第22話「最後の買い物、最後の結論」

 【交易都市プロイリス】――【ブライダリア】でも最大のアイテム流通ジャンクションは、最終日を明日に控えて冒険者達であふれかえっていた。NPCノンプレイヤーキャラクターが経営する武器屋や防具屋は、運営チームにかわって長年にわたる愛顧あいこの感謝をうたい、売り尽くし閉店セールで大賑わい。

 緋瑪ヒメ達は昼食を挟んだ後、最終決戦に備えて装備品を物色しにこの地をおとずれていた。


「そうか、武器はエンデウィルがいてくれるから買わなくてもいいけど……」

「はい! 防具はそろそろ買い換えたほうがいいですよ、マスター……むしろ、どうして今まで初期装備で放置してたんですか」

「いや、だって……その、着替えるんでしょ? この、【ブライダリア】でも」

「そですよ、当然じゃないですか。ほら、あっちに魔術士マジシャン用のローブ類があります」


 仰々ぎょうぎょうしい鎧兜よろいかぶとや、いかにも装飾華美そうしょくかびな衣装が所狭ところせましと並ぶ。防具屋と言っても、足を踏み入れてみれば品揃え以外は現実世界の店とそう変わらない。ましてこのように、プレイヤーの経営するユーザーズショップともなれば、買い物も手続きぜんとした事務的な作業ではまされなかった。

 緋瑪は混雑する店内を、相変わらずおっかなびっくり身をちぢめて歩く。


「ちなみにマスター、午前中にガッツリ稼いだので、今までの貯金と合わせればかなりいい防具が買えますよ!」

「今、わたしっていくらくらい持ってるの?」

「フェルで200k、不要なアイテムを全部売却すればさらに50kは増やせますが、こっちは明日使う消費アイテムのたぐいに使いましょう」


 kはキロ、つまり1,000である。エンデウィルが言うには緋瑪の総資産は、現金に換算すれば25万フェルほどらしい。それが実際、どれ位の価値なのかは、いまだにピンとはこない。ずらり並んだ防具の値札ねふだを見てもピンキリで、なにがどう価値があるのかが解らない。


「うーん、さっきお昼ご飯のついでに、ネットで検索してくればよかったな」


 ズラリ並んだ、民族博覧会みんぞくはくらんかいもかくやというローブ売場の前で緋瑪は溜息ためいきをついた。

 防具、と言うからには防御力が高いものほど優秀ということになるのだろう。緋瑪ははしから順に、どんどん商品の性能を視界内へと展開させていった。こまかな数値の並ぶ半透明のウィンドウが乱舞らんぶしてかさなり、無言のセールスアピールを緋瑪の視線がでてゆく。


「この防御力ってのが高いといいんだよね? ……どれも似たり寄ったりじゃない?」

「基本的に魔術士自体が、後衛職こうえいしょく……つまり、直接攻撃されたりしない位置取りや戦い方を求められるので。防御力はおさっください、って感じですね。ただ――」


 エンデウィルの言葉尻を拾って、ヒメが現れた。


「ただ、能力値へのボーナスや特殊効果のついた物もあるので、その辺をよく考慮こうりょして選ぶといいですよ。セキトさん、これなんかどうですか?」


 ヒメはすらりとした手をべ、天井からぶらさがるハンガーの一つをつかむ。緋瑪は渡されるままに、それを自分の身体に当ててみた。いかにもゲームのデータらしく、やや大きすぎたローブが即座に適切なサイズに変化する。


「ふふ、似合いますね。性能も重要ですけど、見た目も大事ですし。どうですか?」

「ええと、少し、派手かな」

「もっと資金と時間があれば、サユキさんみたいにオーダーメイドもできるんですけどね」

「あ、あれはやっぱり、そうなんだ」


 長い三つ編みを手にあそばせながら、ヒメが振り返った。その視線を目で追った緋瑪は、以前から独特なセンスだと思っていたサユキを見やる。ゴスロリ賢者セージ様は一人悠々ゆうゆうと店内を物色中ぶっしょくちゅうで、なにかお目当ての物を見つけたのか瞳を輝かせて奥へと消えていった。


「まあ、このお店はユーザーズショップなんで、商品も大半がオーナーの生活スキルで生産したものですけどね。ええと、これで派手となると……」


 返されたローブを元の位置へ戻して、ヒメが再び緋瑪の為に防具を選び始めた。まかせっきりにする訳にもいかず、緋瑪も改めて商品とにらめっこ。

 その時、視界の隅に緋瑪の興味を引く一着が飛び込んできた。


「どうせなら、こっ、これ……これは、どうかな」


 緋瑪は背伸びして手を伸ばすが、セキトの身体は小さく届かない。すぐに背後からヒメが、一着の魔術士用防具を取ってくれた。それはどこか、導師どうし仙人せんにん髣髴ほうふつとさせるアレンジの衣装だった。

