第27話「王にして僕たる力」

 ――GMゲームマスター、それはネットワークゲームにおける摂理せつりの代行者。

 その意に反することは世界への反逆であり、その身へ牙をくことは世界を否定すること。だが、あるべき世界の姿がゆがめられていると感じる。だから、迷わず緋瑪ヒメ達は【ロード・ブライダリア】にいどむ。


「よろしい、では諸君にエンディングを……終わりを望むものに相応しい最期さいごを与えよう。この私が自らの手で」


 緋瑪は初めての対人戦闘に、おくすることなく思念しねつむいで術式じゅつしきを組み立てた。サユキも同様に、最大級の魔法を振るうべく高速で術式を構築こうちくしてゆく。後衛こうえいを守るように剣とたてを構えるアルも、いつでも飛び出せる状態でステップをむヒメも……四心合一ししんごういつ、自然と阿吽あうんの呼吸でその瞬間を待った。

 誰もが皆、湧き上がる光に己のたましい具現化ぐげんかし、各々おのおののシンボルを頭上へと輝かせる。全員の最大の攻撃力で【ステッチ】をつなげば、もしかしたらGMでも……

 しかし、 緋瑪達は信じられないものを見て絶句した。【ロード・ブライダリア】の足元から一際まばゆい光が立ち上り、それは見慣れた形を宙へとえがしてゆく。

 ログイン時のアイコンで御馴染おなじみの、宝石に花びらをあしらったシンボルが浮かび上がった。


「我が魂こそは、【ブライダリア】そのもの。諸君、今までありがとう。せめて最後まで、この【ブライダリア】を……【石花幻想譚せっかげんそうたん】を楽しんでくれたまえ。私に【ステッチ】を使わせるのは、諸君が初めてなのだから」


 怒りも憎悪ぞうおもなく、ただ粛々しゅくしゅくと。【ロード・ブライダリア】が剣を構えるや、無造作に歩んでくる。威風堂々いふうどうどう、その歩調には微塵みじんらぎがない。しかし確かに、己の敵をあっする気迫が静かに放たれていた。


「マスター、皆さんも……待って下さい! GMは、【ロードブライダリア】は――」


 エンデウィルの声をさえぎるように、【ステッチOK】のメッセージが視界を流れるや、それが消え去るより早く四人は地を蹴った。

 ――はずだった。

 ガキン! とはがねる音がにぶく響き、アルの左手から真っ二つになった盾が転がった。きたえられた業物わざもの容易たやす両断りょうだんした【ロード・ブライダリア】は、その一太刀ひとたちの威力をさらに増し、辛うじて剣で受けたアルを吹き飛ばす。

 助けに入ろうとした緋瑪はその時、【ステッチ】が成功するエフェクトを【ロード・ブライダリア】がまとうのを見て息を飲んだ。


 ――単身一人で【ステッチ】を!?


 まばゆい光に黄金おうごんの鎧をきらかせながら、【ロード・ブライダリア】は返す刀でヒメの胴をいだ。鮮血の代りにダメージエフェクトをほとばしらせて、ヒメが視界から消える。ステッチサクセスを続ける【ロード・ブライダリア】は、そのまま白い顔凍りつかせたサユキを斬り伏せ、ゆらりと緋瑪に向き直った。

 弱々しいエンデウィルの声が小さく震える。


「マスター、【ロード・ブライダリア】は……

「そう、これがGMだけに実装された【オーバーロード・ステッチ】だよ、少年」


 片手で軽々と、巨大な剣が振り下ろされた。一撃で真っ赤に染まる視界の中で、頬を緩めて【ロード・ブライダリア】が微笑びしょうこぼす。それは、圧倒的な力を持つ者特有の、弱者に向けられたあわれみの笑みだった。


「ほう、他の者達は兎も角……一番最後の、一番高い攻撃力補正の一撃を受けて死なないとは。週間で随分とレベルを上げたものだ、少年。しかし、性急せいきゅうなレベルアップはこの世界の楽しさを損なうこともある。だが、悪いことではない。楽しみ方は皆、自由だ」

「一週間……? どうして、それを」


 エンデウィルを全身でかばうようにきながら、瀕死で緋瑪は後ずさった。周囲からは、【ロード・ブライダリア】の神業かみわざ感嘆かんたん賞賛しょうさんの声が上がる。


「私はこの世界の存続のため、【エンシェントハング】からエンディングデータだけを抜き出した。そのデータの始末に困っていたが……少年、ちょうど君がキャラクターを自動作成しているのを発見して、その演算処理えんざんしょりにデータを放り込んだのだよ」


 【ロード・ブライダリア】の種明かしに、緋瑪の仲間たちが立ち上がる。


「くっ、そうか、それでセキトさんのキャラデータがバグって、固定装備に……」

「友よ、大丈夫か!? サユキ殿にセキト殿も、無事か。ぬぅん、立てよ我輩わがはいっ!」

「一つ忠告するわ、【ロード・ブライダリア】……勝ちにおごって喋り過ぎるとね、みょうなフラグが立つのがお約束よん? それにね……説明好きは小物こものっぽくてよ!」


 すでに数値的な体力は皆、二割を切ってレットゾーンに突入していた。わずか一度、【ロード・ブライダリア】が剣を振るっただけで、である。ゲームバランスを逸脱いつだつしたGMの圧倒的な力を前に、緋瑪の仲間達はあきらめない。

