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第23話「決戦の朝」

 ――昨夜、就寝後しゅうしんごに夢を見た。

 点と点でしかない記憶が線を結んで、徐々に輪郭りんかくあらわにする過去。今、【ブライダリア】の最後の日へと意識をとうじる緋瑪ヒメは、意識が【ユニバーサルネットワーク】へと吸い込まれてゆく感覚の中に夢のリフレインを見る。

 緋瑪は確かに半年前、峰人ミネトを助けたことがあったのだ。

 それは緋瑪にとっては、人として当然のことだった。そのことを思い出して、やっと合点がてんがいった。緋瑪は当初の目的を完遂かんすいしたとも言える。

 峰人はその時のことをずっと胸に秘め、自分の中で反芻はんすうして温めてきたのだ。そしてつのる一方的な憧憬どうけいはやがて、より純粋な好意へと昇華し――


「そしてヒメが生まれたんだ。この【ブライダリア】に。エンデウィル、わたし解ったよ」


 一筋の光となって、緋瑪は決戦の朝に舞い降りた。混雑する王都の中央広場は、不思議といつにない静けさに包まれていた。誰もがもくして己の中に、最後の力を溜め込んでいるようでもあり、それを解き放つ瞬間をびているかのよう。

 すでに売り込みの声をあげる露店商ろてんしょうも、仲間を募集して叫ぶ冒険者ぼうけんしゃはなしない。


「おはようございます、マスター。わかったって、なにが……あ、やっと気付きました?」


 右手の中の声は落ち着いていた。今日という日のためにただ、未熟みじゅくな初心者の緋瑪を支えて来たエンデウィル。彼女はすぐに持ち主の意図を理解し、その目的が達せられたことを喜んでくれた。


「見ててずっと、ヤキモキしてました。で、マスターはどうするんですか?」

「わからない、けど……いやじゃないよ。ただ」

「ただ?」

「ヒメが……峰人ミネトくんがそうするように、わたしも現実でこたえを出さなきゃいけないと思う」


 今日を起点に、明日から新しい日々が始まる。それを受け入れ、峰人は立ち向かっていくんだと緋瑪は思う。だから自分も、踏み出してみたい。失敗を恐れず、失敗するとあきらめずに……極度の人見知りな自分の手で、おのれを閉じ込めたからを破るのだ。


「どうなるかわからないけど、やってみるつもり……峰人くんにも、ちゃんと向き合う。こっそりだまってヒメについてくんじゃなく、峰人くんに直接向き合うよ、わたし」

「マスター、随分とお強くなられましたね。この世界で二人の結末が見られないのは、私は少し寂しいですけど……でも、どんな結果であれ、それが一番だと私も思います」

「ありがと、エンデウィル。じゃあ、行こう」

「はいっ! いざ、最終決戦の地へ……最終クエスト【結実けつじつへの意思】へっ!」


 一人と一本がささやかに、しかし確かに気炎きえんをあげる。その声を吸い込む空はどこまでも青く晴れ渡っていた。


「……で、エンデウィル。そのクエストもやっぱり、冒険庁ぼうけんちょうで受けるのかな?」

「【結実への意思】はイベントクエストなので、ちょっと違うんですよ。それで皆さん、こうして広場で船を待ってるって訳で……あ、今サユキさんが降りてきました」


 先ほどから散発的に光が舞い降り、中央広場に集う冒険者達は増えてゆく。緋瑪はその中に、白黒モノクローム麗人れいじんを探してひとみを凝らした。人混みの中へと、恐る恐る分け入って探してみれば……その姿はすぐに見つかり、エンデウィルの挨拶に振り向いた。


「サユキたんインしたお! おはようございます、サユキさん」

「おっ、おはようございます」

「あら、二人ともおはよ、お疲れちゃん。んー、あらためて見ると中華風ちゅうかふうもいいわネ」


 そう言って緋瑪に目を細める、サユキの姿も今日は普段とは違った。普段とはネガポジ反転したように、今日のサユキのドレスは黒が基調きちょうだ。フリルもレースも二割り増しといった感じで、緋瑪が言葉を失っていると「私も今日は勝負服しょうぶふくよん」とサユキは笑った。


「ところでセキトくん、公式アナウンスで私達のこと、何か言ってなかったかしらん?」

「えと、わたし達も今さっき来たところですけど、まだ、ないみたいです」

「そう。現地で直接、私達の事を発表するつもり……そういう演出を試みてるの、か」


 サユキは一人つぶやいて、己の身を抱くように両のひじを手で包む。そうして思案しあんの海に沈む彼女を、緋瑪は少しだけ不安げに見詰めるだけだった。自然とエンデウィルを握る手に力がこもる。

 そんな緋瑪を見て、サユキはいつもの笑みを浮かべるだけだった。


「ん? ああゴメンね、ちょっと昨日から気になってるのよ。【ロード・ブライダリア】の昨日の言葉が、ね」

「あ、あの、わたし達のことを、おおやけにするって」

「そ。だからてっきり、公式のアナウンスがあるんじゃないかと思ってたんだけど」


 周囲を見渡し、サユキはそれがまだなされていないことを察したようだ。もし、アナウンスがあったなら……落ち着かない様子の緋瑪は、一気に【エンシェントハング】を倒す切り札として認知されてしまうだろう。こんな場所でうろうろしていようものなら、あっと言う間にみくちゃにされてしまう。


「あるいは……アナウンスできないのか。本当に運営は、事態を把握したのかしらん?」

「そ、それって、つまり」

「んー、まあ考えすぎだとは思うけどね。でも、なーんか引っ掛かるのよねん」


 そう言うとサユキは、いつもの知的な笑みを浮かべた。しかし今だその優雅な微笑びしょうの奥に、疑念が渦巻いているのを感じる緋瑪。

 サユキが案じていることとは、いったい?