 緋瑪の大好きな三国志に登場するような、軍師っぽい格好である。


「性能は……充分か、ちょっと値段が高いけど。たぶんデザイン料だろうな……結構手がこんでるし、意外と。多分、探せばこーゆーのを来た人ばかりの世界観に分岐した【ブライダリア】もありそうですよね」

「だ、駄目かな」

「や、そんなことはないですよ。セキトさんは中華風のデザイン、好きなんですか?」

「う、うん、好き……かも」


 身体に当ててみる。山吹色やまぶきいろに染め抜かれた布地は、派手さや華やかさといった単語とは無縁なデザインが好ましい。そでが大きく広いが、激しく動き回ってもそれほど邪魔になったりはしないだろうと緋瑪は思った。


「決めた。これに、する」

「いいですね。あ、待ってくださいセキトさん……それ、この帽子ぼうしとセットですよ。ほら」


 再度身を伸ばして、ヒメが同じ色合いの帽子を手にした。それを両手でそっと、緋瑪の頭に乗せてくれる。小さな太極図たいきょくずが正面を向くように、少しかがんで目線を並べると、ヒメは緋瑪に帽子を合わせた。


 ――その瞬間、緋瑪の中に眠る記憶がヒメにかさなった。

 緋瑪は、今のヒメと全く同じことをしたような気がするのだ……峰人ミネトに。


「帽子はアクセサリ扱いか。あ、凄い、魔力+5だって……セキトさん?」


 緋瑪の中で何かが今、よみがえりかけていた。

 ヒヤリと冷たい冬の空気。

 床を打つ硬貨プラスチックの渇いた音。そ

 れを拾ったのは自分で……そう、今目の前でヒメがしてくれたように。

 断片的だんぺんてきな記憶の欠片かけらが徐々に集まり、緋瑪の中に真実をかたどろうとしていた。

 だが、それを手探てさぐりたぐる思惟しいが【ブライダリア】の魔術士セキトへと引き戻される。


「セキトさん? それセット品なんで、一緒に買うことになりますけど」

「予算オーバーですよ、マスター!」

「え、あ、ああ、うん……」


 ――今のフラッシュバックは何だろう?

 ふと我に返って、緋瑪は胸中きょうちゅうつぶやく。しかしその様子は目の前のヒメには、別の葛藤かっとうであるととらえられたようだった。

 ヒメはエンデウィルへと、そっと唇を寄せて声をひそめる。


「エンデウィル、いくらくらい足りないのかな?」

「5,000フェルほど足りません。今着てるのはもう、下取りにしてもお金にならないので」


 ふむ、とうなってヒメが考え込む素振そぶりを見せた。小さく細いおとがいに手を当て、目を伏せれば長い睫毛まつげれた。しばしの黙考もっこうの後、ヒメはパチンと指を鳴らす。


「セキトさん、足りない分は僕が出しますから……それにしましょうよ、防具」

「えっ、え、ええと……えっ!? それは、流石さすがにちょっと。悪い、かな」


 真っ赤な鳥が店内に飛び込んできた。ヒメの【ファミリア】、ミーネがあるじの肩に舞い降りる。恐らく、預けてあるお金を引き出そうというのだろう。

 あわてて緋瑪は遠慮えんりょし、両手を振って厚意の申し出を辞退じたいしようとした。


「でも、明日が過ぎればフェルは価値無くなっちゃうし。文字通り、電子の藻屑もくずだよね」

「それは、そう、だけど……」

「ヒメさん、クリアボーナスは狙わないんですか?」


 エンデウィルの一言に、緋瑪はこのゲームの……【石花幻想譚せっかげんそうたん】の特殊なルールを思い出した。エンディングに辿たどいたプレイヤーへは、ゲーム内で得たあらゆる数値が現実世界に現金等で還元かんげんされる。

 そして今、緋瑪達がエンディングに一番近いプレイヤーだった。


「ああ、クリアボーナス。そっか、すっかり忘れてた……んー、あんまり興味ないかな」

「でっ、でも、わたし達が一番、それに近いし……それに、お金までは、助けられ過ぎ」


 しかし、笑ってヒメは自分のファミリアにフェル紙幣しへいの実体化を命じた。ミーネが一声鳴くと、ちゅうに紙幣が突如とつじょ現れ、それをヒメは受け取った。


「手助け、お助け、お手伝い……どうするか色々考えた挙句あげくの、僕の結論がコレ。はい、セキトさん。その服、似合うと思いますよ」


 ピシ、とヒメは5,000フェルを緋瑪の鼻先はなさきへと差し出す。おだやかに微笑ほほえむヒメからは不思議と、ほどこす者のおごりは感じられない。


「【ロード・ブライダリア】は今日、セキトさんに偉そうなこと言ってたけどさ。僕はこうも思うんだ……結局はでも、


 そう言ってヒメは、緋瑪の手を取り援助金えんじょきんを握らせる。ゲーム的な処理が発生して金銭の移動が行われたが、余りにヒメが当然のようにうなずくので、つい緋瑪は受け取ってしまった。