 ならばとトドメの一撃を振りかぶる、【ロード・ブライダリア】の前へと緋瑪は転がり出る。必死の想いを力に変えた、その術式をエンデウィルが叫んだ。


「マスターは魔法を使った! 【プロミネンスウォール】、発動! 【ロード・ブライダリア】、今なら間に合います。こんなことはおやめなさい! 私と貴方あなたは――」

「みんなは、やらせな……こんどは、わたしが守るっ!」


 必死で術式を組み立てる、そのれるような思念しねんを右手のエンデウィルが加速させる。即座そくざに覚えたての魔法が実行され、みなぎる炎の壁が【ロード・ブライダリア】の剣を受け止めた。しかし容易たやすく切り裂かれると同時に、再び【ステッチ】のエフェクトが走る。

 GMだけに許された、終ることなき孤高の剣舞けんぶ――【オーバーロード・ステッチ】。


「ほほう。昨日あのあと、急いでレベルを上げて覚えたとみえる。だが、いかなそのつえの補助を得た防御魔法ぼうぎょまほうであっても、私の剣を止めることはできんよ」


 【ステッチ】はかさねるたびに威力を増す……先程より重い一撃がおそい、かろうじて間に合った緋瑪の魔法と相殺そうさいする。再度顕現けんげんする炎の壁は、その都度つどあっけなく切り崩された。必死で脳裏に文字を追い掛け、高速で術式を処理する緋瑪の意識がまされてゆく。エンデウィルのアシストも限界を超え、それでもなお……はじくたびに攻撃力を増す、不遜ふそんな王の剣を受け続ける。

 ぜる業火ごうかの中で零れる、緋瑪のつぶやき。


「なぜ……どうして?」

「初心者にあずければ、期間内に【エンシェントハング】へ到達する可能性は低い。少年、まさか君がこんなに短期間で急激に強くなるとは思わなかった。無論、その杖がデータ的に複雑な変数の重複ちょうふくを起こすことも……私のめの甘さを、己の手で今、清算せいさんする」

「違う、そんな話聞いてない! どうして……どうして、こんなことまでして。この世界を!」

「ここが、こここそが理想郷ユートピアだからだよ、少年。ここではあらゆる努力がむくわれる。それは自信となり、あらゆる人間の現実世界をささえるだろう。少年は経験しなかったかね?」


 絶え間なく炎の障壁しょうへきめぐらし、それを次々と破られながらもあらがう。気付けば緋瑪は、目の前で止まらぬひとりの【ステッチ】をきざむ【ロード・ブライダリア】に叫んでいた。


「それは、わかります。でもっ、それはここが、【ブライダリア】がゲームの世界だから!」

「そう、だが人は求めているのだ……結果の保証された、確かな未来の約束された世界を。それが一時のゲームでも、そこに身を置くことで安らぎ、いやされる……違うかね?」

「【ブライダリア】は居心地がいいし、結果は努力を裏切らない。でもっ、だからこそっ、ちゃんと最初からさだめられた通り、最後の結末を迎えなきゃいけないの! それは……多くの人が積み上げて来た、限りあるもう一つの現実だから」


 魔法を実行するたびに緋瑪は、自分の体力がられてゆく疲労感によろめいた。しかし、極限までたかぶる感情が驚異的な集中力と精神力を発揮はっきし、補正されたパラメーターはエンデウィルと連動して恐るべきスピードで術式を実行してゆく。


「わたし、わかる。人のこと、ずっと苦手だったから……ここには本当に、人が生きて暮らしてる。最初は怖かった……余りに【ブライダリア】の人がリアルで」


 気付けば周囲は静まり返っていた。しかし緋瑪は、そのことにも気付かない。


「ここでは努力は結果を裏切らない……それだけが現実と違って。現実は時々不条理ふじょうりで、理不尽りふじんで。なにより自分が手を伸べる先が不確ふたしかで。でも、だから可能性かのうせいなんだと思う」

「マスター! 私達の処理速度を【ロード・ブライダリア】の【ステッチ】が上回りま――」


 一際ひときわ甲高い剣戟けんげきの音が響いて、咄嗟とっさにエンデウィルで受けた緋瑪が大地をえぐって後ずさる。

 だが、倒れない。

 直撃を避けてなお、ギリギリ残った体力が大きくがれたが……それでも魔術士マジシャンセキトは、【ブライダリア】でまだ生きていた。そして、緋瑪の心もまだ折れてはいない。


「わたしは、安寧あんねいとした世界よりも、可能性の世界を……現実を選ぶ。なにより、今日まで【ブライダリア】に生きて暮らした、みんなにも、選んで欲しい。楽しいゲームだから、ゲームを生き抜き、現実の自分に少しほこれるように……ちゃんと、終らせてあげたいっ!」


 瞬間、緋瑪の視界を小さな、どこかなつかしいシステムメッセージが走った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る