第21話「王の謁見」

 緋瑪ヒメ呆然ぼうぜんと、【ロード・ブライダリア】がヒメを抱き上げる姿を見詰めていた。アルもサユキも、発する言葉を胸中に探せないのか黙っている。

 本来、GMゲームマスターはプレイヤーに積極的な干渉かんしょうをしないのが普通だから。今、目の前で突然起こった不可解ふかかい出来事できごとに、聖騎士パラディン賢者セージいぶかしげに互いを見詰める。しかし――


「あっ、あの! ありがとう、ござい、ました……ヒ、ヒメは」


 緋瑪は我に返ると、あやうい足取りで【ロード・ブライダリア】へ駆け寄った。自分の消耗した体力も構わず、両手で抱えられたヒメを背伸びしてのぞむ。


「大丈夫だ、少年。かなり鍛えてるみたいでね……紙一重かみひとえで生きている。安心したまえ」


 【ロード・ブライダリア】は白い歯をこぼして微笑ほほえむと、ヒメを緋瑪へと預けてくる。しかしセキトの身体は小さい上に、ヒメの一割もない筋力きんりょくは支えきれず尻餅しりもちを付いた。それでも腕の中で、ヒメが薄っすらとまぶたを開く。

 安堵の涙が込み上げる中で、緋瑪は大きな溜息を一つ。


「あ、あれ? 僕は何で――セキトさん? ああ、無事だったんですね。良かった……」

みなも無事のようだな。危ないところだった、間に合ってなによりだ」


 純白じゅんぱくのマントをたなびかせ、ロード・ブライダリアは身を正す。遠巻きに見守るサユキとアルを一瞥して、彼は満足気まんぞくげうなずいた。そのおだやかな表情に、二人は疑念ぎねんの言葉を並べ始める。


「GMがプレイヤーを手助けすることは禁止されているはずよ? 規約違反きやくいはんじゃなくて?」

「うむ! 我々だけ特別扱いは心外である。道理どうりそむくは、我が騎士道きしどうはんする!」


 緋瑪は混乱していた。

 助かったのだが、どうやらそれは手放しに喜べない事態らしい。

 困惑こんわくを通り越して怒りをにじませるサユキとアルに、身を起こして緋瑪から離れるヒメの「どうしてですか?」という疑問が入り混じる。ふむ、とうなった【ロード・ブライダリア】はあごに手を当てると、当然とも思えるその質問にゆっくりと答えた。


「特別な者は特別に扱うべきだと、私は思うがね。諸君等しょくんらはもう、普通の冒険者ぼうけんしゃではない……そうではないのかな? 少年。少なくとも私はそう思うのだが」


 【ロード・ブライダリア】はじっと緋瑪を見詰みつめ、さらにその手が握るつえへと目を細める。


「この世界に私の知らないアイテムは存在しない。では、その杖はなにかね? 答は諸君等が一番良く知っているのではないだろうか。そう、それはこの……結実けつじつでは?」


 終末しゅうまつ、という言葉をロード・ブライダリアは言い換えた。

 結実、と。

 萎縮いしゅくして押し黙る緋瑪の手の内で、か細いエンデウィルの声が響いた。


運営うんえいチームも、この異常事態に気付いたということでしょうか? 現状、【エンシェントハング】がエンディングデータと分離してしまい、撃破不能になっていることに」


 無言で【ブライダリア】の王はうなずいた。同時に緋瑪の手の内で、血の気が引くようにエンデウィルが冷たくなる。彼女にとって、もっとも恐れていた事態のおとずれだった。


「それで、私を回収しに来たのですね。緊急きんきゅうメンテナンスを実施じっしし、不具合ふぐあいかかえたデータを修正する為に。でも、そんなことをしたら【ブライダリア】は……このゲームは」

「いや、その必要はない。安心したまえ」


 なげくエンデウィルの声を、ロード・ブライダリアの意外な言葉がさえぎった。


「緊急メンテナンスの告知アナウンスがされていないだろう? つまりそういうことだ……私は、私達運営チームは、諸君等にけてみようと思ってね」


 意外な一言に思わず、サユキとアルは互いの顔を見合わせた。驚きの余り言葉を失う緋瑪は、ギュッとエンデウィルを握り締めたまま硬直する。立ち上がるのも忘れて。


「緊急メンテナンスをはさんだ場合、どうしても運営期間の延長を余儀よぎなくされてしまう。それではせっかくの盛り上がりも台無しなうえに、現実世界では経費も発生する。何より……私はこの世界、【ブライダリア】を心から愛しているのだよ。例え結実へと向っていても」


