす。

 後はもう、すべきことを為すだけだった。

 【ロード・ブライダリア】は揺るがず、緋瑪の前に立ちはだかり続ける。


「諸君の考えていることは解っている。【ステッチ】による一点突破いってんとっぱ……それも最高難易度の四人による【クアドラブル・チェーン・ステッチ】で」


 【ロード・ブライダリア】に応えるわりに、再び四人の足元から光が舞い上がる。それはすぐに頭上に魂石ジュエル魂花ペダルの紋章をきざみ、互いに呼ばうように結び付く。

 【クアドラブル・チェーン・ステッチ】……それはパーティの全員が響き合う四重奏カルテット。数ある【ステッチ】の中では、単純だが最も難易度が高い。テンポ良く全員が続けて攻撃をするだけ……しかし、攻撃の意志を持つ強敵へとなると至難を極めた。


「【ロード・ブライダリア】ッ! 貴方はこの世界に自分を重ね過ぎたっ!」


 地を蹴るヒメがあか閃光せんこうとなって疾駆しっくし、【ロード・ブライダリア】へと肉薄する。すかさず繰り出された両刃りょうば大剣たいけんが、ヒメを切り裂くべく迫った。だがヒメは、迷わず迫るやいばぶ。猛スピードで通過する剣の上を、前転の要領で転がりけ、着地と同時にこぶしを放った。


「ほほう! 厄介やっかいなものだな、これだから廃人はいじんプレイヤーは……しかし君も、やりこんだ人間ならわかるはずだ。クリアボーナスとして現実になど還元かんげんできぬ程のものを、この【ブライダリア】で積み上げてきたということを」

「僕がこの世界で得た物は、数値じゃ、ないっ! 全部残らず、僕の現実へ貰っていく!」


 ヒメの拳をてのひらで受けて、軽々と片手で【ロード・ブライダリア】はねじりあげた。骨のきしむ音に頬をゆがめて、ヒメが身をよじる。

 【ロード・ブライダリア】は自分を呼ぶ声に気付いて、手放すと同時にヒメを袈裟斬けさぎりで一閃いっせんして蹴り飛ばした。

 そして、王と騎士の一騎打ちが始まる。


「真っ向勝負っ! 【ロード・ブライダリア】、お覚悟っ!」

「君もこの世界でなら、勇敢ゆうかんで気高い騎士でいられる。なにが不満なのかね?」

「世に歌い終わらぬ叙事詩じょじしなし! 我が冒険の英雄譚えいゆうたんも今こそ、大団円だいだんえんを向える時っ!」

「ふむ、ならば別のキャラでまた、この世界を生きればよい。なにもこの世界を終わ――」

問答無用もんどうむようっ! 乙女おとめの祈り、今こそ剣に宿やどれ! 最終奥義さいしゅうおうぎ・【狼牙蒼雷剣ろうがそうらいけん】っ!」


 【ロード・ブライダリア】の言葉をさえぎり、両手で青眼せいがんに構えたアルが突進した。振りかぶる刀身とうしんあお雷光らいこうまとい、さながら蒼穹そうきゅうを切り裂く迅雷じんらいごとえた。

 ――だが、聖騎士パラディン究極の必殺技を、難なく【ロード・ブライダリア】は大剣で受け止め、カウンターの一撃が浴びせられる。ちがざまに払い抜けた二人を勝敗がわかち、膝を突くアルの手の中で剣が粉々に砕け散る。

 それでも。

 ステッチサクセス――捨て身の一撃にサユキが続く、そのことを告げる相棒の声を聞いて、緋瑪はよろよろと走り出す。その手に相変わらず、実況を叫びながら自分をふるい立たせるエンデウィルを握って。


「次は……君か、レディ。君も見たところ、随分と【ブライダリア】に時間を、手間を……なにより愛をそそいできたのではないかね? それを何故なぜ、これからも甘受かんじゅし続けようとしない」

「どんなにグラフィックが進化して、サウンドが良くなって……こうして全感覚を投影とうえいできるインターフェイスになっても! ゲームはいつでも、いつまでも、お遊びなのよん? 本気で遊べるからっ、ゲームなんでしょう!」


 幼子おさなごに言い聞かせるように、サユキは【ロード・ブライダリア】に応対しながら魔法を実行する。彼女の持つ術の中でも最強の地属性大魔法【アンバーコフィン】が発動した。みるみる黄金おうごんの鎧を纏う体躯たいくが、爆発的に生えて育つ大樹たいじゅに飲み込まれる。その中心で琥珀こはくの結晶に閉じ込められても、【ロード・ブライダリア】の表情はすずやかだった。


「ふむ、それで? 最後は少年、君の番だ。さあ、やってみたまえ」

「――ステッチサクセス! マスター、今です! 私を全力でっ」

「うんっ! やってみる……やりげるっ!」


 今や光の槍となり、その先端は光そのものとなったエンデウィル。彼女を真っ直ぐ構えて、緋瑪はよたつく足で懸命けんめいに走った。内より砕いて琥珀のひつぎを出るや、生い茂る巨木を軽々と伐採ばっさいする【ロード・ブライダリア】……その長身へと、真っ直ぐ吸い込まれてゆく緋瑪。

