第26話「理想郷を背負うモノ」

 ネットワークゲームを遊ぶものは古くより、不正な行為チートに手を染める人間を嫌悪けんおする。それは一種の正常な拒絶であり、無限の自由度を誇る【石花幻想譚せっかげんそうたん】でも同じことだった。自由とは、それを享受きょうじゅできるルールがあり、その存在を意識せずとも守ることだから。

 【プレイシェアリング】に関するシステムには触れない、触れられない……それだけが、このゲームの不文律ふぶんりつだったのだ。


諸君しょくん! 私達運営チームは、諸君がこの【ブライダリア】に付け加える、さまざまな可能性を迎え入れてきた。無限に分岐ぶんきするこの世界は、それだけの余地があるのだ……それを支えるのは、【プレイシェアリング】に他ならないっ!」


 そうだそうだ、と野次やじが飛んだ。【ロード・ブライダリア】に追従ついじゅうする声は次第に伝播でんぱんしてゆき、またたに決戦の地を埋め尽くす。しかし、その言葉にとなえる者がいた。

 白黒モノクローム賢者セージ、サユキだ。


「私達の疑問にも答えて欲しいわね、【ロード・ブライダリア】。何故なぜ、わざわざこんな手の込んだことをしてまで、私達を……エンデウィルを消し去ろうとするのかしらん?」

「そうだ……我々は乙女おとめつえをもって、【エンシェントハング】から欠落した要素を補完せねばならんのだ!」


 はげしくいきどおるアルを手で制して、静かにサユキが言葉を続ける。しかし、んだ声音こわねには、ありありと怒りの色がにじんでいた。


「当ててみせましょうか? まず、正規の手法で不正プレイヤーを処罰できないのは……これが貴方あなたの独断だから。本当は運営チーム自体はまだ、エンデウィルにも、【エンシェントハング】の不具合にも気付いていない。どう?」


 ぼんやりとだが徐々に、緋瑪の思考が頭をめぐって形をかたどり始める。その頼りなげな身体を支えてくれる、ヒメの手が肩に熱かった。

 サユキの詰問きつもんは続く。


「運営チームのサポートなしに、GMゲームマスターの権限だけで不正プレイヤーを摘発てきはつするには限度がある……ま、摘発する気はないのよね? 分岐不可能ぶんきふかのうなイベントに誘い出して、そして――」


 サユキの言葉の先を飲み込んで、【ロード・ブライダリア】は静かに笑った。それはおだやかで、とても緋瑪達をだましておとしめた人間とは思えない。


「いかにも。私は諸君たち【ブライダリア】の敵を、全力を持って排除する」

「敵? 私達が? どうしてかしらね……自分が世界の総意そういであるかのような、その言い草は聞き捨てならないわ。ハッキリおっしゃい! 私達が貴方の敵だと」

「違うな、レディ……私達が、私とこの場に集いし者達が、そして終末しゅうまつにさらされたこの世界の全てが【ブライダリア】なのだから。諸君等はなのだよ」


 【ロード・ブライダリア】が目の色を変えた。その理知的りちてきな表情はいささかも変わらないが、緋瑪はてつく視線に触れて戦慄せんりつする。

 ゲームのキャラクターというには、余りにも生々しい情念じょうねん……狂気きょうき妄執もうしつほとばしる。

 同時に緋瑪達の視界内を走る、鮮血せんけつごとき真っ赤な警告けいこくメッセージ。それはGMたる【ロード・ブライダリア】の権限によりキャラクターデータにきざまれた、不正プレイヤーの烙印らくいんだった。咄嗟とっさにメインメニューを視界に広げて緋瑪は絶句する。

