第25話「審判の刻」

 山頂は思ったよりも広く、そして平らだった。さも、ここで戦ってくださいと言わんばかりに開けている。ゲームのファイナルステージなれば当然かと、軽く周囲を見渡す緋瑪ヒメ

 周囲には一つだけ、天に屹立きつりつする巨大な岩を見た。

 ――あれは何だろう?

 疑問を胸中きょうちゅうつぶやく緋瑪を、巨大な影がおおった。ひしめき合う冒険者ぼうけんしゃ達からざわめきが起こり、傍らの【ロード・ブライダリア】が天を仰ぐ。

 弱々しい陽光に白銀しろがねうろこを輝かせて、巨大なドラゴンけた巨岩の玉座ぎょくざへと舞い降りた。

 終わりとはじまりをつなぐ者、最後にして最強の魔龍――【エンシェントハング】。

 その名をナレーションが読み上げたのは、緋瑪が初めて【ブライダリア】の土を踏んだ日のことだった。今ははるか昔に感じるが、銀翼を広げた巨躯きょくまたたく間にとき間隙かんげきを埋めた。


 ついに、ここまで来た……エンデウィルの切なる願いを、その祈りをたずさえて。多くの仲間達に支えられ、その事をわずかながら素直に受け止められる自分になって。緋瑪はエンデウィルの視線を感じて、表情を引き締めた。


「正午、イベントクエスト開始までは間がある。丁度いい、少年」


 静かに冒険者達を睥睨へいげいするエンシェントハングの前へと、【ロード・ブライダリア】が歩み出る。その背に続く緋瑪は、一度だけ仲間達を振り返った。文明と文化をことにする、無限に分岐した【ブライダリア】から集った冒険者達。その中で、ヒメやサユキ、アルといった仲間が真っ直ぐ見詰めてうなずいてくれる。

 総身そうみが震えて足がすくむが、笑うひざに力をこめる緋瑪。熱を感じる頭の奥に、今までを思い出し、これからを強く念じる。仲間達のはげます視線に微笑びしょうで応えて歩き出す。

 緋瑪を隣に迎えて、【ロード・ブライダリア】は声を張り上げた。


諸君しょくん! 最後の戦いへとさんじてくれた、あらゆる世界の勇者ゆうしゃ諸君! この【ロード・ブライダリア】、決戦を前に諸君に伝えなければいけないことがある!」


 マントをひるがえして【ロード・ブライダリア】が振り返り、居並ぶ冒険者達を一望いちぼうする。その横で緋瑪も、高鳴たかな鼓動こどうを胸の上からおさえながら身を正した。


「今の今まで、勇猛果敢ゆうもうかかんなる諸君等と共に戦ってきたが……我々は敗退はいたいかさねた! 見よ、この恐るべき魔龍を……これこそが【ブライダリア】最後の脅威。今、我々は全力で挑む……その前に。私は諸君の王として、しもべとしてなさねばならないことがある」


 時は来た――誰もが固唾かたずを飲んで見守る中、緋瑪はエンデウィルとの短い日々を思い出していた。峰人ミネトとの奇妙なえにしで始まった、緋瑪の秘密のゲーム……その結末けつまつをエンデウィルは影ながら現実世界へとみちびいてくれた。だから緋瑪も、彼女をあるべき場所へ――


 瞬間、緋瑪は硬く大きな手で右腕をつかまれ、グイと大勢の前へ突き出された。


 その耳朶じだを、信じられない一言がたたく。


「この【ブライダリア】で人々のきずなを結び、意思を共有し、おもいをうむいで無数の世界を生み出すことわり……何人なんぴとたりとも犯せぬ不可侵ふかしんの【プレイシェアリング】が今、!」


 呆然ぼうぜんと緋瑪は、高々と吊り下げられたセキトの中で言葉を失う。

 ――【プレイシェアリング】を、悪用? 誰が……


「この【ブライダリア】は、諸君が自由に世界観を構築し、改良し、そしてそれを共有し合う世界! その中で唯一ゆいいつ、その根幹こんかんたる【プレイシェアリング】の機能そのものだけは、カスタマイズが許されていない……では、この見慣れぬつえは何だ! ……何だと思うね?」


 一度【ロード・ブライダリア】が言葉を切ると、周囲の視線がエンデウィルに殺到さっとうする。異口同音いくどうおんささやかれる「なんだあれは」「見たことねぇ」等の声が追従ついじゅうして、緋瑪の思考能力しこうのうりょくうばっていった。


「この杖は! 【プレイシェアリング】を結んだ数だけ力を増す武器! ……私があずかるこの世界、【プレイシェアリング】は……無闇みやみに力をむさぼるための機能ではないっ!」


 【ロード・ブライダリア】は背の大剣へと手を伸べ、そのつかを握った。


「残念だが、最後のイベント前に……この世界の根幹をおかした、許しがたきを……私はGMゲームマスターとして、処断しょだん、するっ!」


 軽々と緋瑪は宙へ放り上げられた。同時に剣を両手で構えた【ロード・ブライダリア】がえる。冒険者達はただ、呆気あっけに取られつつもGMの言葉に、なにより見慣れぬ杖という確かな証拠を前に沈黙していた。


「エンデウィル……何で? どうして――」

「【ロード・ブライダリア】ッ! 貴方あなたという人は、何故なぜ……何故、私と同じ創造主そうぞうしゅの――」


 茫然自失ぼうぜんじしつの緋瑪が重力につかまり、その身体が落下を始める。同時に、視界のすみ真紅しんく閃光せんこうが走った。


「【ロード・ブライダリア】! これは……これはっ、どういうことですか! セキトさんは不正プレイヤーなんかじゃない。今の現状は運営チームでも把握はあくしているのでしょう!?」


 ヒメが地を蹴って、んだ。身をよじって首を巡らせれば、見慣れた色違いの自分が両手を広げている。ヒメは空中で緋瑪を抱き留め、突き上げられた【ロード・ブライダリア】の切っ先を紙一重かみひとえで避けた。

 おとぎ話の姫君のように、緋瑪を抱いたヒメが叫ぶ。


「昨日、言ったじゃないですか。【エンシェントハング】の不具合ふぐあいを、ゲーム側から僕達をアシストして修復するって……だからこうして……」


 周囲に駆け寄るサユキが不敵に笑う。

 同時に、アルもまた表情を険しくしていた。


「ヒメ、つまり簡単なことよん? 【ロード・ブライダリア】は……GMは、。何故かって? 答は一つしかないんじゃないかしらん?」

「【ロード・ブライダリア】、説明を求めるっ! もし仮に、セキト殿に不徳ふとくがあるのなら、どうして昨日の段階で適切な処置をほどこさなかったのか! ……そもそも、セキト殿になんの不徳があろうものかっ!」


 ざわめく冒険者達の中から、サユキとアルが躍り出していた。その手はもう、魔導書まどうしょを開き剣を手にしている。二人の間に下がってヒメは、うろたえおののく緋瑪をそっと大地へと下ろした。

 緋瑪達は、このゲームのGMである【ロード・ブライダリア】と対峙する形になっていた。他の冒険者達は口々に疑問を言い合い、突然のことに混乱しながらも……最終決戦前の興奮も手伝って、無責任な声が飛び始める。

 【エンシェントハング】だけが、ただ静かに人間達を見下ろし、イベントクエスト開始の瞬間を――結実けつじつときを待っていた。

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