第16話「二人の時間、行き交う想い」
燃える夕焼けの、最後の
【王都テルアコン】の夏は
中央広場には普段の活気が戻っていた。むしろ普段以上に
誰もが皆、条件に合う仲間を求めて口々に難しい
「まいどあり! ベコまん二つで、200フェルになりやす!」
湯気を立てるアツアツの王都名物が差し出される。ベコまんの代金を払うべく、緋瑪はエンデウィルからフェル硬貨を引き出そうとした。
しかしそれより早く、細い手が伸びて支払いを済ませる。
「セキトさん、良く使うアイテムで小さいものや小銭は、身につけて携帯すると便利ですよ」
そう言って腰のポーチをポンと叩くと、ヒメは
「はいこれ。サービス終了までに一度は食べておかないとね」
「……あっ、ありがと。ヒメ」
差し出されるベコまんを受け取る緋瑪は、なんとかお礼の言葉を
「ほら、あそこがサユキさんのいつもの指定席。あの場所でああして、
露店が並ぶ一角で、冒険者達が固まっている場所をヒメは指差した。先程一旦別れたサユキは、どうやら大忙しの
緋瑪は遠巻きに見ながら、熱気と迫力に圧倒された。
巻物を書きつつ押し寄せる客を
「どこか空いてる場所は……まあ、夕方が一番混雑するからね、中央広場は」
「マスター、あそこ! あそこ、空いてますよ」
「う、うん……行こ、ヒメ」
随分と久しぶりに、二人で歩くような気がする。まだ【ブライダリア】に来て、四日目なのに。周囲の喧騒と雑踏が、緋瑪の耳から少しだけ遠ざかった。
広場の
急かすエンデウィルを制するように強く握ると、緋瑪も塀に背を預けて寄りかかる。
「セキトさんも、熱いうちにどうぞ」
「そうですよ、マスター! ベコまんはリアルでもグッズ販売されてる人気商品です」
「い、いただき、ます」
緋瑪は
「あっ! おいしい、です」
「王都名物だからね。生産系スキルには料理もあるし、セキトさんもメインの
「そうなんだ。料理、現実なら……得意なんだけどな」
「【ブライダリア】じゃ食べても食べても満腹にはならないけどね。セキトさんは料理得意なんだ……じゃあきっと、【ブライダリア】を食べ歩きするだけでも面白いかも」
ブライダリアでは空腹は満たされない。それは、現実世界の肉体が抱える
しかし、満腹にならないということは利点もある……フェルの硬貨と
「僕はでも、前のキャラもこのヒメも、ずっと戦闘スキルばっかりだったから……料理は昔、イベントクエストで一度やらされて酷い目に――セキトさん? なんだか元気ありませんね。なにかありましたか?」
何かあったのは、主に緋瑪ではなくヒメの方――峰人の方だったのに。
「なにかわからないことができたとか。自慢じゃないですけど、【石花幻想譚】のことならなんでも僕に聞いてくださいよ。僕より詳しいのって、多分サユキさん位ですから」
わからないのはゲームのことではなく、現実のこと。
「わたしは、あの、今日はちょっと。学校で、失敗して。失敗というか、それ以前に」
――なにも出来なくて。
「あれ、なに言ってるんだろ。ホントは、わたしじゃなくて、ホントに辛いのは」
ベコまんを口に運びながら、緋瑪は味わい飲みこむたびに言葉を
最後のひとかけらを口に放りこんで、緋瑪はこみ上げる悔しさに目を
現実ではやはり、緋瑪は他者とうまく話せない。
思ったことも言えず、思うように行動できない……弱い女の子なのだ。
だが、ヒメは黙って緋瑪の言葉を聞き、頷いてくれる。
「そっか……僕も今日はちょっとね。お互いリアルで色々あったんだ、今日は」
ヒメは大きく口を開けて、ベコまんにかじりついた。緋瑪ならそんな、
「そんな時はこうして
じっとヒメを見詰める緋瑪に、手元のエンデウィルが「ヒメというキャラクターが
「でも今日は……今までで一番、
「う、うん。酷いよ、あんな……あ、えっと、いや」
不思議そうな顔で見下ろすヒメから、
同時に緋瑪は、今すぐ己の素性を明かしたい衝動にも駆られていた。【ブライダリア】でなら……ゲームでなら現実よりも、ずっと上手く――
望む方向へと揺らぐ気持ちを、緋瑪は必死で心の奥底へと沈めた。
「まあでも、
信じられない言葉に耳を疑う緋瑪は、さらに驚きの一言に
「あんな情けない僕を見れば、誰だって
――違うっ!