 不満かね? と微笑む顔は、どこか普段のおごそかで雄々おおしいカリスマではなかった。なごやかな笑みにわずかだが、無邪気で純粋な少年らしさが垣間見かいまみえる。その背に天馬ペガサスが舞い降り、一声いななき主へと鼻先をすり寄せた。


「明日の第八次【エンシェントハング】攻略戦……諸君等を全力で援護えんごしよう。すでに明日、諸君等の存在自体がイベントクエストのゲストプレイヤーであるむねを公表する用意がある。全プレイヤーの先頭に立ち、是非ぜひこの世界をみちびいて欲しい。……この通り、たのむ」


 手綱たづなを手に取り、愛馬あいばの首を撫でて大人しくさせると、【ロード・ブライダリア】は身を正して向き直った。すっ、とその頭を緋瑪達に下げる。

 瞬間、アルが震えて感極まりながら叫び出した。


我輩わがはいは今っ、猛烈もうれつに感動しているっ! 【ロード・ブライダリア】、おもてをお上げください。必ずや我々が先陣に立ち、かの魔龍まりゅう【エンシェントハング】を正しきときの流れへと引き戻してみせましょう!」


 アルの目から、ぶわわっと涙が舞い散った。彼はそのまま【ロード・ブライダリア】に駆け寄ると、黄金の肩に手を置き再度、面を上げるよう懇願こんがんする。サユキは腕組み難しい顔をしていたが、なにかを堪忍したかのようにうなずいた。


「友よ! 我等は決して孤独ではない、今こそ救世きゅうせいの使命へと邁進まいしんする時! この【ブライダリア】に生きる、全ての冒険者達と共に! 【ロード・ブライダリア】の御旗みはたもとに!」

「……いいわ、この話は引き受けましょう。どの道、他に選択肢もなさそうだし」


 サユキの言葉に緋瑪も同意し、エンデウィルにそっと左手をえる。彼女の望む通り、どうやらゲームを止めることなく話は進みそうだった。緋瑪達が上手く、【エンシェントハング】と対峙たいじできれば、だが。

 同時に緋瑪は、今日の失敗がまたツギハギだらけの自信を引き裂いてゆくのを感じる。何度となくふるたせる気持ちは、そのたびつまき転んでしまう。


「うむ、では諸君! また明日……決戦の地で会おう。それと、少年」


 颯爽さっそうと天馬にまたがると、最後に【ロード・ブライダリア】は緋瑪を見下ろし言い放った。それは静かでおだやかな口調だったが、強い意志を宿していた。


「このブライダリアで、最も強い力……それはきずなだ。おのれのための己をきたえるなかれ、みなのための己を鍛えよ。【ステッチ】もしかり。最近は突出した能力にかたよった、極端な冒険者も増えた……それはいい。だが少年、己よりも先ず仲間を見よ、己を見守る仲間を……わかるかね?」


 痛感するあやまりを指摘されれば、ただ黙ってこくんと小さく頷くしかない緋瑪。


「うむ、あとは残りのわずかな時間で己を鍛え! 武具をそろえ! なにより仲間との絆を深めるがいい。この【ブライダリア】は、。信じよ少年、この世界を……全ての努力がむくわれる、私がおさめる理想郷ユートピアを」


 それだけ言い残すと、【ロード・ブライダリア】は天へと駆け上がる。彼を乗せた天馬は、あっという間に飛び去った。見送る緋瑪は、黄道こうどうを登りきった太陽の光に、ただ照らされて呆然ぼうぜんと立ち尽くす。

 だが、そんな緋瑪にヒメは……峰人は優しかった。


「セキトさん、大丈夫ですよ。そんなに落ち込まないで。ね、アル? サユキさん?」

おうっ! 勅命ちょくめいを得てこそ騎士、やるぞ友よ……今こそ蒼雷の騎士ブリッツェン・リッターの力、とどろかせん!」

「んー、まぁ、そうね。セキトくん、ここまで来たらグダグダ言いっこなしよん? GMも言ってたけど、最後までこの四人でしっかり行きましょ。今や有名プレイヤーだしネ」


 緋瑪は気遣きづかい集って周りを囲む、三人の仲間達に頷いた。迫る決戦を前に、不安は絶え間なくこみあげるが。今はただ、定められた結果へ向って進むしかない。以前より少しだけ、素直に接する事ができる仲間達と共に。

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