第18話「死せる都を征けば」

 それは、今まで緋瑪が連れ回されたどこのダンジョンよりも広大だった。

 【棄都きとカルシアスター】――天へと屹立きつりつする尖塔群せんとうぐんは、くちちて尚も中心部に威容いようを広げている。整然と整備された市街地には、もうすでに人のいとなみが失せて久しかった。廃墟はいきょ特有の虚無感きょむかんが、ひんやりとした空気にのって緋瑪ヒメを包む。

 だが、先を歩くヒメとサユキには、気負いも緊張も感じられない。


「えっ、じゃあ本当に完徹かんてつなんですか? サユキさん、危ないですよ……Aランクのクエストにそんな状態で挑むなんて。ボスで寝落ちとか、勘弁かんべんして下さいね」

「大丈夫っ、安心して。テンション高いから、変動パラメーターの補正凄いわよん? さっき買い物がてら、朝御飯も食べてきたし。ハンバーガーショップってひさしぶりに入ったわ」


 今、この瞬間もモンスターが襲ってくるかもしれない。しかし、今この瞬間だけは【ブライダリア】の魔術師マジシャンセキトとして、世界の神秘を前に緋瑪は言葉を失っていた。

 古都の奥には、巨大な白い壁がどこまでも続いていた。それはいつも、ログインする度に見せられる【ブライダリア】の外縁がいえん。濃密なきりが全てを遮断しゃだんする、そこが世界の最果さいはてだった。


「僕は……ほぼ毎日、買ってるかな。自分で食べる訳じゃないんだけど」

「ふーん、そうなんだ。アルは? ハンバーガーとか食べたりは……」

異世界げんじつの料理か、ふむ。我が身とたましいを共有する異世界での出来事に関しては――」


 緋瑪と並んで歩くアルは、あごに手を当てしばし考え込む仕草を見せた。恐らく、現実世界での話題を今、頭の中で自分独自の世界観にすり合わせているのだろう。

 アルのように、完全にゲームの登場人物になりきってしまうプレイヤーは、意外と多い。彼はそのことに強いこだわりを持ち、常に聖騎士パラディンアルとして仲間たちに接していた。だが、自分だけのロールプレイにばかり執心しゅうしんという訳でもなく、常に仲間に気を配り、いつでも求めに応じてくれているのだった。


「セキトくんは?」

「は、はい?」


 世界を切り取り天まで届く、白い闇のカーテンを眺めていた緋瑪は、サユキの言葉で我に返った。気付けば少し距離が離れてしまい、うんうんうなりながら思案に沈むアルからも置いて行かれている。


「その、ええと……行かない、です」

「え、行かないって」

「ファーストフード店、とか。苦手で」


 正確には一度だけ、小学校の頃に行ったことがある。国内最大手のハンバーガーショップに。そこで緋瑪は「御一緒ごいっしょにポテトは」とか「今ならセットが御得おとくになっております」とか店員に笑顔でまくし立てられ……背後の行列からのかす声も手伝って、パニックになってしまったのだ。

 大流血だいりゅうけつ大惨事だいさんじ以来、緋瑪は外食をあきらめた。結果、自然と自炊じすいの道へ進み、料理の腕前は母親をしのぐほどに上達したのだった。


「ふーん。セキトくんって結構、いい家の子? ま、その辺の詮索せんさく無粋ぶすいか、っと」


 不意にサユキが足を止めた。と同時に、小脇に抱えた魔導書まどうしょを開く。さっしたようにヒメも半身に構えて、抜剣ばっけんしたアルと共に前衛ぜんえいおどた。

 同時に耳をつんざく絶叫で空気がにごる。死臭ししゅうただよい、なにかを引きずるような足音が緋瑪の鼓膜こまくめた。通りの左右に並ぶ建物の間から、不死の化物達アンデットモンスターってくる。

 矢面に立つヒメとアルが、互いに声を掛け合いながら身構えた。


「滅びしみやこ亡霊共ぼうれいどもめっ! 我が聖剣せいけんアルディシオンにて成仏じょうぶつするがいいっ!」

「アル、雑魚でも固いから! 小まめに【ステッチ】きざんでいこう」


 おうっ! と返事一つを叫んでアルが剣をしぼる。その足元からつ光が、聖騎士の魂石ジュエルを輝かせた。同じく浮かび上がって光の螺旋らせんを結ぶ、ヒメの魂花ペダルを緋瑪は初めて見る。

 それは赤い赤い、紅椿べにつばきだった。


「【ギルティグール】A、B、Cが現れた! 【スケルトンゴーレム】A、Bが現れた! ええと、その他沢山現れた! マスター、行きましょう!」

「うん。今日は、あの、【ステッチ】っての、やってみる!」


 緋瑪はエンデウィルを構えると、中央突破をはかるべく突撃する仲間達に続いた。大地を蹴るその足元から、魂石のルビーが光の紋章もんしょうとなって浮かび上がる。


「セキトくん、なにも難しいことじゃないわ……前衛の二人に合わせて、どんどん魔法撃っちゃって頂戴ちょうだいっ! 私達もAランクのクエストじゃ、フォローばかりもしてらんないし……シッカリね!」

「はいっ!」


 仲間達が浮かべる魂の石と花へ、緋瑪の頭上から光が伸びて互いをすなげる。視界の隅に【ステッチOK】の表示が走るやいなや、緋瑪は覚えたての

術式じゅつしき脳裏のうりに素早く組み立てた。

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