第20話「死せる都の不死身の守護竜」

 頭上を巨大な翼がおおった。その影に飲み込まれた緋瑪ヒメ達は、咄嗟とっさに四方に散らばり回避する。大質量が落下して激震が走り、緋瑪はちた廃墟はいきょの中に転がり込んでなんのがれた。かつて栄華えいがきわめ、はなみやことして賑わったメインストリートに舞い降りる、死。


「【ウィングレブナント】が現れた! マスター、ここのボスですっ! テラツヨスッ!」


 全身から咽返むせかえるような瘴気しょうきを発散する、それは邪悪な竜のむくろ。死して尚、この都の守護竜しゅごりゅうは侵入者へときばいた。


「いこうっ、エンデウィル! ……自分から、動かなきゃ」


 怯える自分を叱咤しったし、震える手で相棒を強く握る。緋瑪は意を決して、衝撃しょうげき倒壊とうかいしはじめた建物を飛び出た。全身をこけかびおおわれた、暗緑色モスグリーンの竜。にごったひとみは今、獲物えものとらえてほえすさぶ。


「セキトさんっ、一人で突出しちゃダメだっ! ごめんアル、フォローを!」

「任せろ、友よ……フッ、まさか最終決戦前にコイツを使うことになるとはなっ!」


 巨躯きょくひるがえして大きく口を開く【ウィングレブナント】の、ほおからくさった肉がボタボタと崩れ落ちた。天地に分かれた上下のあぎとから、強酸きょうさん吐息ブレスが込み上げる。

 足を止め術式の構築に集中していた緋瑪は、回避不能の間合いでそれを見上げすくんだ。

 だが、目の前に割り込んだアルが、庇うように身を広げて絶叫する。


「おおお! アルディシオン――せいごっけんっげん! 実体化せよ、我が最強のメインたて!」


 緋瑪の前で、蒼髪そうはつの長身が庇ってくれる。その手に握る聖剣せいけんアルディシオンの刀身に、光の文字が浮かび上がった。アルは即座に防具を実体化させるなり、装備すると同時に聖騎士パラディンの防御スキルを発動させた。

 魔素まそ奔流ほんりゅうとなって押し寄せる乱気流エクストリームが、アルの目の前ではじけてれた。


無天流奥義むてんりゅうおうぎ……【狼牙不動壁ろうがふどうへき】。我が【聖盾せいじゅんアルディバイダー】にふせげぬものナシッ!」


 左手に半身を覆うほどの大きな盾を構え、その影で緋瑪を守ってアルが叫ぶ。サユキもスカートを両手でつまんで走りながら、普段は見せぬ逼迫ひっぱくした様子で声をかけてくれる。


「セキト殿、お怪我はないかな? 強大きょうだいな敵を前にいささか無謀であったな」

「こういう大型のモンスターは、とにかくまずは逃げ回るっ! まずはそこからよん?」

「は、はい……す、すす、すみません」


 アルの影から転げるように、もつれる足で走り出す緋瑪。アルは続いて放たれた尻尾しっぽの一撃を盾でいなしながら、まったく重量を感じさせぬ動きで回避運動に入る。ヒメもサユキも互いに散って、死せる竜の脅威にすきを探していた。


「それにしてもアル、やるじゃないの。いつ作ったの? そのフルクロムシールド」

「聖盾アルディバイダーだ! ……苦労したのだ、何度強化に失敗して壊したことか。作るための素材を集め、強化の素材を集め、失敗した残骸を売り払い幾星霜いくせいそう

「+5と+6の間に見えない壁があるよね、武具強化ぶぐきょうか。よしっ! 僕が切り込むっ」


 必死で逃げ惑う緋瑪は、視界のすみに赤い閃光せんこうが走るのを見た。

 飛竜のしかばねを支える後足へと、一直線にヒメが突進した。パーティでも最高の運動性を持つ拳士モンクが、の光に輝くこぶしわきに引き絞る。瞬時に【ステッチ】の体制に入るアルとサユキ。

 必死の緋瑪は、意識が追いつけない。

 忙しく魔道書まどうしょをめくりながらサユキが叫ぶ。


「無理しないで、セキトくんっ! それより補助魔法ほじょまほう、よろしくっ!」

「あ、はい……補助魔法? エンデウィル、補助魔法っていうのは……」

「攻撃を弾く防御魔法ぼうぎょまほうや、味方のステータスを一時的に増幅したり、モンスターの攻撃力や防御力を下げる魔法です! マスター、ちなみに今まで溜めたスキルポイントは……」

「えと、一番強い単体攻撃魔法、さっきの【ブレイズレイ】っていうの? それを覚えて、あとは全部」

「あとは全部? ま、まさか……」

魔力強化まりょくきょうかに振り分けた、けど。まずかった、かな。インターネットで調べた、石魔炎特化いしまほのおとっかってのにしたんだけど」

「んんー、微妙びみょうですっ! その手の育成はマスター、もっとゲームにれた人が――」


 エンデウィルの言葉を絶叫がさえぎった。ヒメの放った掌底突しょうていづきがクリーンヒットし、初めてのダメージに【ウィングレブナント】が身を揺すって悲鳴を上げる。


「今だっ! みんな、僕に続い――!?」

「待ってヒメ、やっぱ私が防御魔法っとく! アル、ヒメに続いて!」

「なうっ!? 我輩わがはいはサユキ殿の魔法に合わせようと……くっ、かまえが間に合わん!」


 三人の連携が乱れて崩れたことを、無情にもエンデウィルがげる。


「ヒメは【ウィングレブナント】に体術を使った! 【八極鍛身勁はっきょくたんしんけい】――! 【ウィングレブナント】に104のダメージ! 【ウィングレブナント】は吐息ブレスはなった!」


 全身の腐肉ふにく泡立あわだてながら、【ウィングレブナント】がえる。同時に再び強酸きょうさんの吐息が放たれた。長い首をめぐらせれば、強力な範囲攻撃はんいこうげき放射状ほうしゃじょうに広がり四人を包む。


「ちょーっち、不味まずいわね。アル、一旦いったん下がる? ……セキトくん、しゃんとして!」

「それより友が! 一番至近距離しきんきょりで吐息をらったか、今ゆくぞ! しばし待て!」


 戦線が混乱する中、いかれる腐竜ふりゅうひとみくらく光る。瞬時に真っ赤になった視界が、緋瑪に瀕死ひんしの大ダメージをげていた。叱咤しったするサユキの顔にも、珍しくあせりの色が浮かぶ。アルが駆け寄ろうとして激しい攻撃にさらされる、その先に……ヒメは突っ伏し倒れていた。

 全滅……緋瑪の脳裏のうりを不吉な言葉がぎる。一際甲高くすさぶ【ウィングレブナント】が、足元のヒメへと不並びな牙をいた。

 ――ヒメが、危ないっ!

 思わず固く瞳を閉じる緋瑪の耳を、救いの声が貫いた。


冒険者ぼうけんしゃ達よ! 命を懸けるべきはここではない……その命っ、私が預かろう!」


 中空を駆けるひずめの音が響いて、緋瑪の上空を純白の天馬ペガサスける。その翼で羽撃はばたく馬上から身をおどらせた黄金の剣士が、抜いた大剣たいけんを振り下ろした。

 一刀両断いっとうりょうだん――縦にれた【ウィングレブナント】から、うつろなるたましいが解き放たれて霧散むさんする。同時に現れた宝箱の前に、【ロード・ブライダリア】が静かに舞い降りた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る