 思い切ってそのことを聞いてみようと緋瑪が口を開いた瞬間、天からもはや御馴染おなじみとなった声が響いた。抑揚よくように欠く事務的な、落ち着いた声音こわねのそれは運営チームの公式アナウンスだった。


『皆様、大変お待たせいたしました。これよりイベントクエスト【結実への意思】……第八次【エンシェントハング】攻略戦に向けての移動を開始していただきます。指定された船で、目的地に【絶島ぜっとうコーラルナリア】を選択してください。イベントクエストは本日午後零時れいじ、正午に開戦かいせんとなります』


 同じアナウンスが二度、ゆっくりと繰り返された。しかし、それ以上は何も言わず、天からの声が止むや辺りは騒然として誰もがみなとへ殺到し始める。

 やはり、エンデウィルや緋瑪達に関しては一言も触れられなかった。


「ふーん、ナルホド……ま、行ってみるしかないか」


 そう言ってサユキは、一瞬だけ表情を引き締めた。普段の陽気で飄々ひょうひょうとした雰囲気が影をひそめ、その瞳の光は鋭くなる。が、それも次の瞬間にはいつもの笑顔に戻っていた。


「あの、サユキさん」

「うん、今の公式アナウンスでも、私達のことについては何も言わなかったじゃない? それってやっぱり、運営チームは――」


 その先をサユキは言わなかった。

 緋瑪はただ、不安げにその端整たんせいな横顔を見詰める他ない。しかし、その頼りなく見上げる視線に気付けば、サユキはそれ以上この件に関しては触れなかった。

 ただ、エンデウィルだけが緋瑪のきりを払うように言葉をつむいだ。


「【ロード・ブライダリア】は誰よりも、この【ブライダリア】を……【石花幻想譚せっかげんそうたん】を愛してます。それだけは、長らく共に見守って来た私には解ります。彼は純粋な存在ですから」


 全プレイヤーの王にしてしもべ……自らそう言ってはばからない、この世界のGMゲームマスターである【ロード・ブライダリア】。そのGMとしての働き振りを良く知るからこそ、サユキはいぶかしくも思うのだ。


「ま、結局は出たトコ勝負って感じかな? 運営チーム的にはもう、それしか手がないってとこまで切羽詰せっぱつまってるのかもしれないし……それをさとらせないためにも、【ロード・ブライダリア】の手で……って感じでどう? ね、ヒメ?」


 サユキは緋瑪の背後に同意を求めた。

 舞い降りる光が赤毛の拳士モンクかたどる。

 自らサユキの次に【石花幻想譚】に詳しいとうそぶいた廃人はいじんプレイヤーは、すらりとした身を現出させるなり大きくうなずいた。


「とりあえず【ロード・ブライダリア】が優秀なGMってのは確か、かな? たった一人で、この広く無限に分岐ぶんきした【ブライダリア】を治めてるんだからね。一説には中の人が……つまり、担当者が複数人いるとも言われているし」


 ポン、と緋瑪の肩を叩いて、ヒメが話の輪に加わった。定型ていけい挨拶あいさつも今は素直に緋瑪の口からこぼれ、それはお決まりの文句の中に確かな温もりを閉じ込める。


「いつでも二十四時間、休む事無くこの世界の秩序を守るGM……それが【ロード・ブライダリア】。普段は絶対にプレイヤーに直接干渉することがないから、だから昨日はみんな驚いたって訳さ」

「なるほど、じゃあ、やっぱり……」

「きっとセキト君、最終決戦に参加する全プレイヤーの前で【ロード・ブライダリア】に紹介されちゃうわよぉ! 『最終決戦の切り札こそが彼である』とかなんとか言ってね」


 サユキの言葉を想像してしまい、緋瑪は血の気が引くのを感じた。今も多くの冒険者達が港へ向っており、【ブライダリア】へ降りてくる光は止む気配がない。

 いつもの調子で動悸どうきが高鳴り、早くも呼吸が浅く早くなるが……自分を落ち着けるように緋瑪は、胸に手を当て小さく深呼吸を一つ。


「わたし、今日は大丈夫、だと思います。エンデウィルの願い、かなえたいから」

「そう、美しき婦人のために戦ってこそ騎士!」


 不意に聞き慣れた声が響いて、三者さんしゃ三様さんように最後の仲間を迎えた。振り向くとそこには、いつにも増して丹念たんねんみがかれた鎧を輝かせるアルの姿があった。

 彼は芝居しばいがかった口調で虚空こくうへと手を伸べ、なにかをつか仕草しぐさでうっとりと台詞せりふを選び続ける。


「【ロード・ブライダリア】の御旗みはたの元に、今こそセキト殿に並んで立ち上がるべし……全ては乙女おとめの祈りの為に。嗚呼ああ蒼雷の騎士ブリッツェン・リッターとして生かされてきた全ては、この日のためにあったのだ」


 すでにログイン直後から、アルは一人だけクライマックスだった。


「ええと……そろったし、行こうか」

「まあ、エンデウィルは適当に付き合ってあげてね。あれでテンション上がるらしいから」

「だって。ふふ、しっかりね、エンデウィル」

「はい、マスター! では、えー、ゴホン! お待ちしておりました、蒼雷の騎士殿」


 こうしてアルの小芝居に付き合いながら、いつもの四人は揃って港へ向う。緋瑪は普段の緊張や恐怖、心細さとは全く違う興奮をわずかにだが感じていた。

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