御節介おせっかいでも余計なお世話でも、そう思われる自分がいやでも……自分の思うようにやってみるしかないよね。そしたらあとは、結果を受け止める、と。全ての努力が報われる世界っていうけど、僕はそうでなくても頑張りたいしさ。あ、あとは、その、ええと……」


 思わずじっと見詰みつめてヒメの言葉を緋瑪は聞いていた。その眼差しにれて、ヒメは落ち着かない様子で三つ編みをいじりながら視線をらした。


「げっ、現実でも、そうしたいし……そうするって決めたんだ。このゲームが終ったら……みんなとエンディングを見たら、少し寂しいけどちゃんとお別れして、次は現実にいどむんだ。その時、僕のヒメは消えてしまうけど……ヒメがくれたものは残ると思うし」


 そう言って、真っ赤な瞳に光をともしてヒメが遠くを見る。その横顔は緋瑪にはもう、自分と同じには見えなかった。ただ、自分もそうありたいとだけ、ささやかに願う。


「わ、わっ、わたしも……そうしたい」

「うん。じゃあまず、会計して着替きがえようか。エンデウィル、セキトさんのお金を」

「待ってましたっ! マスターの全財産、ただいま実体化させますね」


 主人の声を待たず、ヒメに元気良く応えてエンデウィルがデータを実体化させ始めた。同時に緋瑪は、前より少しだけ強く、このゲームの終わりを……決着を望む自分を感じていた。それを確かめるように、目の前に現れた薄い札束さつたばを強くにぎる。

 そうこうしていると、困惑こんわくするアルを連れて、満面の笑みでサユキが戻って来た。


「あらぁん、セキトくんいいじゃない。素敵よ、早く着てみせて……あ、ヒメはこれどう? これよ、これ!」

「サユキ殿、それは……友よ、先ほど我輩わがはいも見たが性能は確かに……いや、決して破廉恥はれんちな目で見たりなどしていないぞ? だが友よ、運動性ボーナスがだな、しかし、その」


 サユキは緋瑪が手にする防具をちらりと見て、己の視界にだけ展開される詳細な性能を読み取っていく。

 そんなサユキの手には、見るも毒々どくどくしい色の薄布うすぬのが握られていた。


「な、なんですか、サユキさん。それ」

「いやもう、私ってばこーゆーバカっぽいの大好きっ! ねえヒメ、これ買って装備して!」


 緋瑪にはそれは、水着に見えた。

 むしろ、蛍光けいこうピンクのハイレグビキニにしか見えない。

 その大胆な股間部の切れ込み具合を目にして、緋瑪は真っ赤になってしまった。


「だっ、だだだだ、駄目だめですっ! サ、サユキさん、それ……それっ! 駄目ですっ!」

「あらそぉ? 見た目に反して、防御力や各種パラメータのボーナスがすんごいのよ、これ。……それにセキトくんも喜ぶかなー、ってお姉さん思ったんだけど」

「うむ、確かに恐るべき性能が秘められている……装備できるなら我輩が装備したいくらいだ」


 それもつい想像してしまい、緋瑪は慌てて頭上で手を振り妄想を消す。

 自分と同じ姿のヒメが、こんなきわどい水着を……冗談じゃない。しかし、予想に反してヒメは好奇心の目を輝かせている。彼女にとっては……彼女を動かす峰人にとっては、見た目もそうだが性能も大事で、むしろそっちのほうが気になるらしい。


「へー、じゃあ試着だけでもしてみようかな。あ、ホントだ凄い、冗談みたいな性能だ」

「ヒメッ! 駄目……やめて、お願い……その、着替えとか、やっぱり」


 真面目まじめな顔でヒメが、もはや防具とは呼べぬ薄布の性能を読み取り出した。純粋にプレイヤーとして、より強いアイテムを望む気持ちが垣間見えて、緋瑪は血相けっそうを変えた。

 そして何とかヒメの好奇心を断念させて会計を済ませた緋瑪は……【石花幻想譚】がブライダリアに生み出すプレイヤーの分身が、いかに精密に出来ているかを更衣室でまざまざと見せ付けられ、それはヒメも同じなのだと知れれば卒倒そっとうするしかなかった。

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