しかし、叫びは緋瑪の脳裏に反響するだけ。
「前にもちょっと言ったよね。もう一人のヒメは、僕の
優しさという言葉が、緋瑪の心に突き立ち食いこんだ。
ヒメが、
「あ、これはサユキさんやアルには内緒だよ。特にサユキさんには……あの人、悪い人じゃないんだけど好きだからさ、こゆ話」
この話は終わりだとばかりに、ヒメはいつもの笑みを取り戻した。
ここが勝負だと念じるエンデウィルの想いが伝わり、緋瑪は
「あっ、あの、ええと……その、嫌われた、ってわからないじゃないですか」
実際、緋瑪ももわからない。
が、嫌っていないのだけは確か。むしろ――
「ん、でも今日のはね。
「そんなことないっ! と、思い、ます。わらないけど、見てないから。でもっ」
もどかしげに緋瑪は、気付けばヒメに
「そうやって自分だけで『こうだ』『こうなんだ』と決めて自己完結してると……その、あんまし、良くないって……エンデウィルも言ってたし。それに……」
緋瑪が思うように、セキトの唇は正直な想いを言葉にしてくれた。
「それにっ、その人! そんな、ヒメさんが思うような、優しい人じゃ、ない……と思う」
一瞬、きょとんと不意を突かれた表情でヒメが沈黙した。
次いで、声を上げて笑い出す。
天を
「ふふ、ありがとうセキトさん。いや、セキトさんがあんまり
そんなことはないと胸中に叫ぶ緋瑪の前で、ヒメは語りだした。
「クラスのみんなが
緋瑪が生き物係なのは、途中参加の転校生なのもあった。
そして、春に学年が上がった時、自分から引き受ける意思を不器用に表明したのだ。この手の話し合いでは、
「毎日ね、クラスの花に水をやってる。毎日、欠かさず」
生き物係とは名ばかりで、緋瑪の学級には
「何より僕を助けてくれた。それも二度も……優しい人なんだ、多分きっと。恐らく絶対」
「そっ、そんなのわからないじゃないですか。あっ、
「うん、
もうヒメは、気落ちしてはいなかった。その
「いや、そうするよ。……これもセキトさんのお
「さて、っと。そうと決まれば
パン! とヒメは気合を入れるように
「
不意に、黙りこくっていたエンデウィルが明るく
「そのお言葉、待ってました! お二人とも、集中力も精神力も平均以上で安定っ! 各種固定パラメーターへの補正値も悪くありません。いざっ、レベル上げの旅へっ!」
二人のことを黙って見守っていたエンデウィルが、調子のいい声を上げる。緋瑪が呆れたように溜息を吐けば、隣でヒメも朗らかに笑った。
「ま、リアルに踏み出すケジメの意味もあるんだ。僕の中でこの戦いは。だから……」
「そうっ! 友よ、今がその時っ! 話はだいたい聞かせてもらった!」
「友よ、残り
「えっ、や、やだなアル……いつから聞いてたの!? まっ、待ってよもう、サユキさんには内緒だよ? あの人、こういう話がすっごい好きなんだから……僕また、いじり倒されちゃうよ」
アルはしかし、
「安心せよ、友よ……騎士の名誉に
「は、はあ……あの、ヒメ……アルさんは」
「セキトさん、アルってこーゆー奴なんです。いつもの事ですから」
やがてアルは二人に、微妙に
「じゃあ、今日もいつもの四人で行ってみようか。僕も頑張らないと」
「それはマスターも同じですっ! ね、マスター?」
エンデウィルの言葉に頷き、緋瑪は決意も新たに小柄なセキトを突き動かす。既にもう、ヒメと連れ立って冒険庁へと歩む身体には、ハッキリとした想いがこめられていた。
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