 冒険者たちが見守る中、公式アナウンスの声だけが響き渡る。


『ただいま正午一分前、これよりイベントクエスト【結実への意思】……第八次【エンシェントハング】攻略戦開始のカウントダウンを開始いたします。59、58、57――』


 秒読みの中、永遠にも等しい一秒を重ねて緋瑪は走る。


「ふっ、恐ろしいバグだな、少年。【プレイシェアリング】に連動して威力の上がる武器。当ればどんなモンスターとて倒せるだろう。だが、私はGMゲームマスター。システム的に死なないのだよ」


 公式アナウンスの声も、口元をゆがめて笑う【ロード・ブライダリア】の声も緋瑪には届かない。ただ、無心にエンデウィルを【ロード・ブライダリア】に突き立て、全力で押し込んでゆく。貧弱ひんじゃくな筋力きんりょくパラメーターが悲鳴を上げて、各種補正に体が燃えるように熱い。

 【ロード・ブライダリア】へ……その背後にそびえる、【エンシェントハング】へ向って。

 カウントダウンを聞きながら、いよいよ幕切れと剣を振り上げる【ロード・ブライダリア】。勝利を確信した彼は、見下ろす魔術師マジシャンセキトの手の中で……むべき結末が世界の永続えいぞくを裏切る声を聞いた。


「――! ヒメは続いて体術を使った! ……【ロード・ブライダリア】。全てが思う通りに進む、予定調和よていちょうわの力におぼれましたね。私は今、貴方を貫き【エンシェントハング】へ……創造主そうぞうしゅさだめた未来へとかえります!」


 緋瑪は視界の隅で、真っ赤な影がゆらりと立ち上がるのを見た。

 血相を変えた【ロード・ブライダリア】の声を掻き消すように、緋瑪はありったけの声で叫ぶ。


「では、最初の一撃は――しかし、私が抜かれることなど論理上、ありえないっ!」

「やってみなくちゃ、わからないっ! ……ヒメッ、わたしを助けて……!」


 もう一人のヒメが、走り出す。

 徐々に加速して、小さな拳を引き絞る。


「おおおっ、ブチ抜けぇぇぇっ!」


 ――究極奥義きゅうきょくおうぎ石砕花散拳せきさいかさんけん】。

 それは蒼雷の騎士ブリッツェン・リッターが友の最強スキルへおくった名。

 【クアドラブル・チェーン・ステッチ】の最後をかざる補正で強化された筋力と運動性が躍動やくどうし、限界まで高められたパラメーターがヒメを弾丸だんがんのように押し出した。音の速さを超えた拳は、正確にエンデウィルの石突いしづき真芯ましんとらえる。

 苦し紛れに投げ付けられた【ロード・ブライダリア】の大剣がかすめ、ヒメの三つ編みがほどけて乱れ髪が舞い上がる。それも意に返さず、ヒメは全力で拳を突き出した。爆発的な力でエンデウィルを押し込まれて、【ロード・ブライダリア】は二人の緋瑪ごと背後の【エンシェントハング】にたたきつけられた。

 淡々とカウントダウンが続く中、光の中で緋瑪は死力を尽くす。

 気付けば、エンデウィルを握る手にヒメの手が重なっていた。

 二人で握るエンデウィルが、ゆっくりと【ロード・ブライダリア】を貫いてゆく。


『ただいま正午三十秒前。29、28、27……』

「ばっ、馬鹿な……演算が、処理が追いつかぬ。オーバーフローなどと……」


 するりと静かに、緋瑪の手の中をエンデウィルがく。ただなめらかに抜けてゆき、目の前の【ロード・ブライダリア】を突き抜け……その背後で石像の様に硬直する【エンシェントハング】を穿うがつらぬく。緋瑪は気付けば、ヒメの手に手を重ねて力を込めた。


『03、02、01……これよりイベントクエスト【結実への意――』


 不意に、手の中の感触が消えた。

 気付けば緋瑪はヒメと手を握り、二人で後に倒れこんでいた。あわてて並んで上体を起こせば、そこには呆然ぼうぜんとした表情で背後をゆっくりと振り向く【ロード・ブライダリア】。そして……イベントクエスト開始と同時に、断末魔だんまつまを上げて天へとほええる【エンシェントハング】の姿があった。

 そして、エンデウィルの声だけが優しげに響く。


「【ロード・ブライダリア】……私と同じく創造主に生み出されし、この【ブライダリア】を見守る存在だったモノよ。私が『未来』を託されたように、貴方は『現在』を与えられました。しかし、使命に忠実すぎた貴方は、それを『永遠』と思い違えてしまったのですね」


 静かな声は、徐々に小さく細くなってゆく。


「皮肉にも貴方は、貴方が最も愛した【ブライダリア】の力、【プレイシェアリング】により破れたのです。それは『世界の共有』であると同時に『祈りを支え合う想い』なのだから……多くの未来を願う祈りに、貴方の妄念もうねんが貫かれたのです」


 【エンシェントハング】の巨体が、一撃で静かに霧散むさんしてゆく。それを見て、ガクリと【ロード・ブライダリア】が膝を突いた。


「お別れです、マスター。皆さんへ、そして【ブライダリア】に生きる全ての民へ……私の持つ会話ログの中から、もっとも多く蓄積ちくせきされた美しい言葉を贈ります。さようなら、そして」


 ――

 最後に派手なエフェクトをらして、【エンシェントハング】が消え去る。残ったのは巨大な宝箱……それは触れずとも勝手に開き、オルゴールが素朴な音楽をかなではじめた。

 緋瑪はただ、黙ってヒメと手をつなぎ、エンディングテーマを聴いた。

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