 暗く点滅を繰り返すセキトの名前は、不正プレイヤーであることを示す表示だった。


「ログアウトしてくれても構わんよ……ただ、もう二度とログインできると思わないで欲しい。私が、何より私の愛する【ブライダリア】の民が、諸君を拒むだろう」

「どうして……どうして、こんなことするんですか? こうしてみんな、エンディングを見るために集まってるのに。わたし達なら、【エンシェントハング】を元に戻せるのに」


 震える声で緋瑪は、【ロード・ブライダリア】へうったえた。肩に乗るヒメの手に手を重ねて。緋瑪にはまだ、これも何かのゲーム的な演出ではないかとのわずかな望みがあった。


「元に戻す必要はない……、少年」


 微塵みじんの迷いもない、極めて断定的な響きだった。

 重々しい沈黙を、アルの声がようやく震わせる。


「では、【エンシェントハング】より乙女おとめを……エンデウィルを引き剥がしたのも」


 【ロード・ブライダリア】は無言で大きくうなずいた。

 多くのプレイヤー達は一様いちよう戸惑とまどっていた。会話のログをたぐりながら、緋瑪達と【ロード・ブライダリア】のやりとりに注視している。憶測おくそくが飛び交い、雑多な感情が蔓延まんえんしてゆく中、彼等彼女等かれらかのじょらは【ロード・ブライダリア】のときこえを聞いた。


「諸君! この場に集いし諸君! 我々はこのような、【ブライダリア】の根幹こんかんまげげる醜悪しゅうあくな武器がなくとも……彼等のような不徳の者達の手を借りずとも、【エンシェントハング】におくすることなく立ち向かう! 立ち向かい続ける!」


 怪しげな杖を持つ一団と、それを糾弾するGM……両者を天秤てんびんにかけた誰もが、片方へと信用と信頼を上乗せしてゆく。長い運営の歴史を背負った【ロード・ブライダリア】の言葉は、カリスマ的な説得力ばかりか、一部のひねたプレイヤーにすら演出だという錯覚さっかく誤解ごかいを与えていた。

 次第に四方から寄せる熱気が敵意てきいに変わるのを感じて、緋瑪達は自然と身を寄せ合う。しかし緋瑪の背後で、毅然きぜんと顔を上げて己の意思を伝える声があった。赤い三つ編みが揺れて、その声の主を緋瑪は見上げる。


「【ロード・ブライダリア】……先程、このゲームにエンディングは必要ないとおっしゃいましたね」

「無論。この世界は、【石花幻想譚】はコンテンツとしても利益を上げ続けてきた。こうして今も多くのユーザーが集ってくれるのは、この【ブライダリア】が素晴らしいからに他ならない。理想郷ユートピアなのだよ、【ブライダリア】は。そして私は、この世界の王にしてしもべなのだ」


 左右に軽く目配めくばせして、小さなうなずきに後押しされる形でヒメが歩み出た。怒号どごう罵詈雑言ばりぞうごんが飛び交う中、真っ直ぐ【ロード・ブライダリア】を見据えて言葉を選ぶ。


「どんなゲームにも終わりはきます。エンデウィルは……エンディングは、その終わりを豊かなものにするために存在するんです。僕は僕のケジメの為に、現実へと立ち向かうため……エンディングを目指します」

「では今すぐログアウトしたまえ。それが君の、君だけのエンディングだ。私の、私達の世界を巻き込むようなことはやめて欲しい」

いやだっ! 好きな人の面影おもかげを、このキャラをこんな世界に置いたまま……放り出してはいけない。何よりこの【ブライダリア】が好きだから。それが僕のっ、結実けつじつへの意思だっ!」


 ヒメが両の拳をかたく握り、ドン! と地面を踏み締め構えた。震脚しんきゃくにひび割れ揺れる大地に、サユキとアルが並ぶ。その姿は、GMを前に藻掻もがいて足掻あがくに等しい。取り巻く熱狂が過熱して渦巻き空気を沸騰ふっとうさせた。


「エンデウィル、いこう。わたし、あの言葉を現実で聞きたい……それに」


 この【ブライダリア】のことが好きになったから。

 緋瑪は泣き笑うエンデウィルをしっかりと握り締めると、三人の仲間達に並んで【ロード・ブライダリア】に向き合った。

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